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迷い人の信者
しおりを挟むアカリさんの処分については、異世界人のため、沙汰を言い渡すのに陛下も苦戦しているようだ。
週が開けると、一先ず幽閉されることとなった彼女がいない学園が始まった。
アカリさんが幽閉されていることは早くも学園中に知れ渡っているのか…あからさまにヒソヒソされたり、悪意を向けられたりすることはなくなった。
「姉上!おはようございますっ!!」
ユリウスは今朝、どうしてか私よりずっと早く家を出ていたので、今日姿を見るのはこれが初めての事だった。
「ユリウス、今日はどうしたの?」
「姉上のよくない噂を撤回して回ってました!褒めてくださいっ!!」
彼は自信満々な笑顔を浮かべてそんなことを言った。
「…先陣切って信じてた人が何言ってるの」
思わず呆れ笑いを零すとユリウスは大袈裟にしゅんとしていた。
垂れた子犬の耳が見えるようだった。
でも、まあ…学園の状況が改善されたのはユリウスの働きもあってのことかもしれない。
「ありがとう」
小さく微笑んでお礼だけ述べる。
「僕はもっとちゃんと、自分がやったことを少しでも償えるように努力します!そして、姉上のことは僕がしっかり守りますから!」
過去一番ってくらい気合いが入っているユリウスだった。
「それと、これはまだ父上にしか言ってないんですけど…異世界から来た彼女の件が片付いたら、僕は隣国に修行に行ってきます」
「………修行?」
聞き慣れないワードに首を傾げる。
「へへっ、今回のことで僕は自分がいかに愚かで短絡的か充分わかったんです…だから、修行するんです」
悪戯っぽく笑って話すユリウスの言葉は一切説明になっておらず私は諦念した笑みを浮かべた。
姉上は一ミリも理解できませんでしたよ?
「ちゃんと説明なさい」
「隣国には平民のための学園があるそうなんです。僕はそこに身分を隠して通いたいと思っています…誰にも甘やかされない環境で自分を鍛え直したいのです」
ユリウスの話は思ったより本気のようだった。
王族が身分を隠して生活するなど、普通なら有り得ない話だ。
末っ子気質の甘々ユリウスがちゃんとやれるのか少し不安だけど…笑って送り出すのが姉の役目なのかもしれない。
「そうなの…」
「それに、僕はあの人の話す世界に正直すごく惹かれていて…それに近い教育制度や福祉の整った隣国に、興味もあるんです。立派な人間になって帰ってきます。僕は曲がりなりにも王族だから…この国のためになることがやりたいです」
「……ユリウスの成長が凄まじすぎて涙が出そう」
人って変わるんですね。
姉上は嬉しいです。
こんなに素敵な弟を持てたこと、神様に感謝しなければならない。
「頑張ってね、ユリウス」
「はい姉上!」
満点の笑顔を浮かべる彼の頭を優しく撫でると、照れたように頬を赤らめていた。
気分の良い朝だった。
そう思っていた時、
「ユリウス、どういう事だよ!」
苛立ったようなそんな声が聞こえた。
…ジェラール様と、その他二人。
「アカリが幽閉されたなんて…彼女は何も悪いことはしていないだろっ!」
「ジェラール…何もしていないわけがないだろ」
ユリウスが冷たい表情で言葉を返す。
「彼女は姉上の、そして王家の権威を失墜させるようなよくない噂を流した。そして故意に姉上が傷つくよう自分を慕う者達を操作した。これは王族不敬罪並びに侮辱罪だ。彼女がこの国の民でないことが事をややこしくしているが、時期に沙汰も下るだろう」
「お前だって率先して彼女を信じていただろうが!」
「ぐっ…」
頑張ってユリウス!負けないで!
