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番外編
愛おしいもの
しおりを挟む旦那様が、うざい。
正確に言えば、旦那様とお父様と兄様と弟がすごくすごーーーくうざい。
とある昼下がり、日当たりの良い寝室でまだ一歳にもなっていない小さな娘とまどろんでいた。
ふぇえん
眠りそうで眠りにつけないでいるリナが可愛らしい声でぐずり始める。
彼女が泣き声をあげた途端、
バンッと扉が勢いよく開いて、必ず誰かがすぐに駆け込んでくるのだ。
…今日は、ハルト様ね。
「ミリア、リナが泣いているようだけど大丈夫!?何かあった!?」
「……そんなに大声で話すとリナの目が冴えてますます寝付けなくなってしまいます」
ピシャリと突き放すように言うと、彼は表情を情けなく歪めてしょんぼりと肩を落とす。
学習しない彼らには困っている。
頻繁にこの屋敷を訪れる父や兄、そしてたまに隣国から帰ってくる弟。
彼らはベタベタベタベタとリナに構い倒しては、彼女の機嫌を損ねてしまう。
「はあ、このままではいつかリナに完全に嫌われてしまいますね」
「っ!?」
「ああその前に、少しぐずっただけでいちいち騒がれて、私の方があなたに愛想を尽かしてしまいそう…」
正直疲れてしまう。
いくら乳母がよくリナの面倒を見てくれているからと言って、私だって昼間はほとんど彼女に付きっきりなのだから。
…自分が望んだことに文句を言うつもりはないけれど、ハルト様やお父様達ももう少し気を使えないのだろうか。
「…ミリア?僕に愛想を尽かすって、嘘だろう?僕はミリアに嫌われたらもう生きていけないのに…っ、こんな風に重いところがもしかして嫌だった?治すから、僕のこと嫌いにならないで欲しい…ミリア」
この世の終わりみたいな顔でそんなことを言うハルト様に小さくため息をついた。
「もうっ!重いなんて今更でしょう?私はリナに対する接し方を見直して欲しいと言っているんです!!赤ちゃんは泣くのが仕事なんですから、少しぐずったくらいで取り乱さず、父親として堂々と構えていてください!ハルト様がそれではリナだってますます不安になってしまいます!」
「…うっ、ごめん。でも、リナはまだ小さいから、あっという間に消えてなくなってしまいそうで…」
「不謹慎なこと言わないで!!」
リナだってもうこの世に生まれた一人前の人間なのだから、もう少し信じてあげて欲しい。
確かに赤ちゃんのうちは病気や事故のリスクだって大きいけれど、それは私達がしっかり気をつけていれば十分防げることだ。
「親の私達がしっかりしていなければ、守れるものも守れなくなってしまいます!」
「…うん、ごめんミリア」
もうすっかり眠る気をなくしてしまったリナがぱっちりとした大きな瞳でハルト様をじっと見つめている。
「情けないお父様なんてリナも嫌いになっちゃうわよね」
「なっ!?そんなことないよねリナ。リナはもう少し大きくなったらパパと結婚するって言ってくれるだろ?」
デレデレとした顔でそんなことを言うハルト様になんだかムッとしてしまう。
「…浮気ですか」
相手は私にとっても最愛の娘なのだけど。
「何言ってるの。勿論僕は断るよ?パパの奥さんはママだけだからごめんねって。その代わりリナは結婚なんかせずに僕らとずっと一緒にいようねって」
「娘の人生を勝手に決めるのはやめてください!リナはしっかりした芯の強い男性と幸せになるんです!それこそいきなり現れた幼馴染にも狼狽えずに自分だけを見てくれる人なんかが理想ですね」
私の言葉にハルト様は愕然とした表情で目を見開いていた。
ふんっ、リナのお昼寝を邪魔された仕返しです。
「…ごめんねミリア、あの時僕がもっと強かったら、ミリアにも嫌な思いなんてさせずに済んだのに。過去に戻ってうじうじしてた自分をぶっ飛ばしてやりたい」
「奇遇ですね、私もです」
ツンとした態度でそう言うと、空気が萎んだように落ち込む彼。
本当に、情けない人だと思う。
私が言うのもなんだが、完全に妻の尻にしかれている。
正直少しかっこ悪いけど、
「それでも、あなたと出会えて…こうして家族になれたことは私の誇りです」
頼りなくてすぐにいじけて、ちょっと泣き虫なところも、今ではハルト様の可愛いところの一つだと思えるくらいには愛おしく感じている。
「幸いリナもまだあなたのことは大切なお父様だと思っているようですし」
小さな娘は私たちを見つめてにこにこと笑顔を浮かべている。可愛い。
「ミリア…僕もミリアと家族になれて、リナのパパになれて…世界で一番幸せだよ」
「知ってます。ハルト様、毎日同じことを言ってますよ?」
「…だって毎日同じこと思ってるから」
こんな些細な日々に心から幸福を感じてくれている旦那様に、今のところ私も十二分に満足してしまっているのだ。
…私も昔からハルト様に甘いなぁ。
「たまにはリナのことばかりでなく……私のこともちゃんと構ってくださいね」
「わっ、ちょっと、それは…ズルい。うん、構い倒すよ本当に。もう今日はこの部屋から出ないから。乳母がやって来たらリナのこと見てもらってうんとイチャイチャしようね」
ハルト様はそう言って目を輝かせている。
「…はい、楽しみにしています。だから今は私とリナのためにお仕事してきてください。すぐリナに会いに来るからペースが遅れていると執事が愚痴を零していましたよ?」
「………わかった。すぐまた来るからね、待ってて、僕の可愛い奥さん」
ハルト様はそう言うと名残惜しそうな瞳で私の額に軽く口付けを落とす。
そんなことされたら私だって寂しくなってしまうのに。
「頑張ってきてください。ちゃんと待ってますから」
「うん、ありがとうミリア。行ってきます」
「行ってらっしゃいハルト様」
そうして約束通り光の速さで仕事を片付けてしまったハルト様はご丁寧に乳母を引き連れて再びこの部屋に戻ってくる。
リナは乳母に連れられて彼女の部屋に戻っていき、私達は久しぶりにゆっくりと二人だけの時間を過ごした。
「…ミリアとリナがそばにいてくれたら僕はもう何もいらない」
「私にはそんな覚悟はないけど、ハルト様とリナのことが一番大切。二人がいないと、きっと私はダメになってしまいます」
だから
「一生私から離れないでくださいね」
「死んでも離れるつもりないから心配しないで?」
ぎゅっと私を抱き寄せ耳元で囁くハルト様にぽっと自分の頬に熱が集まる。
…いつまで経っても慣れない。
ハルト様に触れられるとドキドキしてどうしようもなくなってしまうのに、そんな自分がちっとも嫌じゃない。
ハルト様が愛おしくて仕方ない。
この感情が紛れもない愛なのだと胸を張って言える。
私は今日もハルト様を愛しているのだ。
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