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信じていたもの sideジェラール

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Side ジェラール(騎士団長子息)


■□▪▫■□▫▪■□▪▫


アカリは、窮屈な俺達の世界に突然現れた希望の光だった。


思えば幼い頃から、俺は自分の運命に不満を感じていたのだと思う。

父親が騎士団長だからと言って、自然と剣の道に進んだが、俺なんか彼の足元にも及ばなかった。


それでも一介の騎士よりはずっと優れた技術を身につけることができたものの、親族や父を知る人間はあからさまにがっかりした様子を隠しもしない。


自分が酷く無価値なもののように思えた。



だから、虚勢をはってそんなことが誰にも知られないよう振舞っていたのだ。



そんな時現れたのが、彼女だった。

この世界には珍しい黒髪に焦げ茶色の瞳、少し幼さを感じさせる整った顔立ちの彼女は、異世界からの迷い人だと紹介された。


今思えば、一目見た時から彼女に惹かれていたのかもしれない。

気がついた時には、もう彼女から離れることなんてできなくなっていた。


彼女は俺に、自分の世界についてたくさん話をしてくれて、彼女の住んでいたという自由な世界に俺は憧れたのだ。



「日本はね、家族の職業なんて関係なく、好きな道に進めるんだよぉ?だからジェラールも自由に生きた方がいいよっ」

そう笑顔で告げる彼女に、彼女の話す言葉に鮮烈に惹かれていた。

貴族として、騎士として、常に自分を律していかなければならない俺を、アカリだけが甘やかしてくれたんだ。


リッツやトーマス、ユリウスも同じ気持ちだったのだと思う。


彼らは次男や三男で、家督を継げず、日の目を見ることができない自分の境遇を嘆いている節があり、身分制度もなく将来も自由に決められるという彼女の世界に陶酔していた。

ユリウスについては純粋に彼女が住んでいた国の教育や福祉制度に憧れていたようだったが。


彼女の何事にも縛られず、大空を羽ばたく鳥のような自由さに、いつしか俺達は囚われてしまっていたのかもしれない。



アカリがオーツ公爵を想っていることは彼女の話を聞いて知っていた。

二人は婚約者であるらしいが、第二王女殿下と浮気するような人間からなら奪うチャンスはいくらでもあると思った。


彼女はこの世界に残りたいと表明していたので、時間だって十分だ。

それが間違いだとわかったのは、第二王女殿下や王族に不敬を働いた罪で俺達やアカリが罰せられることとなった時。


もうこの世界に俺達が自由に生きることができる道はないと悟った。



「だったらいっそ、彼女と共に…」


自宅で謹慎しながら、どうやったら上手くいくのか頭を抱えていると、そんな冴えた考えが浮かんだ。


アカリも俺もこの世界での未来がないのなら、あちらの世界に行けばいい。



俺がその考えを行動に移したのは、父からアカリが処刑されることを聞いた時だった。


幼い頃から父に連れられ王宮に足を運んでいた俺は、大まかな見取り図は把握していたため、彼女が捕らえられているという塔まですんなりと辿り着くことができた。


あとは衛兵をどうにかするだけ。

幸いにも俺には剣の技術があったため、簡単に彼らを伸すことができた。


峰打ちだが、しばらくは起きないだろう。



「アカリ!」

「えっ、ジェラール!?」


彼女は俺の姿を捉えると嬉しそうに花が咲くような笑顔を浮かべる。



「アカリ、俺と逃げよう!元の世界に帰るんだ!アカリはもうこの世界では生きられないっ」

よくわかっていない様子の彼女を無理やり部屋から出して、この世界から脱出するための装置を必死に探した。


その間何度か見つかりそうになったが、隠れたり、時には剣を交えることでなんとかやり過ごす。



漸くそれを見つけ、人気のない謁見の間に移動すると、彼女が不安そうな表情を浮かべていることに気づいた。



