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起転[承]乱結Λ
1話 グノーシス船団国。
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グノーシス船団国の首都としての役割を担うのが首船プレゼピオだ。
首船プレゼピオは、グノーシス船団国にとって、政治、経済、文化、宗教の中心地である。
船と冠されているが、実際には恒星マグダレナを覆い尽くすダイソン球の軌道都市であった。
恒星を殻で包み込み、発生するエネルギーを最大効率で得ている。
また、恒星間天体から希少資源を採掘する技術力を持ち、鉱工業も発展しており、彼らの軍事力を支えていた。
とはいえ、恒星マグダレナには従属惑星が存在しないため、生産資源と労働力の不足という問題が恒常的に存在する。
その問題を解決したのが、オビタル帝国からの略奪だ。
レギオンと呼ばれる五つの首船を有力氏族が率いており、時には協力し、また時には反駁し合いながらも、星間空間に潜んで未知ポータルを利用して襲い掛かる。
食料や資源もさることながら、奴隷の国内需要が高いため、旅客船などを狙う事が多い。
大多数の国民は、レギオンで生まれ、育ち、奪い、殺し、子を成し、やがて死ぬ。
まさに、蛮族の名に相応しい生涯だろう。
だが、十年に一度だけ催される巡礼祭は事情が異なった。
半月に渡って続く大祭で、多くの人々が円環ポータルを通りレギオンから首船を訪れる。
前後週合わせて一千万人以上が集まるのだ。
此度の巡礼祭も、中心都市イニティウムは大変な賑わいを見せており、神殿前にある大広場などは、兵士が守る円形の舞台を囲むよう人の頭で埋め尽くされていた。
舞台上では、反身の刀を使った剣舞が披露されている。
大広場に至る通りも同じような状況であった。
そのため、イニティウムで商いをする者が、一年で最も潤う期間となる。
「巡礼祭ですし、今回は特別な事情もあって――」
ホテルのフロントに立つ女が、申し訳なさそうな顔で言った。
「キャンセルが入ってるはずだから調べろって言ってんだよ、こっちは!」
横柄な言葉遣いの幼女に、フロントの女は苛立つことなく考えを巡らせる。
――どこのレギオンなのかしら?
目深にかぶったツバ広のガーデンハットで顔は良く見えない。
仕立ての良いサマードレスは、裕福であろうことを示す。だが、その露出させた肌とは裏腹に、しっかりと首に巻かれたストールには違和感を感じた。
「俺が話そう」
幼女の後ろに控えていた長身の男が、頭の二角帽子に手をかけて前に進み出る。
赤いチュニックに、白い細身のパンツ、腰には反身の剣を下げていた。
レギオンのソルジャーであることを示す装いである。
胸には、ミネルヴァ・レギオンの徽章があった。
「最上階が空いたって聞いたんだがな」
「あ、あの、あそこは――」
最上階の特別スイートが空いているのは事実だった。
より正確に言うならば、つい先ほど先方からキャンセルが入ったのである。
「キャンセルが入ったのでは?」
「え、もしや、あのお方の――?」
頬に戦傷は残っていたが、男はなかなかに女心をそそる風貌だった。
――きっと、有力氏族の娘と護衛のソルジャー様だわ。
――私が年頃の独身で、相手がイケメンだから信じた訳ではないのよ。
――こ、これは論理的帰結ッ!
