旦那が想い人と駆け落ちしました。

のんのこ

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駆け落ちした元夫

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それは、ある日王都の市街地にお買い物に行った時のことだった。

パン屋さんを通り過ぎて角を曲がったところで、思わず足を止める。


「…っ、君」

「げっ」


ばったりと遭遇してしまったのは、先日の夜会で会った失礼な彼だった。

ロベルハイム様だ。



「…随分嫌われちゃったみたいだね」

「そんな、嫌うだなんて滅相もない」


にっこりと微笑むと、苦笑を浮かべる彼。



「げって言ったくせに」

「驚いただけです」


自分でも無理があるとは思ったけれど、押し通したらいけるかもしれない。



「まあ、いいけど。いったいこんな下町で何してるわけ?君は根っからの貴族で、市民街なんて本当は嫌いなんじゃない?」

「確かに私は貴族ですが、市民が嫌いだなんて一言も申し上げたことはございませんが?」


「…へえ、市民との恋愛話なんて大嫌いなのに、市民の街で買い物するのは平気なんだね。随分と都合のいい人だね」


喧嘩を売られているのだろうか。

彼は一度話しただけの私を心底嫌っているのかもしれない。


少し物言いを指摘しただけだと言うのに心の狭い人だと思う。



「どうとでもおっしゃってください。よく知らない人に自分の人間性を理解してもらえるだなんて思っていませんから」


社交界での噂話だって、私のことを知らない人が流しているものなのだから、気分は良くないがまだ我慢できる。

ただ、信頼していた人に裏切られたことが悲しかっただけだ。



カールのことを思い出し、ずっしりと重くなってしまった胸に嫌気がさし、この場を離れようとロベルハイム様に別れの言葉を口にしようとした時…


「…あ、りす」


それは、随分と聞きなれた声だった。



「カール…?」


振り返ると、以前よりも少しだけ痩せたカールが立っている。

隣には、きっとリリィだと思われる可愛らしい女性を連れていた。


貴族の装いとは違う、市民さながらの薄い布地の服を着たカールは全然知らない人みたいだった。



「…カール、久しぶり」


かける言葉が見つからず、言いたいことは山ほどあるのに、そんな挨拶が口から飛び出し自分でも驚いた。


なんだか気まずくなって視線をさまよわせる私に、耳に届いた言葉はひどく冷たいものだった。



「お前!まだ僕のこと諦めてなかったのか!?こんなところまでやってきて、僕は絶対に戻らないからな!さっさと僕の前から消えてくれ!!」


敵意の籠った眼差し、口調。

彼からこんなきつい言葉を浴びせられたのは初めての事だった。



「僕は真実の愛を見つけた!もうお前と夫婦ごっこなんて御免だ!わかったなら帰れよ。二度と僕の前に現れるな!!」

「カール…」


「ああ、リリィごめんよ、驚かせたね。あいつは僕の名ばかりの妻だった女だ。だけど大丈夫、僕が愛しているのは君だけだ」


瞳を潤ませる彼女を、カールが優しく抱きしめる。

カールの中で、私は自分の恋を邪魔する悪役という立ち位置であるらしい。



急なことで混乱している私をよそに、リリィと呼ばれた彼女はしくしくと涙を流し始める。

…泣きたいのはこっちだ。


何事かと集まってくる観衆に、いたたまれなさでいっぱいだった。



「私は別に、連れ戻そうだなんて…」

なんとか紡いだ言葉は随分とか細いもので、ざわめきにかき消されてしまう。



「俺の恋人が、何か?」


唇を噛み締めた時、そんな凛とした声が耳に届いた。


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