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起[転]承乱結Λ

17話 奇想、奇矯。

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 ベルニク軍憲兵隊は、軍関係者が関与したケースを除き、一般市民を取り調べる法的根拠を持たない。

「苦労したぞ」

 憲兵司令ガウス・イーデン少将は、照射モニタに映る下着姿の幼女に告げた。
 出掛ける直前であったのだろう。

「そうかよ。だから、サービスだ」
「あのな……まあ、どうでもいいか」

 スラムではもっと酷い恰好をしていたのだ。

 銀河に版図を拡げ、長命を得て、女神ラムダの慈愛を受けてもなお貧困問題は無くならない。
 眠れぬ夜、人のさがに思いを馳せるガウスであったが、彼に出来ることなどたかが知れていた。

「マリーア・フィッシャー。兄弟はいない。両親ともに健在だが豊かではないな」
「親のどっちかがフレタニティと絡んでたりしないか?」
「両親ともにゴリゴリの保守だ。先代エルヴィン様とも交友があった」
「貧乏人の平民が?」

 テルミナは、先代エルヴィンとの知己ちきなど無いが、以前までのトールとは異なり公明正大な領主であったと聞いている。
 とはいえ、領邦領主のピュアオビタルが、市井の一般人と友誼を諮るはずもない。

「五十年前――必要性が高じて、養子縁組の法的規制が緩くなったんだ」

 ベネディクトゥス星系における異端審問の暴風は多くの孤児を生んだ。

「その規制緩和は現在でも続いているんだが――そいつを利用して、二十五年ほど前、子供のいなかったフィッシャー家は貧しいものの養子を迎えている」
「マリーア……マリか」
「彼女が四歳の時だ」

 幼くとも、周囲の状況が、ある程度は理解できる年齢である。

「けど、異端審問とは関係ないだろ?」

 既にベネディクトゥス星系は帝国直轄地となっており、昏い停滞の中にはあれど血は流れていないはずだ。

「さすがに、無関係だろうな。ただ、少し特殊な事例に思える」
「あん?」
「彼女の身元保証人は、先代であるエルヴィン・ベルニク閣下だ」

 予想をしていなかった情報に、テルミナは言葉に詰まる。

「だから、交友があると言っただろ?」

 ◇

「では、閣下――行って参ります」

 ジャンヌ・バルバストルが、見慣れた軍服姿となって、トールの元へと出立の挨拶に訪れた。

 ――やっぱり、この恰好が一番似合うなぁ。

 G.O.D仕様のコーディネートも眼福であったが、やはり露出よりも布地に覆われていてこそ価値が高まるのだ――などと下らぬ事を考えていた。
 メイドのマリが同席していなかったのは幸いであっただろう。

「はい。全く関係の無い業務で申し訳ないのですが――」

 ジャンヌとテルミナには、これより教皇領に向かってもらうのである。

「閣下と領邦の為でしたら、いかなるご命令でも」

 と、ジャンヌは優雅に微笑んだ。

 ――プロヴァンス女子修道院を燃やせと言われても従いますわ。

 奇想を計画しているトールといえど、そこまでの荒事は頼んではいない。

「テルミナ少尉のケアもお願いしますね」

 今次の作戦において、非常に強い忌避感を示したのがテルミナであった。
 彼女にとって、教皇領プロヴァンス女子修道院は、自身の古傷を杭で貫くような場所である。

 事情を全く知らなかったトールは、彼女の過去をガウスから聞き及ぶと、即座に作戦変更を伝えた。
 プロヴァンス女子修道院の悪習については「巨乳戦記」にも記述があり、その犠牲者であったのかと衝撃を受けたのだ。

 ――アホが、ふざけんなよッ!!

 ところが、血相を変えたテルミナが、トールの元へ怒鳴り込んで来た。

 ――必要とあらば、手下の屍なんざ踏みしだいて進め。
 ――それが、テメェら支配者に必要な矜持と覚悟だろうが。

 さすがに偏り過ぎた思考であると感じたトールであったが、彼女の言葉にも少なからず理を見出した。

 テルミナのトラウマをおもんぱかったとはいえ、必要な作戦行動なのである。
 ならば、おいそれと撤回するなど、覚悟が足りぬと言われても当然だろう。

 素直な男は、神妙な様子で撤回の撤回をする。
 ただし、もう一人の人員を随行させる旨を伝えた。

 艦艇仕事で無いのは不憫であるが、ジャンヌを傍に置けば、いかなる事態であっても切り抜けてくれると期待しての事である。

 とはいえ――、

「なるべく穏便にお願いしますね。まずは証拠集めです」

 トールは、彼女の荒ぶる魂が、諸刃の剣でもあると分かっていた。

「それから――すごぉく、穏便に優しく丁重に――」

 ゆえに、彼の指示は矛盾に満ちたものとなる。

「――さらって来て下さいね」

 ◇

 コンクラーヴェに伴う聖堂閉居の前日である。

「では、親授の儀を執り行わせて頂きます」

 司会進行を務める事になったソフィア・ムッチーノが高らかに宣言した。
 常であれば、メディア対応の多かったロベニカには、別の所用を頼んでおり親授式には参列していない。