「それでも僕は姉上が大好きなんです!」
「それは今言うセリフではないわね…」
「ぐっ…」
悔しげな表情を浮かべるユリウスだが、彼は今自分がめちゃくちゃアホに見えることを自覚しているのだろうか。
「とにかく僕はこれからちゃんと償っていく!君たちもいい加減態度を改めろ!王家の臣下である君たちは異世界人の彼女よりも簡単に刑を下される立場なのだぞ?」
「っ、正しいことをしている俺達がどうして罪に問われるんだ」
「そうだ!弱い立場の者を守って何が悪いんだ」
「権力を振りかざして自分の望みを押し通す人間よりずっとましでしょ~」
口々にそんなことを言う彼らに呆れてものも言えない。
「誰がいつ権力を振りかざしたのですか?」
「あなたはご自分の身分を盾にオーツ公爵に婚約を迫って、婚約者だったアカリとの仲を引き裂いたではないか!」
「本気で言っているのならあなたの頭は相当残念なのですね」
「なんだと!」
相変わらず、王族に向ける貴族の態度ではないと思う。
自分で自分の首をぐいぐい絞めていっていることにどうして気づかない。
「この世界に残ると決めたのはハルト様です。その時点で彼にアカリさんとの婚約を続行する意思があったとは思えません。まあ彼の話ではアカリさんとの婚約や恋人関係なんて無かったようですが」
事実無根のそんな話は彼女が勝手にいろんな人間に言いふらしていたものだ。
「そんなわけない…!アカリが嘘をつくなんて!!」
「あなた方は長い間国や民のために尽力してきた王族の言葉と、私達とは何の関係もない異世界からやってきた彼女の言葉…どちらを信じるべきなのかまだ理解していないのですか?」
自分達が言うのもなんだが、陛下は常に国のことを考え行動してきた。
そしてそれをそばで見続けた私達もそうあるよう努め、彼の姿を追ってきたのだ。
だからこそ、彼らを初めとするこの学園の多数の生徒がアカリさんの言葉を鵜呑みにしてしまったことはがっかりだった。
まだまだ力不足みたいね。
より一層努力していく必要がある。
だからこそ、
「最低限の礼儀すら守れず、未だ王家へ仇を成す考えを持ち続けるあなた方をこれ以上放っておくことはできません」
何を言っても無駄な様子である彼らに、私は淡々と言葉を続ける。
「いくらこの学園が、爵位の垣根を越えて広い交流を持つことを校訓に掲げているとしても…それはこの国のより一層の発展を思ってのこと。あなた方が何を勘違いしたのか、王家を蔑ろにし、冒涜して国家を揺るがすためのものではありません」
彼らは私の言葉を悔しそうな表情を浮かべて聞いていた。
当たり前のことを言っているだけだというのに。
「追って沙汰を待ちなさい。それまであなた方には自宅での謹慎を命じます」
「なんの権限があって…!」
「王族の権限です。国民を守る義務を持つことと同時に、私達は民を裁く権利も持ち合わせているのですよ?もちろん私の行動が陛下の意に背くものであればこの処罰は無効になりますので、私が間違っていると思うのなら自信を持って謹慎が解かれることを待っているといいわ。陛下は娘の間違いを正さない程愚かな方ではありませんから」
そう言うと彼らは言い返す言葉もなく、強く握り締めた拳を震わせていた。
「では、さようなら皆さん」
大人しく馬車の駐車場所まで向かっていく四人だが、ジェラール様だけはすれ違い様厳しい目付きで私を睨みつけるのだった。
…反省した様子は見られない。
面倒が起こらなければいいのだけど。
彼らの両親はあれ程愚かな人間ではないので、平穏にことが過ぎ去ることを祈りたい。
陛下にも今日のことを話しておかないと。
やることを一つ一つ頭の中で整理しながら、クラスの違うユリウスと別れ、教室へと足を運んだ。
「御機嫌よう、ミリアさん」
教室に入るとすぐ、バーバラさんが私に声をかけてくる。
「御機嫌よう」
「お疲れ様」
彼女は心底私を労うように、少し眉を下げて微笑んでいた。
「ありがとう」
「異世界からの迷い人もしっかり幽閉されて…その様子じゃオーツ公爵ともちゃんと話せたのでしょう?」
「ええ、話せたわ」
私がそう言うと彼女は自分の事のように安心した表情を浮かべた。
「自分がどれだけハルト様のことを理解してあげられなかったのか、今回のことではっきりわかったわ。二年もそばにいたのに、彼の悩みや不安を見抜けなかった…ハルト様に助けられるばかりで、それが心の底から悔しい」
「…まあ、それに気づけたのなら、今回の災難も悪い事ばかりではなかったのじゃない?」
晴れの日の様にスカッとしたバーバラさんの性格は、こちらの気分まで明るくなれるようだった。
「ええ、そうね。これからは私もハルト様をしっかり支えていくわ。そしてずっと、彼と共に生きていきたいの」
「お熱いわねぇ。今回のことであなたと公爵の婚約がなしになると思って、こっそりあなたを狙ってた殿方達は随分落胆したでしょうね」
「…バーバラさん、面白がってません?」
彼女は悪戯っぽく笑っていた。
でも、この状況下で私を信頼し続けてくれた方々には感謝しないといけない。
第三王子である弟を初めとする錚々たる面子が信じたものを無下にすることも難しかったのかもしれない。
そんなことを思った。
私を見てヒソヒソしてた方々の顔は一生忘れませんが。
…噂に流されやすい方を重用することがないようにね。
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