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迷い人の悪あがき
しおりを挟む部屋を抜け出した私達はまず、逃亡した彼らに会うため、どこを探すか考えあぐねていたのだった。
闇雲に探してはこちらの方が衛兵達に見つかって部屋に連れ戻されてしまう。
そう思って身を潜めていると、思いがけない人物があたふたとどこかへ急いでいる姿が目に入った。
「モーガン公爵だわ…!」
ジェラール様のお父上で、宮廷騎士団団長の彼なら、何か手がかりを知っているかもしれない。
そう思い、公爵を呼び止めると、彼は私達の姿を捉えすぐに近づいてくるのだった。
「ミリア様、それにオーツ公爵!この度は愚息が大変なご迷惑をおかけして…」
彼はやつれたように頬がこけていた。
苦労が忍ばれる。
「ジェラール・モーガンがどこに行ったのか知りたいのですが、公爵は何かご存じですか?」
ハルト様の問いかけに公爵が口を開く。
「きっとあれは、迷い人を元の世界に返そうとしているのやもしれません…」
「アカリさんを…?」
「はい。息子は平民になろうとしている今でも迷い人に執心している様だったので、彼女がすぐに処刑されるなどと出鱈目なことを言い聞かせてしまいました…ジェラールには早く彼女を忘れてしっかり罪を償って欲しかったのです」
苦しげにそう言う公爵を責める気にもなれなかったが、彼が暴走してしまった原因はよくわかった。
公爵も精神的に弱っていたとはいえ、普段の彼とは思えない判断力だ。
「…アカリを戻そうとしているのなら、きっと彼は今頃召喚装置を探しているんじゃ」
この場合は召喚ではなく送還だが、二つの世界を繋げるという意味では同じだった。
「そうですね、そこへ向かってみましょう」
「ミリアは場所を知ってるの?」
「はい」
私達は公爵を伴って急いでその場所に向かった。
結果として、装置が置いてある場所は既にもぬけの殻だった。
「…遅かったか」
「あの装置はある程度の広さがある場所でないと使えません。きっとジェラール様はすぐにでもアカリさんを元の世界に返したいと思うので、そう遠くへは行っていないはずです」
あの装置は、使うと城全体を包み込むほどの強い光を放つ。
それが無いということは未だ使用されていないということだ。
「王宮で広い場所と言えば、僕が初めに召喚された謁見の間か、舞踏ホールだけど…」
「とにかく行ってみましょう!」
私達はまず舞踏ホールに向かったが、そこに彼らの姿はない。
次に訪れた謁見の間…
「ハルちゃん!」
アカリさんはやってきたハルト様の姿を捉えると、嬉しそうに彼の名を呼ぶのだった。
「ジェラール!お前は何をしているんだ!」
「父上、どうしてここに…」
「バカ息子を止めに来たに決まっているだろうが!!」
顔を真っ赤に染めて怒鳴る公爵に、ジェラール様がわずかに動揺する。
アカリさんは彼らなんて目に入らないといった様子で、笑顔を浮かべたままハルト様を見つめていた。
「ハルちゃんっ、あたしと一緒に日本に帰ろう?ジェラールがもうあたしはこの世界で自由に生きるのは難しいって教えてくれたのっ。だからまた日本で楽しく暮らそうねぇ」
アカリさんはそんなことを言いながら、一歩一歩彼に近寄ってくる。
「帰るわけないよ。僕が一緒にいたいと思うのはミリアだけなんだから」
「えぇ、ハルちゃんおかしいよっ。その女はこの世界の人間で、あたし達とは違うんだよぉ?この世界に来てからハルちゃんきっとおバカになっちゃったんだねっ」
彼女は狂ったようにニタニタと笑みを浮かべている。
見た目は可愛らしい少女なのに、どこか恐怖心を煽るような様子に寒気がした。
「アカリ、もうオーツ公爵を説得しても無駄だ!なあ、アカリには俺がいるだろう?アカリの世界で、二人で自由に生きよう…」