 なお、通常の勲章親授式ならば、屋敷にある催事用の中庭で行う。
 貴族、政府と軍の高官、教会関係者のみを招き、粛々と進行していくのだ。

 御用メディアが申し訳程度の取材を行う。

「トジバトル・ドルゴル、前へ」

 剣闘士トジバトルは、やたらと緊張した面持ちで、トールの立つ場所へと歩き出した。

 彼が緊張するのも当然なのであった。

 トール・ベルニクの傍にあると勘違いしてしまうのだが、オビタル帝国とは厳然たる階級社会である。
 政府や軍の高官でもない限り、市井のオビタルが勲章を授与されるなど、およそ有り得ぬ話しなのだ。

 その上、彼はモンゴロイド系の黒髪であり、人気があるといえ剣闘士などという卑賎な生業なりわいである。
 他の貴族からすれば、そのような相手に勲章を呉れてやるなど、正気の沙汰とは思えなかった。

 そのためであろうか。

「――何だ、これは?」

 本式典、貴族階級から唯一のゲストであるロスチスラフ侯は、自席の後ろに控えるドミトリに囁き尋ねた。
 彼は、トールに数々の秘儀を明かした後、勲章親授式を帝都で行うため、ロスチスラフ侯共々招待する旨を申し渡されたのである。

 自領で執り行わず奇妙であるな、などと二人して来てみれば、さらに奇妙な光景を目の当たりにしていた。
 困惑する二人の眼前で、すこぶる機嫌の良さそうな銀髪が、緊張しきった黒髪に勲章を手渡しているのである。

「確かに命拾いをしたのかもしれんが――」

 あの場に居合わせたロスチスラフとて、道化の短刀をトジバトルが弾かねば、トールの身が危うかったことは分かる。
 とはいえ、礼ならば金なり何なり渡せば済む話なのだ。

 勲章とは、これまで授与された者達の気持ちを汲まねばならない。

 モンゴロイド系の平民と同列にされたのでは、孫にも誇れぬと反感を買うであろう、とロスチスラフなどは考える。

「狂ったか――いや、まさかな――」

 彼としては、乱世で己が飛躍するため、自領の後背は裏切らぬ婿に守ってもらう必要がある。
 とはいえ、何より有能でなければならなかった。

 婿が気狂いなど、以ての外なのである。

「私などには分かりかねますが――」

 ドミトリにもトールの思惑など図れない。

「――式は終わったようですな」

 辺りで起きた拍手に合わせ、二人も儀礼的に手を打った。

 式典会場としたのは、ダウンタウンエリアの外れに位置する聖堂である。
 トジバトルの育った地域であり、文字通り彼は故郷に錦を飾った。

 この光景を、エクソダス・Mと地元メディアがライブキャストしている。

 会場周辺の盛況ぶりを見れば想像もつくのだが、この類の式典としては、記録的な同時視聴者数となっていた。
 蛮族討伐で名を上げた貴族が、平民に勲章を与えるという奇矯で、多数の注目を集めたのだろう。

 また、トジバトルを育んだ地元民達は、誇らしい慶事と捉えたらしく、設営から警備に至るまで積極的な協力体勢で臨んでいる。
 そのかいあって、異例尽くしの式典は、無事に閉幕となった。

 現在は、並び立つトールとトジバトルを、取材メディアが囲んでいる。

「あ、そうそう」

 ひと通りの質問に答えたトールは、何事かを思い出したらしい。

「最後に皆さん――これを視ている皆さんにお話しをして良いですか?」

 よもや、駄目とも断れまい。

「こんにちは、トール・ベルニクです。ボクの住む――というか治めているわけですが、ベルニク領邦は帝国においては辺境です」

 少なからず不機嫌な様子で席を立ったロスチスラフであったが、思い直したのか再び腰を下ろした。

「良いところなんですけど、少しばかり人口が少なすぎるのが悩みなんですよね」

 軌道人類は十億人程度に留まっており、今後の成長も見込めていない。

「そんなわけでして、我らが領邦は、大々的に移住される方を募集中なんです。詳しいことは、こちらの――」

 仕える主人は頭を掻いて鼻を鳴らしているが――機嫌は悪くないな、とドミトリは思った。
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