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勇者の告白
しおりを挟むハルト様はぽつりぽつりと、言葉を紡ぐ。
彼が自分のことを語るなんて今までほとんどなかったことだ。
なんとなく聞かれるのが嫌なのかもしれないとは感じていたが、私が思っている以上にハルト様の過去は壮絶だった。
王族として以上に、愛する我が子として、私は両親に大切にされて育ったことを自覚している。
そんな私には想像もできない程彼の過去は悲惨なものだった。
彼は愛情を感じることの無い人生を送っていた。
「僕の両親が初めて僕に期待したことは、アカリと仲良くなって自分達の会社や家を繁栄させることだったんだ」
どこか諦念したような彼の笑顔に私の方が悲しくなってしまう。
だけどここで私が傷つくのも違う気がした。
黙って彼の話に耳を傾ける。
「アカリは小さい頃から僕に執着を示していて、両親は僕に彼女を大切にするよう命じたんだ。僕は大人しく従った。あの頃はまだ両親に褒められたいと思ってた。愛されたいって…そんなことを願っても無駄だと気づいた時にはもうすっかりアカリの機嫌をとることが当たり前のようになっていた」
彼は自嘲気味に言葉を続ける。
「中学になった頃、アカリの異常さに気づいたよ。僕と親しくなった女性はみんな彼女や彼女を慕う人間に貶められていったんだ。彼女を止める方法なんてわからず、僕は女性と関わることをやめて、より一層彼女に尽くした」
彼の話に私は心当たりがあった。
ハルト様が私を蔑ろにして彼女との時間ばかり作っていたのは、私を守るために行ったこと…?
「この世界でも同じようにしていたら君が傷つくことは無いと思ってた」
「そんな…」
「だけど、僕が間違ってたんだよね」
突然表情を歪めたハルト様の顔には凄まじい後悔の色が浮かんでいた。
「結果的に君を傷つけたのは、紛れもない僕自身だった」
「ハルト様…」
「ごめんね、ミリア。謝って許されることじゃないのはわかってるけど、それでも…君を傷つけて本当にごめん」
深々と頭を下げて謝罪の言葉を述べる彼に、私は何も言えずその綺麗な漆黒色の頭を見つめていた。
彼が勇気をだして話してくれたのに、何か言わなければならないのに…言葉が出ない。
言葉の代わりに次々と零れるのは泣きたくないのに自然と溢れる涙だった。
「っ、はると、さま…」
「ミリア、泣かないで?」
彼はそっと私の顔に手を伸ばすと、そのしなやかな指先で頬に流れる涙を拭ってくれる。
「僕はまた、君に見栄を張ってしまった。本当はね、多分…僕がアカリの機嫌を取り続けたのは、そうしたら僕が楽だったからなのかもしれない。両親に言われたことを、そして彼女が望むことをやっていると、誰にも責められることはないから。自分は間違っていないんだって安心できたんだ」
そんなこと言わなくてもわからないのに、わざわざ話してしまう彼は本心から私に自分の全てを知って欲しいと思っているのだと感じた。
「僕って結構最低な人間なんだ」
「…そんなこと、ありません」
彼のあんまりな言い様に、私は黙っていられず否定の言葉を述べた。
「ハルト様の私を傷つけまいとする想いは本心だったのでしょう?」
「っ、それは…」
「嘘だったのですか?」
問い詰めるように言うとハルト様はおずおずと口を開いた。
「…嘘じゃない」
「だったらもっと自分に自信を持った方がいいと思います。あなたは自分が思うほど嫌な人間じゃないのに…」
そう告げても、彼はやはり自信なさげに視線を彷徨わせるのだった。
「私の好きな人が最低な人間だとでも?」
そっぽを向いて呟いた言葉に、ハルト様が息を飲むのがわかった。
「…いくらハルト様でも、私の婚約者を侮辱することは許しません」
「ミリア…?僕の婚約者でいてくれるの…?」
「ハルト様が嫌じゃなければ」
なんだか恥ずかしくなってそんな素直じゃない返事を返した。
「嫌なわけないよ!嬉しい…ありがとうミリア…大好き、本当に好きなんだ君が…ずっと僕のそばに居て…?」
「はい、ハルト様のそばにいます」
「僕、ミリアを守れるくらい強くなるよ。もっともっと誰よりも強くなる」
「勇者のあなたより強い人なんてこの世界には存在しませんよ」
「…そうだった」
ハルト様は涙目で心の底から嬉しそうな笑顔を見せる。
過去の話をしながら浮かべていた取り繕うような笑顔じゃない、本物の笑顔だ。
「ねえミリア」
「なんですか?」
「婚約じゃなくて、僕と結婚してくれない?」
ハルト様の言葉に、一瞬だけ目を丸くして、そうして大きく頷く。
「喜んで」
彼は返事を聞くと泣きそうな顔で笑った。
「そもそも、どうして初めから私との結婚ではなく婚約を陛下に頼んだのです?」
「だって僕はミリアに僕のこと何も話せていなかったし、ミリアには僕のダメなとこなんて一つも見せてなかったから。そういうのはフェアじゃないよ」
「…変なところで真面目なんですね」
ハルト様はもしかすると初めからいつか自分のことを話してくれるつもりだったのかもしれない。
見せたくないとは言いながらも、結婚する前にはきっと…
そうだったら嬉しい。
「僕の全部はミリアのものだ」
「当たり前です」
アカリさんでなくとも、他の誰にも、ほんの彼の一部分だって譲ってやらないって決めた。
「ハルト様、この世界に来てくれてありがとうございます」
「うん、ミリアに会いに来たんだよ」
「それは都合が良すぎます」
私達は久しぶりに目を合わせて笑い会うのだった。
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