23 / 31
信じていたもの sideジェラール
しおりを挟むSide ジェラール(騎士団長子息)
■□▪▫■□▫▪■□▪▫
アカリは、窮屈な俺達の世界に突然現れた希望の光だった。
思えば幼い頃から、俺は自分の運命に不満を感じていたのだと思う。
父親が騎士団長だからと言って、自然と剣の道に進んだが、俺なんか彼の足元にも及ばなかった。
それでも一介の騎士よりはずっと優れた技術を身につけることができたものの、親族や父を知る人間はあからさまにがっかりした様子を隠しもしない。
自分が酷く無価値なもののように思えた。
だから、虚勢をはってそんなことが誰にも知られないよう振舞っていたのだ。
そんな時現れたのが、彼女だった。
この世界には珍しい黒髪に焦げ茶色の瞳、少し幼さを感じさせる整った顔立ちの彼女は、異世界からの迷い人だと紹介された。
今思えば、一目見た時から彼女に惹かれていたのかもしれない。
気がついた時には、もう彼女から離れることなんてできなくなっていた。
彼女は俺に、自分の世界についてたくさん話をしてくれて、彼女の住んでいたという自由な世界に俺は憧れたのだ。
「日本はね、家族の職業なんて関係なく、好きな道に進めるんだよぉ?だからジェラールも自由に生きた方がいいよっ」
そう笑顔で告げる彼女に、彼女の話す言葉に鮮烈に惹かれていた。
貴族として、騎士として、常に自分を律していかなければならない俺を、アカリだけが甘やかしてくれたんだ。
リッツやトーマス、ユリウスも同じ気持ちだったのだと思う。
彼らは次男や三男で、家督を継げず、日の目を見ることができない自分の境遇を嘆いている節があり、身分制度もなく将来も自由に決められるという彼女の世界に陶酔していた。
ユリウスについては純粋に彼女が住んでいた国の教育や福祉制度に憧れていたようだったが。
彼女の何事にも縛られず、大空を羽ばたく鳥のような自由さに、いつしか俺達は囚われてしまっていたのかもしれない。
アカリがオーツ公爵を想っていることは彼女の話を聞いて知っていた。
二人は婚約者であるらしいが、第二王女殿下と浮気するような人間からなら奪うチャンスはいくらでもあると思った。
彼女はこの世界に残りたいと表明していたので、時間だって十分だ。
それが間違いだとわかったのは、第二王女殿下や王族に不敬を働いた罪で俺達やアカリが罰せられることとなった時。
もうこの世界に俺達が自由に生きることができる道はないと悟った。
「だったらいっそ、彼女と共に…」
自宅で謹慎しながら、どうやったら上手くいくのか頭を抱えていると、そんな冴えた考えが浮かんだ。
アカリも俺もこの世界での未来がないのなら、あちらの世界に行けばいい。
俺がその考えを行動に移したのは、父からアカリが処刑されることを聞いた時だった。
幼い頃から父に連れられ王宮に足を運んでいた俺は、大まかな見取り図は把握していたため、彼女が捕らえられているという塔まですんなりと辿り着くことができた。
あとは衛兵をどうにかするだけ。
幸いにも俺には剣の技術があったため、簡単に彼らを伸すことができた。
峰打ちだが、しばらくは起きないだろう。
「アカリ!」
「えっ、ジェラール!?」
彼女は俺の姿を捉えると嬉しそうに花が咲くような笑顔を浮かべる。
「アカリ、俺と逃げよう!元の世界に帰るんだ!アカリはもうこの世界では生きられないっ」
よくわかっていない様子の彼女を無理やり部屋から出して、この世界から脱出するための装置を必死に探した。
その間何度か見つかりそうになったが、隠れたり、時には剣を交えることでなんとかやり過ごす。
漸くそれを見つけ、人気のない謁見の間に移動すると、彼女が不安そうな表情を浮かべていることに気づいた。
「アカリ、心配するな…俺が絶対守るから」
「うんっ、ありがとぉジェラール」
そっとその小さな体を抱き寄せると、彼女も俺の背に手を回してくるのがわかる。
愛しいアカリに不自由な思いは絶対にさせない。
俺は彼女のどこまでも自由な心に惹かれたのだから。
「装置を作動させる。アカリはその場にいるだけでいいから」
「あのねっ、ジェラール…ハルちゃんがまだ来てないよっ?」
彼女の言葉に胸がチクリと痛む。