ジェラール様がそんなことを言う。
彼は自分も一緒にあちらの世界に行くつもりなのだ。
「何を言っているんだ!そんなことできるわけがないだろう!お前はこの世界で罪を償っていくんだ!」
「俺が何の罪を犯したのです?ただアカリを守ろうとしただけだっ!それに、平民なら向こうの世界でなりますよ」
堂々とそんなことを言うジェラール様には、もう何を言っても無駄なのかもしれない。
アカリさんに完全に狂ってしまっている。
「アカリ、俺と一緒に生きよう」
半ばプロポーズのような言葉を口にするジェラール様を、アカリさんはキョトンとした顔で見つめる。
そして彼女はゆっくりと口を開いた。
「えっ、できないよ?だってジェラールはこの世界の人だもんっ。あたしとハルちゃんはあっちにお家があるけど、ジェラールはないでしょう?それに、あっちの世界には…そんな奇抜な髪の毛や目をした人なんていないし…ジェラールはこの世界にいた方が幸せだと思うんだぁ」
その言葉に、ジェラール様は驚愕した様な表情を浮かべる。
「アカリ…?」
「ごめんねぇ、ジェラールがあたしを想ってくれる気持ちはすっごく嬉しかったよ?ジェラールのおかげでハルちゃんとまた向こうの世界に帰れるんだしっ。ありがとう!」
これには私も、そしてモーガン公爵も驚きを隠せなかった。
どうしてこうも簡単に、自分を最後まで守ってくれた人間を切り捨てることがてきるのだろうか。
「アカリは、こういう人間だ。自分のために周りの人間を利用し、傷つけることは、彼女にとってなんてことのない普通の行いなんだよ」
隣に立つ彼だけが、平然とそんな言葉を吐く。
ジェラール様はあまりにもショックが大きいのか、立っていられない様子でその場にへたりこんでしまった。
「ハルちゃん早くっ!早く日本に戻らないと、あたし達また引き離されちゃうよぉ」
「僕はアカリとは行かないし、アカリのこともまだ日本には返さないよ。君はまだ罪を償っていない」
「…でも、この世界では二人で暮らせないんでしょぉ?お願いハルちゃん!昔からあたしの言うことには逆らえなかったじゃない!どうして変わっちゃったの~?」
あまりにも身勝手な主張に腸が煮えくり返りそうだ。
こんなことを堂々と言える彼女の神経を疑う。
「そうだね、確かに僕はアカリには逆らえなかった。だけどそれは、君に好意があるからでもなんでもない。ただひとえに両親に認められたかったからだ。だけどもう、そんな未練は全てあの世界に置いてきた。今の僕にはもうアカリの命令をきく義理はないよ。僕はこの世界で、心から大切な人を見つけたのだから」
ハルト様は淡々とそう述べて、熱の篭った瞳で私を見つめる。
「だからお前のお願いなんてどうでもいい。僕が愛しているのも、守りたいと思うのも、ここにいるミリアだけだ」
「っ、ハルちゃんはやっぱりおかしくなってるんだよっ!!あたしよりその女が大切なんて…間違ってるよハルちゃんはっ!!」
ここに来て初めて焦りを見せる彼女は鬼のような形相で私を睨みつけた。
「ねえっ、この女がいなければ、またハルちゃんはあたしだけを見てくれるんでしょぉ?」
「…何を言ってるんだ」
そうして彼女は焦点のあっていない瞳で、私のもとに駆け寄ってくる。
手元にはどこから出したのか、護身用の短剣が握りしめられていた。
きっとジェラール様がもしもの時のために渡していたのだろう。
「っ…」
驚いて息を飲んだ。
自分の体が傷つけられたからでは無い。
_____彼女の短剣は、私を守るように立ちはだかったハルト様の脇腹に深々と突き刺さっていたのだった。
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