2 / 6
受け入れ難い現実からは、目を背けるのが最善だ。
しおりを挟む受け入れ難い現実からは、目を背けるのが最善だ。
彼らとの対話を放棄して帰路につく。
学園の一角にある馬車の待機所。
侯爵家の馬車に乗り込むと、ずしんと一層心が重くなるのを感じた。
帰りたいけど、帰りたくない。
「あら、やけに早いわね。気を利かせてもう少し遅く帰ってきてくれてもいいのに」
せっかくの家族水入らずなんだから、なんて意地悪く笑うのは義姉だった。
父の後妻と共に数年前にやってきた彼女は、私のことが目障りで仕方ないらしい。
父が心から愛した女性と、その女性との間にできた本当の娘なのだから、無理もないのだろう。
この家の異物は、私の方なのだから。
「…ごめんなさい」
「謝るくらいなら、いっそどこかに消えちゃえばいいのに。ふふ、まあ行く宛てもない可哀想な子だから仕方ないかしら」
俯きながら、義姉の前を通り過ぎようとする私に、彼女はひどく愉快そうに口を開いた。
「ルイスから聞いてるわ」
「…え、?」
「あなた、最近伯爵家の女を虐めて、随分とご執心だった生徒会のお友達に嫌われちゃったんだって?」
そんな言葉が、グサグサと胸を突き刺す。
彼女の言うことは身に覚えがありすぎて、ルイスから聞いたというのは本当なのだろう。
だって、義姉のカリナは、ルイスの婚約者なのだから。
義姉を迎え入れてすぐ、彼女に強請られた父は、ルイスの家に婚約の申し入れを行った。
きっと義姉は、私がルイスに淡い恋心を抱いていたことに気づいてしまったのだろう。
気持ちに蓋をして、はや数年。
毎晩枕を濡らしたことは、今でも思い出す苦々しい記憶だ。
「ルイス、言ってたわ。最近のあなたには呆れちゃうって。幼馴染がこんなに意地悪な女だったなんて、可哀想な彼」
「…そうですか」
「これであなた、また一人ぼっちねぇ」
クスクスと笑う義姉の声を聞きながら、なんだか呼吸が苦しくなった。
息の吸い方を忘れたようにパクパクと唇だけを動かす私は、まるで金魚みたいだ。
金魚だったら、なんにも考えずに、狭い水槽で幸せな日々を送れていのだろうか。
______世界が、真っ暗になる。
■□▪▫■□▫▪
どうやら私は、倒れてしまったらしい。
起きたら自分の部屋にいて、制服のままベッドに寝かされていた。
…ああ、皺になってしまったかも。
どれだけ眠っていたのか、カーテンの隙間からは陽の光が漏れていて、時計を見るといつもの起床よりも少し早い。
朝の支度を済ませて、予備の制服に身を包む。
夕飯を食べていないためか、朝食はあまり食べないけれど小腹が空いていた。
誰もいないことを祈って、ダイニングに足を運ぶ。
私の願いは、どこまでも通じないらしい。
「…おはようございます、父様」
早めの朝食をとっていた父は、心底気に食わないといった表情でこちらに視線をよこした。
「カリナに迷惑をかけるのはやめろ」
「…迷惑?」
「お前の学校生活を心配して様子を尋ねたカリナを強く罵倒するばかりか、挙句の果てには頭に血が上りすぎて倒れるなど…一体お前はどこまで愚かなんだ」
捻じ曲げられた真実に肩を落とす。
こうなっては、父は私の話になど一切耳を傾けてくれないのだ。
何を言っても無駄、そんなことはこの数年で重々と理解してしまっている。
「恩情で家族に入れてもらっている分際で、どこまでも厚かましい!これ以上私の家族を傷つけるならば、私にも考えがあるぞ」
顔を赤く染めて怒りを顕にする父をたしなめる術なんて知らない。
「お前は、学園を卒業後すぐに嫁いでもらう。相手は西の辺境伯だ。お前には勿体ない相手ではあるが、カリナの心の平穏を思えば、いたしかたない。幸い、伯爵の方も条件に見合う者なら誰でもいいと言っておられる」
紛れもない、厄介払い。
これが彼らが望んだ幸せの形。
私がいなければ、全て丸く収まるのだ。
「わかり、ました」
簡単な話、私は幸せを望んでもいい側の人間ではないのだろう。
誰かの幸せの礎となるべきなのだ。
______消えてしまいたいと思うことさえ、烏滸がましい。
「ああ、朝から気分が悪い。行け」
「…はい」
くるりと踵を返して、朝食は食べずに学園に向かう。
きりきりと胃が痛むのはきっと空腹のせい。
柔らかい陽の光が降り注ぐ街並みはきらきらと輝いているはずなのに、色褪せて見えるのは私の心が貧しいからだろうか。
…どうだっていいことだ。
「あ、メアリじゃん。おはよ」
馬車を降りると、珍しい顔に遭遇する。
「ユージーン殿下?お久しぶりです。今日はご公務の日ではないのですね」
「ん、まあな。忙しすぎて国王に直談判したのがひと月前なんだけど、馬車馬のように働いて、ようやくしばらくの休暇をもぎとれたってわけ」
やれやれ、なんて肩を竦める彼に少しだけ笑ってしまう。
「…お、笑った。メアリはやっぱ笑顔じゃないとね」
「へ?」
「なんか表情暗かったから。悩み事?」
殿下は、相変わらず人のことをよく見ている。
たった一言言葉を交わしただけなのに。
これは、生まれもった王の資質なのだろうか。
_____彼は、この国の王太子だった。
それでいて、忙しい傍ら、学園の生徒会長まで器用にこなしているのだから驚いてしまう。
「いえ、大したことではございません」
