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起[転]承乱結Λ

34話 挟撃。

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 ベルニク軍が帝都を発ち、二日が過ぎた早朝である。

 イリアム宮を占拠した叛乱軍は停滞を見せていた。
 彼らに与えられていた任務は、女帝弑逆しいぎゃくという一点のみだったのである。

 それを失った今、叛乱軍の現地指揮官は、上からの指示を待つ状況となっていた。

 また、ユディトポータル方面では、未だ叛乱軍と銀獅子艦隊が交戦中である。
 叛乱軍が、軌道揚陸を匂わせる布陣を敷いた為、保守的な戦いとなっているのだ。

 他方、グノーシス異端船団国に急襲されたグリフィス領邦軍であったが、これを退けて、ようやく帝都宙域に入ったとの報があった。

 帝都に暮らす人々にとっては、久方ぶりの朗報である。
 彼らは、何より治安を回復してくれる存在を待ち望んでいたのだ。

 叛乱軍の動きは止まっているが、反政府系組織に扇動された暴徒たちは、これまでの鬱憤を晴らすべく、現在も帝都で暴れ回っていたのである。

 ところが――、

 天秤衆に守られ比較的安全な教理局庁舎で、臨時統帥権に基づき指揮を執る男の元へ不吉な報せが届く。

「エヴァン宰相、どうにもケシカラぬ話しが――」

 部屋に入って来た副官が告げた。

「どうした」

 不機嫌な思いが声音に混じる。

 女帝弑逆しいぎゃくに失敗し、帝都の危機を理由として、ベルニクに高貴な身柄をさらわれたのだ。
 速やかに帝都の治安を回復させる予定であったグリフィス領邦軍の到着も、蛮族の襲撃によって遅れた。

 当初の計画通り運んだのは、現状では臨時統帥権を得た事のみである。

 この統帥権を恒久化するには、女帝の排除はもとより、現在の混乱を手際よく収束させる必要があった。
 帝国の崩壊は望むところであるが、制御不可能な状況に陥れてはならない。

「マクギガン伯が――」

 と、言いながら、副官は照射モニタにリアルタイムに流れる報道を映した。

<< 叛乱軍如き、叩き潰してくれるわッ! >>

 開口一番、顔中を銀の髭で埋めた男が、唾を吐き飛ばしながら吠えている。
 マクギガン領邦領主のディアミド伯爵であった。

 叛乱に巻き込まれる前に帰途についたが、未だ自領邦には到着していない。

 そのため、領主専用艦にしつらえた豪奢な居室を背景としていた。
 羆の剥製らしきものも置かれている。

 プライベートルームとはいえ、高速旅客船を使うような領主は、予算の厳しいベルニク領邦のトールぐらいであろう。

<< 九条発令だと? >>

 EPR通信で発せられた記者の質問に、ディアミド・マクギガンは小馬鹿にしたような表情で応える。

 帝国基本法九条では、帝国公領を共同防衛する際の、領邦に課せられた義務が定められていた。
 本来であれば、同条に基づく発令が為された場合のみ、領邦軍は帝国公領に立ち入ることが許される。

<< 陛下は消え、イリアム宮は陥ちた。この非常時に、九条も糞も無いわ。>>

 いずれの領主も内心で秘かに思っている事を、ディアミドは公言したに過ぎない。

<< せがれ邦笏ほうしゃくは預けてある。すでに艦隊を率いて、ベネディクトゥスに向かっておるのだ。>>

 制御可能な乱を期するエヴァンにとって、実に良くない兆候である。

<< 暫し待った後、帝国軍と挟撃しても良いしなあ、ガハハハ。>>

 ピュアオビタルらしからぬ粗野な笑声を聞き流し、エヴァンは自身の思考に沈む。

 ディアミドが、わざわざメディアで放言する真意も気になったが、この緩みが他の諸侯に伝搬する事を懸念した。
 野人伯爵だけに手柄を立てられては、などと諸侯が動き始めれば、一触即発の危機が発生しないとも限らない。