フロントの女は、特別な微笑みを浮かべて告げた。
「――は、はい――勿論、空いておりますわ。当ホテルにお越し頂き誠に光栄に存じます」
平価の十倍では収まらない金額とはなるが、有力氏族の娘であれば支払えるだろう。
◇
――数日が過ぎた。
神殿前の大広場に集う大衆は、異様な熱気に包まれている。
彼らの視線は、中央に設営された円形の舞台に注がれていた。
兵士達の監視が無ければ、より近くで見物しようと雪崩を打って殺到していたかもしれない。
この光景は、グノーシス船団国のメディアも撮影していた。
オビタル帝国とは異なりEPR通信を持たないため、ライブキャストされるのは首船プレゼピオのみとなる。
遥かな遠方を奔るレギオンに在る人々は、円環ポータルを通って届けられる録画映像を待つか、ここに集うほか無かった。
なお、速報値によれば、巡礼祭に合わせ首船へ訪れた人々は、例年の三倍以上となっている。
例え大広場に陣取れずとも、ホテルや飲食店でライブキャスト映像を視聴できる為だろう。
これだけの注目が集まっているのには勿論理由がある。
「くそっ! 見えねぇ」
文句を言っているのは、ツバ広のガーデンハットを手に持つ、テルミナ・ニクシーである。
「肩車だ、スキピオ」
前方を睨んでいたスキピオ・スカエウォラは無言で腰を屈めた。
「おお、良く見えるぜ。つうか、ありゃ何だ?」
日中は剣舞が披露されていた舞台に、代わってオビタル帝国では見かけぬ仰々しい装置が設えられている。
「あれが――」
その時、地鳴りのように湧きあがった歓声で、テルミナは、スキピオの答えを聞くことが叶わなかった。
大広場の群衆は拳を突き上げ、奇声に近い歓呼の声を上げている。
拘束された一人の男を、多数の兵士が引き摺るようにして舞台の上に立たせた。
頭上にはボロ布で作られた頭巾を被せられており表情は見えない。
他方、腰巻きだけとされた身体は、数多の暴力を受けた傷痕が残っている。
手枷と足枷をされ、逃げるなど不可能事だろうが、両脇に立つ屈強な兵士が腕を掴んでいた。
続いて、美しいトーガを纏った大柄な男が舞台上に続く。
グノーシス船団国において、トーガは有力氏族であることを示す。
舞台に立った大柄な男は、群衆を睥睨しながら片手を上げた。
権力か、あるいは兵士の威嚇か――徐々に喧騒が静まって行く。
「女神に選ばれし人々よ――」
舞台上に在る集音装置が、大広場の隅々にまで自然な音声を響かせる。
「ユピテル総督のポンテオである」
総督とは、各レギオンを統率する立場であり、有力氏族が世襲し任期は定められていない。
彼らの上に立つのが、直接選挙で選ばれる執政官であるが、レギオン総督とは異なり二十年という任期があった。
「唾棄すべき咎人が、ここに在る」
言いながら、頭巾を被せられた男を見やる。
「咎は三つ。まず、忌々しい先の敗戦についてだが――今さら語る必要もあるまい」
ベルニク領邦との戦いについてなのだろう。
「おまけに、その裏では、敵と通じて穢れた財を成していたのだ!」
グノーシス船団国にとって清らかな利得とは、血を流しオビタル帝国から奪った物のみである。
「なお悪いことに、グノーシスの誇りを忘れ――」
ユピテル・レギオン総督ポンテオは、己の言霊を高めるべく呼吸を置いた。
「――邪悪な帝国の姦婦に跪いた売国奴である!」
それを聞き、もはや大衆は黙っていることが出来なくなった。
雄叫び、罵り、一様に皆が叫んだ。
殺せ。殺せ。殺せ。死を。死を。死を。
恐らくは、ブロードキャストされた映像を視聴している人々も同じなのだろう。
「今宵、この咎人に、女神の聖断を下すッ!!!」
ポンテオが告げると、兵士は拘束された男を引っ立て、仰々しい装置――つまりは断頭台に男の頸を嵌めた後に頭巾を取り払った。