「我慢するのはよくないよ。不満をぶつけまくったおかげで、俺はこうやってしばしの休暇を手に入れたわけだし」
「せっかくの休暇なのだから、王宮でゆっくりお休みになられた方が良いのでは…?」
元気に振舞っていても、疲れは溜まっているだろう。
「もしかしてあんまり俺に会いたくなかった?だとしたらさすがに泣いちゃいそうなんだけど」
「っ、そんなこと!有り得ません!!私はただ、貴方のお身体が心配で…」
「うんうん、そんなに必死にならなくたってわかってるよ。メアリは俺の事大好きだもんね」
にこにこと笑みを浮かべる彼に小さく溜め息をつく。
殿下は、相変わらずだ。
「よし、行こっかメアリ。久しぶりにあいつらの顔拝みに」
「…え、ちょっと」
私の腕をぐいぐいと引っぱるユージーン殿下が向かっているのは、当たり前だけれど生徒会室なのだろう。
昨日の件もあって、少しだけ気まずい。
「とーちゃく!」
「あの、殿下っ、私…」
バーンっと勢いよく扉を開けた彼だが、部屋の中は空っぽだった。
「わあ、久しぶりの学園が楽しみで早く来すぎちゃったかな」
「…ですね」
「メアリが普通に通学してきたから違和感なかったな」
「私も今日はたまたま早かったので」
流れる沈黙と、じわじわと込み上げる笑い。
「ぷっ、はは、なんだか俺たち間抜けだね。よし、メアリ、寝坊助のあいつらが来るまで俺の話し相手になってよ」
「…殿下とゆっくりお喋りするの、久しぶりですね」
滅入っていた気分が少しだけ回復しそうだった。
11
お気に入りに追加
812
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!
猛禽令嬢は王太子の溺愛を知らない
高遠すばる
恋愛
幼い頃、婚約者を庇って負った怪我のせいで目つきの悪い猛禽令嬢こと侯爵令嬢アリアナ・カレンデュラは、ある日、この世界は前世の自分がプレイしていた乙女ゲーム「マジカル・愛ラブユー」の世界で、自分はそのゲームの悪役令嬢だと気が付いた。
王太子であり婚約者でもあるフリードリヒ・ヴァン・アレンドロを心から愛しているアリアナは、それが破滅を呼ぶと分かっていてもヒロインをいじめることをやめられなかった。
最近ではフリードリヒとの仲もギクシャクして、目すら合わせてもらえない。
あとは断罪を待つばかりのアリアナに、フリードリヒが告げた言葉とはーー……!
積み重なった誤解が織りなす、溺愛・激重感情ラブコメディ!
※王太子の愛が重いです。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!
朱音ゆうひ
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」
伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。
ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。
「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」
推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい!
特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした!
※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。
サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )
処刑直前ですが得意の転移魔法で離脱します~私に罪を被せた公爵令嬢は絶対許しませんので~
インバーターエアコン
恋愛
王宮で働く少女ナナ。王様の誕生日パーティーに普段通りに給仕をしていた彼女だったが、突然第一王子の暗殺未遂事件が起きる。
ナナは最初、それを他人事のように見ていたが……。
「この女よ! 王子を殺そうと毒を盛ったのは!」
「はい?」
叫んだのは第二王子の婚約者であるビリアだった。
王位を巡る争いに巻き込まれ、王子暗殺未遂の罪を着せられるナナだったが、相手が貴族でも、彼女はやられたままで終わる女ではなかった。
(私をドロドロした内争に巻き込んだ罪は贖ってもらいますので……)
得意の転移魔法でその場を離脱し反撃を始める。
相手が悪かったことに、ビリアは間もなく気付くこととなる。
【完結】悪役令嬢と呼ばれた私は関わりたくない
白キツネ
恋愛
アリシア・アースベルトは飛び級により、転生者である姉、シェリアと一緒に王都にある学園に通うことが可能になった。しかし、学園の門をくぐった時にある女子生徒出会う。
彼女は自分を転生者だと言い、何かとアリシアに突っ掛かるようになってきて…!?
面倒なので関わってこないでほしいな。そう願いながらもこちらからは何もしないことを決意する。けれど、彼女はこちらの気持ちもお構いなしに関わろうと嫌がらせをしてくる始末。
アリシアはそんな面倒な相手と関わりながら、多くのことに頭を悩ませ続ける。
カクヨムにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる