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信用
しおりを挟む「けどっ、あたしは今まで何度もハルちゃんの家にお泊まりしてたし…今更ダメなんておかしいですっ」
「元の世界にいた時とは状況が変わっていますわ。婚約者がいながら他の女性を家に泊めるなんて不純です」
王女としての威厳なんて忘れて少し頬を膨らませて言葉を返す私を、ハルト様はうっとりとしたような瞳で見つめていた。
…なんだか恥ずかしい。
「でもっ、あたし知らないところにいきなり来て不安で…怖くてっ、ここには日本人なんていないしっ、それどころか地球ですらないみたいだし…目や髪だってまるで漫画の様で、こんなの海外にだっていないよっ…そんなとこで一人ぼっちなんて嫌ですっ」
そう言って彼女はぽろぽろと涙を零し始めた。
これには正直…罪悪感が湧いてくる。
もし私が逆の立場だったら、王女として何か起こった際のそれなりの心構えは教育されているけれど、内心の不安は計り知れない。
そして目の前の私と同じくらいの少女は、王族でもなんでもない、普通の女の子だ。
「…ごめんなさいアカリさん。あなたの気持ちを考えていませんでした」
「ひっく、ぐすっ」
貴族の矜恃をしっかり持ったご令嬢とばかり接してきたせいで、きっとこの世界では平民と呼ばれる階級に値する彼女の気持ちに配慮できなかった。
これでは民の気持ちすら考えることすらできない温室育ちの頭の悪いお姫様だ。
「ハルト様…私は、ハルト様を信用しています。アカリさんを泊めてあげてください」
「ミリア?君が嫌なら僕は別に構わないんだよ?」
「今彼女の負担を取り除いてあげられるのはあなただけですから…」
本当はすごく嫌だ。
だけど、私はこの国の民を導く立場の人間なのだから、このくらいの度量くらい見せなければ務まらないだろう。
「僕はミリアには自分の事だげ考えていて欲しいんだけど…あ、そうだ。それなら、ミリアも僕の家に来るといいよ」
「結婚前に婚約者の家に滞在するなんてできませんわっ!不純ですっ」
「……不純かぁ」
ぷんぷんしてそう言う私にハルト様は残念そうに苦笑するのだった。
「お気持ちだけで十分です。それに、ちゃんと毎日様子を見に行かせてもらいますから」
黙って傍観している程私は優しくありません。
「それと、このひと月という短い間ではありますが、アカリさんには、ハルト様が選んだこの世界のことを少しでも知って欲しいです。そうですね、歳もちょうど良さそうですし、もし良ければ私と一緒に学園に通いませんか?」
半分は本心で、もう半分は公爵家で仕事をする彼の傍から、昼間くらい彼女を引き離したかったから。
異世界人が学園に入学なんて特例だが、無理な話ではない。
それにひと月きりの話だ。
留学生だって頻繁にやってくるし、彼女も同じような扱いで大丈夫なはずだ。
「ええっ、あたしはハルちゃんと一緒に…」
「…僕もアカリにはしっかりこの世界を知って欲しいな。素敵なところだから」
「……ハルちゃんがそう言うなら」
しぶしぶと言ったように彼女が頷く。
「うむ、退屈しのぎにもなるだろう。私から学園には話を通しておこう」
「ありがとうございます陛下」
「多大な配慮感謝致します」
彼女のためにお礼を言う彼に少し悶々としてしまったが、私のわがままが通ったのはハルト様のおかげなので文句は言えない。
「ではよろしく頼んだぞ、オーツ公爵。もちろん王家からの援助は惜しまない。王宮の不始末を押し付けるような形になってしまって申し訳ないが…」
「いいえ、不測の事態であれば仕方ありません。たったひと月のことですから。彼女のことはお任せください」
「感謝する。じゃが、オーツ公爵」
一言お礼を口にして、陛下は言葉を続けた。
「もしも我が娘を傷つけるようなことがあれば、即刻そなたも迷い人と同様に元の世界に帰ってもらうぞ?」
「……肝に銘じて起きます」
どうやら父も、ハルト様と関係の近い女性が彼の屋敷に滞在することを気に病んでいるらしい。
国王陛下ではなく、娘を心配する父の顔を久しぶりに見ることができて胸が熱くなった。
アカリさんを連れ添って王宮を後にするハルト様の後ろ姿にどうしようもなく不安を覚えるけれど…私は彼を信じよう。
確かに、そう思っていた…
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