 新しい社会を構築するつもりではあるが、エヴァン・グリフィスは群雄が割拠する世は望んでいないのである。

 ◇

 野人伯爵の咆哮は、フェリクス総督府にて、人生の頂点にあったウルリヒにも届いている。

「ソテルだ」

 マクギガン領邦と面するのは、ソテルポータルとなる。

「ソテルを守らねばならん」

 ウルリヒは、総督府であった時の調度品を全て取り除かせた執務室に居る。
 代わって目立つのは、父でもある先代が写る照射映像であった。

 兄達は犠牲にしたが、ベルツ家再興を果たしつつある己を、アフターワールドにて父も誇りに感じているであろう、とウルリヒは信じて疑わない。

 彼に言わせれば、いずれも不肖の兄であった。

 尊敬していた長兄ルーカス――。

 共にベルツ家再興の大望を抱き、刻印を捨ててまで大事だいじを成した男である。
 だが、結局は小事しょうじを苦に病んで、気のれた軟弱者なのだ。

 次兄ニクラスは、より悪い。

 ピュアオビタルでありながら、妙な髪色をした蛮族に惚れこんでいた。
 ベルツ家の危機にあって、その女と共に逃げ出した裏切り者である。

 ――そもそも、蛮族を差し出しておれば、ベルツは許されたかもしれんのだ。
 
 後味の悪い結末となったが、あれこそ家を裏切った男に相応しい末路であろう、とウルリヒは心中に淀む罪悪感を鎮めた。

「でもぉ、どうやって守りますの?」

 緊張感の無いイヴァンナの声が、ウルリヒの追憶を破る。

「公領鎮撫艦隊ははらった。艦隊を二手に分ければ良い」

 当たり前ではないか、といった風情でウルリヒが言った。

「フェリクスとソテルで、それぞれ築城させる」
「数が減りますけど、守れますかしらね」
いくさを知らぬな」

 やがてつ日に備え、ウルリヒはありとあらゆる書物を読み漁って来た。
 ニューロデバイスを切除し、EPRネットワークが利用出来ないため、労して紙の書籍を手に入れていたのだ。

 軌道都市では流通していないが、地表には未だ書籍というものが存在する。

「ソテルから野人が侵入すれば、やがて来る帝国軍とで、我らは挟撃されよう。これは是が非も避けねばならん」
「それは、そうでしょうけど――」

 ウルリヒの言う通り、艦隊戦などイヴァンナの専門分野ではない。
 とはいえ、寡兵を分散させる愚は、直感的に理解できた。

 ――カドガンちゃまの出番が来ちゃうかもぉ。

 状況が悪化する懸念を抱いたイヴァンナは、再び風呂に入って報告をしようと決めた。
 だが、ベルツ家再興に酔うウルリヒと老いた旧臣達に迷いはない。

「艦数は減るが、守る側が有利。挟撃などさせぬ」

 左様でございますな、と声を揃える旧臣達を捨て置き、イヴァンナは形の良い尻を振りつつ風呂へ向かう。
 
 ◇

「ソテルポータル方面で、叛乱軍の築城が始まったようです」

 トールの隣に立つケヴィンが告げた。
 先行部隊に威力偵察を行わせたマクギガン領邦軍からの報告である。

 他方のベルニク艦隊は、星間空間に在るポータルを前にして待機状態にあった。
 このポータルが、ベネディクトゥス星系のコノン衛星近傍へと通じている。

 だが、実際の距離は、百光年以上離れていた。

 先史文明が何の目的で、またいかなる方法で、各所にポータルを設置したのか未だに解明されていない。

「そうですか」

 トールの狙い通り、叛乱軍はその兵力を分散させたのだ。

「パトリック艦隊も動き出しています」

 フェリクスポータル前に築城する叛乱軍を、トール達に先んじて攻める手筈となっていた。
 これで、パトリック艦隊と対する敵の後背をき挟撃できる。

 必勝、と言って良い状況となり、トールは動く時が来たと判断した。

 ――ウルリヒ・ベルツ……。

 昨夜、叛乱軍首魁しゅかいは、総督府における記者会見で、その顔を晒し名乗りを上げた。
 ベルツ家当主として、自らの正統性を示す為に必要な儀式ではあったのだろう。

 だが、あまりに性急に過ぎたと言わねばなるまい。
 運も悪かったのかもしれない。

 彼を利用し尽くし、そして命を奪う男に、面と居場所を知られたのだ。

「じゃあ――」

 ジャンヌ少佐と言いかけ、旗艦ブリッジに居ない事を思い起こす。
 彼女は、既にホワイトローズへと移乗していた。

 ホワイトローズは、フェリクスポータルでの戦いには参加しない。
 旗下、戦闘艇十隻を引き連れて、別動隊として動く。

 ――となると、ボクが号令しないとね。

 帝国歴2801年 03月05日 19:45(帝国標準時)――。

 帝都を発った二日後、ベルニク領邦領主トール・ベルニク子爵率いる艦隊は、ベネディクトゥス星系に通ずるポータル面に到着した。

 陣容は以下の通りである。

 ■主攻撃艦隊(トール・ベルニク)
 重弩級艦      1(▽)
 戦艦        2
 駆逐艦       8
 戦闘艇     900
 その他艦艇   100
 
 ■別動艦隊(ジャンヌ・バルバストル)
 強襲突入艦     1
 戦闘艇      10

「全艦、フェリクスポータル方面へ向け進発」

 トールの言葉が閉域EPR通信で伝えられた。

「叛乱軍を挟撃します」
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