上 下
145 / 159
起転承[乱]結Λ

4話 籠城前夜。

しおりを挟む
 憲兵司令ガウス・イーデンに対する依頼は、フェリクスに滞在しているマクギガン兵の拘束――では無かった。

「ジェラルドは計画的な裏切りではない」

 ホーク艦隊司令ギルベルト・ドレッセル中将の見立てである。

 連合軍の不信と緩み、ようはガバナンス不足に付け込まれ、敵の艦隊運動に踊らされる形で同士討ちという失態を演じる羽目になったのだ。

 無論、都合の良い早合点をして、ベルニク艦隊に襲い掛かったマクギガンの罪は問われる必要はあるが全ては事態が収束した後となる。

「余は倅のくび一つで許す腹積もりでおる」

 父ディアミド・マクギガンにとって悲劇となるが、信賞必罰というものである。

「そも、休暇中の兵など捕らえても意味などあるいまい」
「では――」

 自分の務めはなんだろうか、とガウスは考えた。

「フェリクスに残るベルニク兵は?」

 来る前に、副官に調べさせてはあった。

「私を含め百二十名となります」

 統合防衛本部付きの士官と下士官及びガウスが連れて来た憲兵部隊となる。

「オソロセアと似たようなものか」

 何れの領邦軍もフェリクスに駐在させているのは司令部付と後方支援要員のみだ。

「ともあれ、統合司令官のアリスタルフと協力して当たれ」

 交代制となっている統合司令官だが、現在はオソロセア艦隊を率いるアリスタルフ中将が務めていた。

「オリヴィア宮を――否、台座を防衛せよ。差配は其の方らに任せる」
「陛下」

 畏れ入るなと言われた以上、言葉を飾るつもりは無い。

「さすがに不可能事かと」

 寡兵であるのもさることながら、ガウス・イーデンは憲兵である。

 戦闘兵科ではない憲兵が籠城戦に参画し、あまつさえ指揮するなど職掌を侵す事に繋がる為、軍警察としては本末転倒となると考えたのだ。

 また、敵揚陸部隊が装甲歩兵であるのは確実で、これに生身の兵であたるなど無謀にも程がある。
 素手で虎を狩れと言われているに等しい。

「伯のお気に入りにしては面倒な男であるな。いや、むしろ故にこそか」

 ――確かに、閣下なら受けそうな話だな……。

 とはいえ、それは結果責任を全て負う覚悟を決めた最高責任者――つまりは領主なればこそ許される行為である。

「現状、フェリクスにおけるベルニク軍の最高位は貴公であろう」

 ギルベルト中将が前線に出ている為だ。

「さらには、貴領の憲兵要規によると、非常においては戦闘行為を許可するとあった」

 と、言いながらウルドは、傍らに立つレイラと視線を合わせ軽く頷いた。

「なお、安心致せ」

 謁見の間をガウスが訪れて以来、初めてウルドは明確に口角を上げ歯を見せた。

「パワードスーツも備えておる」

 素手で虎を狩るわけではない。

「何やらぶつくさ言いながら、伯が置いていきおったのじゃ」

 ◇

 他方、ロスチスラフ・オソロセアは、自身の屋敷にて苛立ちの頂点にあった。

 フェリクスには、彼の至宝――三人娘を預けてある。

 今すぐにでも全軍率いて助けに向かいたいところだが、復活派勢力であるファーレン選帝侯と面するポータルに敷いた防衛陣を崩せぬ状況となっていた。

 敵方からの威力偵察が活発になっており、今にも攻め入ろうかという姿勢を見せている。

 カドガンと呼応した動きなのだろう。

「――もはや、ご子息は救えぬぞ」

 照射モニタ映るのは、野人伯爵ディアミド・マクギガンである。

 息子ジェラルドの裏切りを知った彼は、まずは盟友たるロスチスラフへ連絡を取ったのだ。

「分かっておる」

 奥歯を噛みしめ、ディアミドは応えた。

 事態が収束すれば間違いなく彼の息子は死ぬ――いや、死なねばならない。手塩にかけ育てたバラ園も燃やし、人生に残るのは絶望のみとなった。

 だが、これほど愚かな状況になった理由が彼には分からない。

「カドガンの狐に騙されたのだろう」

 幾つかの不備、不運、何より肥大化した自意識が判断を誤らせる。
 
 策謀とは複雑に織り成す必要など無く、相手の弱みに付け込んで勝手に転ぶのを眺めていれば良い。

 転ばなければ、別の謀を巡らせるだけの事なのだ。

「問題は、互いが兵を動かし難い事だ」

 オソロセアとマクギガン両領邦において、敵と面するポータルで動きが活発化している。

 特にマクギガンは女帝ウルドとの間を取りなさなければ、ベネディクトゥス星系に艦隊を入れる事すら憚られよう。

 ディアミドの息子は、厄介極まりない失態を犯したのだ。
 
「もはや、死んで――」
「馬鹿を言うな」

 貴公が死んだところで、どうなるものでもない――という言葉をロスチスラフは飲み込んだ。

 ◇

「ふう、どうにかフェリクスまでは無事に辿り着きましたよ――姫様」
「そうね」

 国許でお待ちあれ、というフォックスの制止を聞かず、グリンニス・カドガンは旗艦に乗船して危険な強襲作戦に同行している。

 ――私の個人的な我儘でしょう。

 そう言って、前回のベネディクトゥス侵攻でも、彼女は旗艦に乗り合わせていた。