「アカリ、もう待っている時間はない」
「ダメだよっ!ハルちゃんが帰って来なきゃハルちゃんのパパやママも悲しんじゃう」
アカリはどこまでも人の事を思いやれる人間だった。
俺は半泣きになる彼女の頼みを無下にできず、どうしたものかと考えあぐねる。
そうしている間にやって来たのは、彼女が待ち望んだオーツ公爵と、ミリア殿下、そして俺の父親だった。
父は俺を怒鳴りつけたが、ここまで来てはもう止めることなど出来ない。
「ハルちゃんっ、あたしと一緒に日本に帰ろう?ジェラールがもうあたしはこの世界で自由に生きるのは難しいって教えてくれたのっ。だからまた日本で楽しく暮らそうねぇ」
アカリはそんなことを言いながら、一歩一歩オーツ公爵に近寄っていく。
「帰るわけないよ。僕が一緒にいたいと思うのはミリアだけなんだから」
明確な拒否を示した彼に、自分の中の怒りが募っていくのがわかった。
婚約者だった彼女を無下にしてミリア殿下を選ぶ公爵の神経を疑う。
「えぇっ、ハルちゃんおかしいよ…その女はこの世界の人間で、あたし達とは違うんだよぉ?この世界に来てからハルちゃんきっとおバカになっちゃったんだねっ」
現実を受け止めきれず縋り付くアカリが不憫でしかたなかった。
「アカリ、もうオーツ公爵を説得しても無駄だ!なあ、アカリには俺がいるだろう?アカリの世界で、二人で自由に生きよう…」
オーツ公爵などやめて、俺を選んで欲しい。
そんな意味を込めて伝えた言葉だった。
「何を言っているんだ!そんなことできるわけがないだろう!お前はこの世界で罪を償っていくんだ!」
父は当然そんなことは許さなかった。
「俺が何の罪を犯したのです?ただアカリを守ろうとしただけだっ!それに、平民なら向こうの世界でなりますよ」
だけどもう父のことなどどうでもいい。
アカリがそばにいてくれるなら、家族を切り捨てることさえ厭わなかった。
「アカリ、俺と一緒に生きよう」
半ばプロポーズのような言葉を口にする。
緊張してアカリの返事を待ったが、彼女はそんな俺に残酷な言葉を告げた。
「えっ、できないよ?だってジェラールはこの世界の人だもんっ。あたしとハルちゃんはあっちにお家があるけど、ジェラールはないでしょう?それに、あっちの世界には…そんな奇抜な髪の毛や目をした人なんていないし…ジェラールはこの世界にいた方が幸せだと思うんだぁ」
思ってもみなかった返事に自分の耳を疑う。
「アカリ…?」
「ごめんねぇ、ジェラールがあたしを想ってくれる気持ちはすっごく嬉しかったよ?ジェラールのおかげでハルちゃんとまた向こうの世界に帰れるんだしっ。ありがとう!」
笑顔でそんなことを言う彼女には、初めからオーツ公爵以外どうでもよかったのかもしれない。
だとしたら、今まで彼女を信じ、守ってきた自分はいったいなんだったのだろうか。
とても立ってはいられずその場に崩れ落ちる俺を、アカリは気にも留めず、次の瞬間にはオーツ公爵の方を向いていた。
「アカリは、こういう人間だ」
そんな公爵の言葉だけがやけにクリアに耳に届くのだった。
なんだこれ…
何が正しいのか、自分がどうするべきだったのか…
そんなことを今更になって考えてる。
霞む視界の中これだけはわかった。
_____俺はこの先一生自由にはなれない。
愛おしかった彼女の自由さが今はただただ憎らしかった。
12
お気に入りに追加
2,593
あなたにおすすめの小説
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

ある王国の王室の物語
朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。
顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。
それから
「承知しました」とだけ言った。
ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。
それからバウンドケーキに手を伸ばした。
カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる