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噂の真偽

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「御機嫌よう、アカリさん」

「こ、こんにちは…ミリア様」


彼女はどうしてこんなに私に怯えた素振りを見せるのだろうか。

ハルト様の御屋敷ではこんな風じゃなかった様に記憶している。



「姉上、アカリに何の御用ですか?」


厳しい視線を向けてくるユリウスだったが、今日は彼に用があって来たのではない。


「あなたには関係のないことです。それに、以前あなたは自分のことを弟などと思わないで欲しいとおっしゃっていたような気がするのですけど…?」

自分から姉上と呼んでしまうのですね。


間抜けで、なんて可愛い弟ですこと。



「っ、だけど僕は…あなたがアカリを傷つけるところなんてもう見ていられません!」

「どうして傷つけると思うの。私は話があって彼女を訪ねてきただけです」



「そんなの嘘に決まってる!」

「そうです、彼女を傷つけることは私達が許しませんっ!」

「いくら王女でも虐めは良くないんじゃないですか~?」


私達の間に割って入ってくるように口々にそんなことを言い出すのは、ジェラール様とどこからかやって来ていた豪商子息のリッツ様、侯爵令息のトーマス様だった。


「王族に向かって随分と不躾な物言いですね。あなた方はユリウスの友人かもしれませんが、私にとってはただの分を弁えない無礼な人間だという自覚がおありですか?」


「それが王家に仕える貴族に対する物言いか!!」


「その言葉そっくりそのままお返し致します」


貴族である自分達が王家の臣下であるという自覚があるなら、それ相応の態度を求められることがどうして理解できないのか。


王家だって自分に害をなす者達を無償で庇護する程馬鹿ではない。



「アカリさん、昼食をとりながらでもかまいませんので少しお時間よろしいですか?」


「わ、わかりました…みんなも一緒なら」

「私は別にかまいませんわ」


彼女からの承諾を得て、私達は学食ではなく学園のベーカリーでお昼を買ったあと、人気のない空き教室へ向かった。


怯えた様な彼女と、どこか不安そうな情けない表情をしたユリウス、敵意剥き出しのその他三人。


席に着くや否や私は早速本題を切り出した。



「今学園に流れている噂についてお聞きしたいのですが」

「噂…?」

とぼけたように首を傾げる彼女は本当に噂について何も知らないのだろうか。

彼女はただ真実を述べて、それが生徒の間で囁かれ続けているのなら彼女に責はないのかもしれない。


まずは真偽を確かめなければ話にならなかった。



「ハルト様とアカリさんが婚約者だったというのは事実ですか?」


「えっと、向こうの世界では婚約者なんて縛りはほとんどなかったんですけど…こっちでの婚約というのは、親同士が決めますよね?あたし達の両親は、あたしとハルちゃんが結婚することを望んでたので…間違いではないですっ!」


嘘をついている感じはしなかった。

今だけは、私の人を見定める目が的外れであることを祈りたい気持ちでいっぱいだ。



「あなたは以前、そちらの方々の婚約について、好きな人同士がするものだと非難していましたが…それは、どういうことですか?」

「あたしの世界では家のために子どもが犠牲になるような婚約はほとんどありませんでしたから」


よくわからなかった。

矛盾しているのでは?


そんな私の思いに気づいたのか、彼女は酷く残酷な言葉を口にした。



「そこに愛があれば問題ないじゃないですかぁ」


「…では、アカリさんはやはりハルト様と」


彼女は綺麗な笑みを浮かべているだけだった。



「これでわかったでしょう、姉上…アカリとオーツ公爵の間に姉上の入り込む隙なんてないんです…」

ユリウスの言葉が鋭い刃物のように私の胸を突き刺す。



「オーツ公爵を愛しているのなら、彼の幸せを願って身を引くのが筋だ」

「そうですよ、私達だってアカリの幸せのためにこの想いが通じなくとも彼女を守ると決めたんです」

「相手にされないとわかっているのに縋り付き続けるのは見苦しいですよ~?」



「みんなっ、そんなこと言ったらミリア様が可哀想だよぉ?」


私を庇う彼女を彼らは愛おしそうに見つめていた。


こんな茶番を見せられるために私は彼女を訪ねたのではない。


しかしこれで、半信半疑だったアカリさんに対するハルト様の気持ちがすごく信憑性を増した様に感じる。


話を聞けたことはよかった。

それが私にとって信じたくない事実であったとしても。



私はすでに、覚悟を決める準備ができていたのだから。



「アカリさんは、本当にこの世界に残ることを望んでいるのですか?」


「はいっ!ハルト様は元の世界に帰りたくないみたいだし、それにみんなも優しくて大好きだから…あたしはこの世界にずっといますっ」

「例え平民になっても?」


彼女を召喚してしまったのは確かに王家の責任だが、彼女が実生活に戻った際に困難が生じる程長く滞在させたわけでも、彼女が国に何かをもたらした訳でもないのだ。

ずっと彼女の身分を保証してあげる義理はどこにもない。


ああでも…ハルト様と結ばれるのなら、目出度く公爵夫人になるのね。



「姉上、それはさすがに意地悪ですよ」

「私にはあなたの言っていることが理解できないわ」

苦笑を浮かべてそう言葉を返す。


ユリウスは、それ以上何も言わなかった。



「あたしにはハルちゃんやみんながついてますから平気ですっ!これからもよろしくお願いしますミリア様」

「……」


「あ、それと!今までハルちゃんに良くしてくれたみたいで、ありがとうございましたっ」


「あなたにお礼を言われることじゃないわ」


悔しくて悲しくて、震えそうになる声を必死に堪えて、堂々とした態度を心がけた。


「話は済みました。私はこれで失礼します」

「はぁい、さようならミリア様」


最後に見た彼女はやけに満足そうな笑みを浮かべていた。




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