 領主の健康問題を、個人的――と言うならば確かにそうなのだろう。

 グリンニスが目指すのは台座である。

 自らの奇病――抗エントロピー症を治癒する手掛かりを求めての軍事行動なのだ。
 復活派勢力、あるいは自領邦を直接的に利する目的ではない。

 かような目論見に兵士達の命のみ危地に晒すのを由としない女だった。

「ですが、さすがに軌道揚陸は――」
「行くわ」

 明瞭にグリンニスは告げる。

 幼女の姿となってなお、腰には短めのフルーレを吊るしていた。

 レイピアとは異なり刃が無く突きにしか使えない為、主には練習や試合用とされているが、女児にも扱える軽量さという利点があった。
 
 玩具ではなく、急所を刺せば殺せる武器なのだ。

 グリンニス・カドガンは、フルーレの使い手として知られている。

 帝国主催のフェンサー競技において何度か優勝を飾ってもいた。
 
 ――最後に参加したのは十年くらい前だったわね……。

 競技会場は持ち回り制となっており、十三年前の開催地はウォルデン領邦である。
 
 当時の彼女はまだ参加要件の身長制限に抵触しなかったのだ。

 そこで――、

「姫様、オリヴィア宮にさほどの備えは無いそうですが、やはり――」
「いいえ」

 ――不快な名前ね。

 グリンニスはフルーレの持ち手を強く握り首を振った。

「絶対に行くわ」

 出会った往時の名が旧き怨恨を脳裏に蘇らせた。

「ついでに殺しておきましょう」

 ◇

 剣闘士にして実業家、そしてプール清掃員となったトジバトル・ドルゴルは、トール・ベルニクの密命を帯びて帝都フェリクスへ出張中の身である。

 ところが――、

「前世で、何か悪い事でもしたのかな」

 フェリクスが随分ときな臭くなってきたと知り、どうにも俺は運が悪いらしい、と幾分か自嘲気味な思いでコーヒーを淹れていた。

 ――帝都と相性が悪いのかもしれん。

 既に宇宙港は閉鎖され、天蓋ゲートも閉塞状態となっている。つまり、ベルニクへ逃げ帰る事も不可能なのだ。

 ――閣下が助けに――つっても蛮族退治に行ってるしな。

 などと思い悩んでいる彼の元へ、当の本人からEPR通信が入った。

「トール殿!?」

 << どうも、トジバトルさん >>
 << どうですか、コロッセウムの方は? >>

「え、そっちの話ですかい」

 トール・ベルニクは帝都フェリクスにコロッセウムの建設を計画していた。

「用地は確保出来そうですが――それより問題は、こちらに呼び寄せた連中ですな」

 復活派勢力圏ではエヴァンと聖レオによる民心引き締め政策が推し進められており、コロッセウムなどの過激な娯楽施設は営業が困難になっている。

 職を失った剣闘士たちが、大挙して密入国や亡命をしてきているのだが、彼等を取りまとめフェリクスで当面の世話をするのもトジバトルの役目だった。

 が、元々の育ちも悪ければ、血の気がやたらと多い連中である。

 剣闘でフラストレーションを発散する事も叶わず、盛り場で問題ばかり起こしていた。

 << 丁度良かったかもしれません >>

「はい?」

 << もうすぐ、オリヴィア宮からお迎えが来ます >>

「はい?」

 照射モニタ上で気楽そうに話す男は無邪気な朴念仁にも見えるが――、

「姫君を守った剣闘士達――。コロッセウムの建設資金が集め易くなりそうですね」

 恐らくは悪魔だろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

日本VS異世界国家! ー政府が、自衛隊が、奮闘する。

スライム小説家
SF
令和5年3月6日、日本国は唐突に異世界へ転移してしまった。 地球の常識がなにもかも通用しない魔法と戦争だらけの異世界で日本国は生き延びていけるのか!? 異世界国家サバイバル、ここに爆誕!

出撃!特殊戦略潜水艦隊

ノデミチ
歴史・時代
海の狩人、潜水艦。 大国アメリカと短期決戦を挑む為に、連合艦隊司令山本五十六の肝入りで創設された秘匿潜水艦。 戦略潜水戦艦 伊号第500型潜水艦〜2隻。 潜水空母   伊号第400型潜水艦〜4隻。 広大な太平洋を舞台に大暴れする連合艦隊の秘密兵器。 一度書いてみたかったIF戦記物。 この機会に挑戦してみます。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

【おんJ】 彡(゚)(゚)ファッ!?ワイが天下分け目の関ヶ原の戦いに!?

俊也
SF
これまた、かつて私がおーぷん2ちゃんねるに載せ、ご好評頂きました戦国架空戦記SSです。 この他、 「新訳 零戦戦記」 「総統戦記」もよろしくお願いします。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

ロボリース物件の中の少女たち

ジャン・幸田
キャラ文芸
高度なメタリックのロボットを貸す会社の物件には女の子が入っています! 彼女たちを巡る物語。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...