「アカリ、心配するな…俺が絶対守るから」

「うんっ、ありがとぉジェラール」


そっとその小さな体を抱き寄せると、彼女も俺の背に手を回してくるのがわかる。

愛しいアカリに不自由な思いは絶対にさせない。


俺は彼女のどこまでも自由な心に惹かれたのだから。



「装置を作動させる。アカリはその場にいるだけでいいから」

「あのねっ、ジェラール…ハルちゃんがまだ来てないよっ?」


彼女の言葉に胸がチクリと痛む。



「アカリ、もう待っている時間はない」

「ダメだよっ!ハルちゃんが帰って来なきゃハルちゃんのパパやママも悲しんじゃう」


アカリはどこまでも人の事を思いやれる人間だった。

俺は半泣きになる彼女の頼みを無下にできず、どうしたものかと考えあぐねる。


そうしている間にやって来たのは、彼女が待ち望んだオーツ公爵と、ミリア殿下、そして俺の父親だった。


父は俺を怒鳴りつけたが、ここまで来てはもう止めることなど出来ない。



「ハルちゃんっ、あたしと一緒に日本に帰ろう?ジェラールがもうあたしはこの世界で自由に生きるのは難しいって教えてくれたのっ。だからまた日本で楽しく暮らそうねぇ」

アカリはそんなことを言いながら、一歩一歩オーツ公爵に近寄っていく。


「帰るわけないよ。僕が一緒にいたいと思うのはミリアだけなんだから」

明確な拒否を示した彼に、自分の中の怒りが募っていくのがわかった。

婚約者だった彼女を無下にしてミリア殿下を選ぶ公爵の神経を疑う。


「えぇっ、ハルちゃんおかしいよ…その女はこの世界の人間で、あたし達とは違うんだよぉ?この世界に来てからハルちゃんきっとおバカになっちゃったんだねっ」

現実を受け止めきれず縋り付くアカリが不憫でしかたなかった。


「アカリ、もうオーツ公爵を説得しても無駄だ!なあ、アカリには俺がいるだろう?アカリの世界で、二人で自由に生きよう…」

オーツ公爵などやめて、俺を選んで欲しい。

そんな意味を込めて伝えた言葉だった。



「何を言っているんだ!そんなことできるわけがないだろう!お前はこの世界で罪を償っていくんだ!」

父は当然そんなことは許さなかった。


「俺が何の罪を犯したのです?ただアカリを守ろうとしただけだっ!それに、平民なら向こうの世界でなりますよ」

だけどもう父のことなどどうでもいい。


アカリがそばにいてくれるなら、家族を切り捨てることさえ厭わなかった。



「アカリ、俺と一緒に生きよう」

半ばプロポーズのような言葉を口にする。

緊張してアカリの返事を待ったが、彼女はそんな俺に残酷な言葉を告げた。


「えっ、できないよ?だってジェラールはこの世界の人だもんっ。あたしとハルちゃんはあっちにお家があるけど、ジェラールはないでしょう?それに、あっちの世界には…そんな奇抜な髪の毛や目をした人なんていないし…ジェラールはこの世界にいた方が幸せだと思うんだぁ」


思ってもみなかった返事に自分の耳を疑う。


「アカリ…?」


「ごめんねぇ、ジェラールがあたしを想ってくれる気持ちはすっごく嬉しかったよ?ジェラールのおかげでハルちゃんとまた向こうの世界に帰れるんだしっ。ありがとう!」


笑顔でそんなことを言う彼女には、初めからオーツ公爵以外どうでもよかったのかもしれない。

だとしたら、今まで彼女を信じ、守ってきた自分はいったいなんだったのだろうか。


とても立ってはいられずその場に崩れ落ちる俺を、アカリは気にも留めず、次の瞬間にはオーツ公爵の方を向いていた。


「アカリは、こういう人間だ」

そんな公爵の言葉だけがやけにクリアに耳に届くのだった。



なんだこれ…


何が正しいのか、自分がどうするべきだったのか…

そんなことを今更になって考えてる。


霞む視界の中これだけはわかった。



_____俺はこの先一生自由にはなれない。



愛おしかった彼女の自由さが今はただただ憎らしかった。




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