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受け入れ難い現実からは、目を背けるのが最善だ。

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受け入れ難い現実からは、目を背けるのが最善だ。

彼らとの対話を放棄して帰路につく。



学園の一角にある馬車の待機所。

侯爵家の馬車に乗り込むと、ずしんと一層心が重くなるのを感じた。





帰りたいけど、帰りたくない。









「あら、やけに早いわね。気を利かせてもう少し遅く帰ってきてくれてもいいのに」


せっかくの家族水入らずなんだから、なんて意地悪く笑うのは義姉だった。

父の後妻と共に数年前にやってきた彼女は、私のことが目障りで仕方ないらしい。



父が心から愛した女性と、その女性との間にできた本当の娘なのだから、無理もないのだろう。



この家の異物は、私の方なのだから。





「…ごめんなさい」


「謝るくらいなら、いっそどこかに消えちゃえばいいのに。ふふ、まあ行く宛てもない可哀想な子だから仕方ないかしら」



俯きながら、義姉の前を通り過ぎようとする私に、彼女はひどく愉快そうに口を開いた。




「ルイスから聞いてるわ」


「…え、?」





「あなた、最近伯爵家の女を虐めて、随分とご執心だった生徒会のお友達に嫌われちゃったんだって?」



そんな言葉が、グサグサと胸を突き刺す。

彼女の言うことは身に覚えがありすぎて、ルイスから聞いたというのは本当なのだろう。



だって、義姉のカリナは、ルイスの婚約者なのだから。


義姉を迎え入れてすぐ、彼女に強請られた父は、ルイスの家に婚約の申し入れを行った。




きっと義姉は、私がルイスに淡い恋心を抱いていたことに気づいてしまったのだろう。




気持ちに蓋をして、はや数年。

毎晩枕を濡らしたことは、今でも思い出す苦々しい記憶だ。





「ルイス、言ってたわ。最近のあなたには呆れちゃうって。幼馴染がこんなに意地悪な女だったなんて、可哀想な彼」


「…そうですか」


「これであなた、また一人ぼっちねぇ」




クスクスと笑う義姉の声を聞きながら、なんだか呼吸が苦しくなった。

息の吸い方を忘れたようにパクパクと唇だけを動かす私は、まるで金魚みたいだ。





金魚だったら、なんにも考えずに、狭い水槽で幸せな日々を送れていのだろうか。






______世界が、真っ暗になる。








■□▪▫■□▫▪







どうやら私は、倒れてしまったらしい。


起きたら自分の部屋にいて、制服のままベッドに寝かされていた。



…ああ、皺になってしまったかも。





どれだけ眠っていたのか、カーテンの隙間からは陽の光が漏れていて、時計を見るといつもの起床よりも少し早い。

朝の支度を済ませて、予備の制服に身を包む。




夕飯を食べていないためか、朝食はあまり食べないけれど小腹が空いていた。




誰もいないことを祈って、ダイニングに足を運ぶ。

私の願いは、どこまでも通じないらしい。





「…おはようございます、父様」


早めの朝食をとっていた父は、心底気に食わないといった表情でこちらに視線をよこした。



「カリナに迷惑をかけるのはやめろ」


「…迷惑?」




「お前の学校生活を心配して様子を尋ねたカリナを強く罵倒するばかりか、挙句の果てには頭に血が上りすぎて倒れるなど…一体お前はどこまで愚かなんだ」



捻じ曲げられた真実に肩を落とす。

こうなっては、父は私の話になど一切耳を傾けてくれないのだ。



何を言っても無駄、そんなことはこの数年で重々と理解してしまっている。




「恩情で家族に入れてもらっている分際で、どこまでも厚かましい!これ以上私の家族を傷つけるならば、私にも考えがあるぞ」


顔を赤く染めて怒りを顕にする父をたしなめる術なんて知らない。




「お前は、学園を卒業後すぐに嫁いでもらう。相手は西の辺境伯だ。お前には勿体ない相手ではあるが、カリナの心の平穏を思えば、いたしかたない。幸い、伯爵の方も条件に見合う者なら誰でもいいと言っておられる」



紛れもない、厄介払い。

これが彼らが望んだ幸せの形。



私がいなければ、全て丸く収まるのだ。






「わかり、ました」




簡単な話、私は幸せを望んでもいい側の人間ではないのだろう。

誰かの幸せの礎となるべきなのだ。





______消えてしまいたいと思うことさえ、烏滸がましい。









「ああ、朝から気分が悪い。行け」


「…はい」





くるりと踵を返して、朝食は食べずに学園に向かう。

きりきりと胃が痛むのはきっと空腹のせい。






柔らかい陽の光が降り注ぐ街並みはきらきらと輝いているはずなのに、色褪せて見えるのは私の心が貧しいからだろうか。


…どうだっていいことだ。





「あ、メアリじゃん。おはよ」



馬車を降りると、珍しい顔に遭遇する。




「ユージーン殿下?お久しぶりです。今日はご公務の日ではないのですね」


「ん、まあな。忙しすぎて国王に直談判したのがひと月前なんだけど、馬車馬のように働いて、ようやくしばらくの休暇をもぎとれたってわけ」


やれやれ、なんて肩を竦める彼に少しだけ笑ってしまう。



「…お、笑った。メアリはやっぱ笑顔じゃないとね」


「へ?」

「なんか表情暗かったから。悩み事?」



殿下は、相変わらず人のことをよく見ている。

たった一言言葉を交わしただけなのに。



これは、生まれもった王の資質なのだろうか。



_____彼は、この国の王太子だった。

それでいて、忙しい傍ら、学園の生徒会長まで器用にこなしているのだから驚いてしまう。




「いえ、大したことではございません」

「我慢するのはよくないよ。不満をぶつけまくったおかげで、俺はこうやってしばしの休暇を手に入れたわけだし」



「せっかくの休暇なのだから、王宮でゆっくりお休みになられた方が良いのでは…?」


元気に振舞っていても、疲れは溜まっているだろう。




「もしかしてあんまり俺に会いたくなかった?だとしたらさすがに泣いちゃいそうなんだけど」

「っ、そんなこと!有り得ません!!私はただ、貴方のお身体が心配で…」


「うんうん、そんなに必死にならなくたってわかってるよ。メアリは俺の事大好きだもんね」



にこにこと笑みを浮かべる彼に小さく溜め息をつく。

殿下は、相変わらずだ。




「よし、行こっかメアリ。久しぶりにあいつらの顔拝みに」


「…え、ちょっと」



私の腕をぐいぐいと引っぱるユージーン殿下が向かっているのは、当たり前だけれど生徒会室なのだろう。

昨日の件もあって、少しだけ気まずい。





「とーちゃく!」

「あの、殿下っ、私…」



バーンっと勢いよく扉を開けた彼だが、部屋の中は空っぽだった。





「わあ、久しぶりの学園が楽しみで早く来すぎちゃったかな」

「…ですね」



「メアリが普通に通学してきたから違和感なかったな」

「私も今日はたまたま早かったので」



流れる沈黙と、じわじわと込み上げる笑い。




「ぷっ、はは、なんだか俺たち間抜けだね。よし、メアリ、寝坊助のあいつらが来るまで俺の話し相手になってよ」


「…殿下とゆっくりお喋りするの、久しぶりですね」



滅入っていた気分が少しだけ回復しそうだった。






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