殺せと叫ぶ大衆に、その顔貌が晒される。
痩せこけた頬の上には、輝きを失わぬ双眸があった。
絶望的な状況に至ってなお、彼には信念と希望、そして幾ばくかの愛が残っている。
彼は口を開いた。
自身に与えられた最後の瞬間まで、己の唯一の才覚である弁舌で以って、忌まわしい世界を変えようとしたのかもしれない。
「我々は――」
だが、言説は彼を救わなかった。
ポンテオが掲げた腕を下ろすと同時、数メートル上にあった刃が、頸と胴を分かたつ。
大広場の興奮は最高潮に達し、人々は互いの肩を叩きあって喜んでいる。
こうして――、
グノーシス船団国、執政官ルキウス・クィンクティは死んだ。
首船プレゼピオは、グノーシス船団国にとって、政治、経済、文化、宗教の中心地である。
船と冠されているが、実際には恒星マグダレナを覆い尽くすダイソン球の軌道都市であった。
恒星を殻で包み込み、発生するエネルギーを最大効率で得ている。
また、恒星間天体から希少資源を採掘する技術力を持ち、鉱工業も発展しており、彼らの軍事力を支えていた。
とはいえ、恒星マグダレナには従属惑星が存在しないため、生産資源と労働力の不足という問題が恒常的に存在する。
その問題を解決したのが、オビタル帝国からの略奪だ。
レギオンと呼ばれる五つの首船を有力氏族が率いており、時には協力し、また時には反駁し合いながらも、星間空間に潜んで未知ポータルを利用して襲い掛かる。
食料や資源もさることながら、奴隷の国内需要が高いため、旅客船などを狙う事が多い。
大多数の国民は、レギオンで生まれ、育ち、奪い、殺し、子を成し、やがて死ぬ。
まさに、蛮族の名に相応しい生涯だろう。
だが、十年に一度だけ催される巡礼祭は事情が異なった。
半月に渡って続く大祭で、多くの人々が円環ポータルを通りレギオンから首船を訪れる。
前後週合わせて一千万人以上が集まるのだ。
此度の巡礼祭も、中心都市イニティウムは大変な賑わいを見せており、神殿前にある大広場などは、兵士が守る円形の舞台を囲むよう人の頭で埋め尽くされていた。
舞台上では、反身の刀を使った剣舞が披露されている。
大広場に至る通りも同じような状況であった。
そのため、イニティウムで商いをする者が、一年で最も潤う期間となる。
「巡礼祭ですし、今回は特別な事情もあって――」
ホテルのフロントに立つ女が、申し訳なさそうな顔で言った。
「キャンセルが入ってるはずだから調べろって言ってんだよ、こっちは!」
横柄な言葉遣いの幼女に、フロントの女は苛立つことなく考えを巡らせる。
――どこのレギオンなのかしら?
目深にかぶったツバ広のガーデンハットで顔は良く見えない。
仕立ての良いサマードレスは、裕福であろうことを示す。だが、その露出させた肌とは裏腹に、しっかりと首に巻かれたストールには違和感を感じた。
「俺が話そう」
幼女の後ろに控えていた長身の男が、頭の二角帽子に手をかけて前に進み出る。
赤いチュニックに、白い細身のパンツ、腰には反身の剣を下げていた。
レギオンのソルジャーであることを示す装いである。
胸には、ミネルヴァ・レギオンの徽章があった。
「最上階が空いたって聞いたんだがな」
「あ、あの、あそこは――」
最上階の特別スイートが空いているのは事実だった。
より正確に言うならば、つい先ほど先方からキャンセルが入ったのである。
「キャンセルが入ったのでは?」
「え、もしや、あのお方の――?」
頬に戦傷は残っていたが、男はなかなかに女心をそそる風貌だった。
――きっと、有力氏族の娘と護衛のソルジャー様だわ。
――私が年頃の独身で、相手がイケメンだから信じた訳ではないのよ。
――こ、これは論理的帰結ッ!
フロントの女は、特別な微笑みを浮かべて告げた。
「――は、はい――勿論、空いておりますわ。当ホテルにお越し頂き誠に光栄に存じます」
平価の十倍では収まらない金額とはなるが、有力氏族の娘であれば支払えるだろう。
◇
――数日が過ぎた。
神殿前の大広場に集う大衆は、異様な熱気に包まれている。
彼らの視線は、中央に設営された円形の舞台に注がれていた。
兵士達の監視が無ければ、より近くで見物しようと雪崩を打って殺到していたかもしれない。
この光景は、グノーシス船団国のメディアも撮影していた。
オビタル帝国とは異なりEPR通信を持たないため、ライブキャストされるのは首船プレゼピオのみとなる。
遥かな遠方を奔るレギオンに在る人々は、円環ポータルを通って届けられる録画映像を待つか、ここに集うほか無かった。
なお、速報値によれば、巡礼祭に合わせ首船へ訪れた人々は、例年の三倍以上となっている。
例え大広場に陣取れずとも、ホテルや飲食店でライブキャスト映像を視聴できる為だろう。
これだけの注目が集まっているのには勿論理由がある。
「くそっ! 見えねぇ」
文句を言っているのは、ツバ広のガーデンハットを手に持つ、テルミナ・ニクシーである。
「肩車だ、スキピオ」
前方を睨んでいたスキピオ・スカエウォラは無言で腰を屈めた。
「おお、良く見えるぜ。つうか、ありゃ何だ?」
日中は剣舞が披露されていた舞台に、代わってオビタル帝国では見かけぬ仰々しい装置が設えられている。
「あれが――」
その時、地鳴りのように湧きあがった歓声で、テルミナは、スキピオの答えを聞くことが叶わなかった。
大広場の群衆は拳を突き上げ、奇声に近い歓呼の声を上げている。
拘束された一人の男を、多数の兵士が引き摺るようにして舞台の上に立たせた。
頭上にはボロ布で作られた頭巾を被せられており表情は見えない。
他方、腰巻きだけとされた身体は、数多の暴力を受けた傷痕が残っている。
手枷と足枷をされ、逃げるなど不可能事だろうが、両脇に立つ屈強な兵士が腕を掴んでいた。
続いて、美しいトーガを纏った大柄な男が舞台上に続く。
グノーシス船団国において、トーガは有力氏族であることを示す。
舞台に立った大柄な男は、群衆を睥睨しながら片手を上げた。
権力か、あるいは兵士の威嚇か――徐々に喧騒が静まって行く。
「女神に選ばれし人々よ――」
舞台上に在る集音装置が、大広場の隅々にまで自然な音声を響かせる。
「ユピテル総督のポンテオである」
総督とは、各レギオンを統率する立場であり、有力氏族が世襲し任期は定められていない。
彼らの上に立つのが、直接選挙で選ばれる執政官であるが、レギオン総督とは異なり二十年という任期があった。
「唾棄すべき咎人が、ここに在る」
言いながら、頭巾を被せられた男を見やる。
「咎は三つ。まず、忌々しい先の敗戦についてだが――今さら語る必要もあるまい」
ベルニク領邦との戦いについてなのだろう。
「おまけに、その裏では、敵と通じて穢れた財を成していたのだ!」
グノーシス船団国にとって清らかな利得とは、血を流しオビタル帝国から奪った物のみである。
「なお悪いことに、グノーシスの誇りを忘れ――」
ユピテル・レギオン総督ポンテオは、己の言霊を高めるべく呼吸を置いた。
「――邪悪な帝国の姦婦に跪いた売国奴である!」
それを聞き、もはや大衆は黙っていることが出来なくなった。
雄叫び、罵り、一様に皆が叫んだ。
殺せ。殺せ。殺せ。死を。死を。死を。
恐らくは、ブロードキャストされた映像を視聴している人々も同じなのだろう。
「今宵、この咎人に、女神の聖断を下すッ!!!」
ポンテオが告げると、兵士は拘束された男を引っ立て、仰々しい装置――つまりは断頭台に男の頸を嵌めた後に頭巾を取り払った。
殺せと叫ぶ大衆に、その顔貌が晒される。
痩せこけた頬の上には、輝きを失わぬ双眸があった。
絶望的な状況に至ってなお、彼には信念と希望、そして幾ばくかの愛が残っている。
彼は口を開いた。
自身に与えられた最後の瞬間まで、己の唯一の才覚である弁舌で以って、忌まわしい世界を変えようとしたのかもしれない。
「我々は――」
だが、言説は彼を救わなかった。
ポンテオが掲げた腕を下ろすと同時、数メートル上にあった刃が、頸と胴を分かたつ。
大広場の興奮は最高潮に達し、人々は互いの肩を叩きあって喜んでいる。
こうして――、
グノーシス船団国、執政官ルキウス・クィンクティは死んだ。
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