8 / 14
アンタの隣は落ち着いていられないから
しおりを挟むすっかり体調も回復し、最早恒例となった彼とのランチタイム。
おやつのチェリーパイを咀嚼し終わった彼は心底げんなりした声で口を開く。
「王宮主催の、親睦ぱぁてぃ~?」
片眉だけ吊り上げて思いっきり顔を顰めたイアン様に思わず苦笑が漏れた。
「はい、ちょうど次のお休みの日なのですが…」
「学園が休みの日は一日仕事に没頭する」
「社交もお仕事では?」
そう言葉を返すと、彼は不服そうに唇を突き出すのだった。
「いつも通り、アンタの兄さんじゃダメなわけぇ?」
「長兄は婚約者を、次兄は今回は姉をエスコートするようなので。姉様の夫君がどうしてもお仕事で参加できないらしいのです」
「…公爵は」
「勿論母様と参加されますわ」
ぐぬぬと唸るイアン様は可愛らしいが、この社交嫌いは筋金入りだ。
大きな夜会だから参加した方が良いと思ったけれど、彼がどうしても駄目だと言うなら諦めようと思う。
無理強いはしたくない。
「……わかったよ、俺も行く」
「いいのですか?」
「王宮主催の会に公爵令嬢が不参加はあんまり外聞良くないでしょ」
外聞なんて気にも留めなかった彼はどこに行ってしまったのでしょう。
…私のことを、考えてくれているのだろうか。
「はぁぁぁあぁぁ」
「あの、無理にとは、」
「別に平気だってば。パーティー自体はね」
なんだか含みのある言い方に彼を見つめると、横目でじろりと見つめ返されてしまった。
「アンタの家族、俺のこと…嫌いなわけ?」
「はい?」
「婚約の挨拶に行った時からさぁ、会う度おもちゃにされるんだけど」
そんなことを口にするイアン様がなんだかしょんぼりして見えて胸がきゅんと締め付けられる。
本当にこの人は、可愛いの星のもとに生まれてきたのだろう。
「うちの家族は、なんと言うか…こう、可愛い子ほどいじめてしまうと言いますか、構い倒してしまうような、そんな人たちなんです」
「特にアンタの一番上の兄姉たちには死ぬほど嫌われてそうだけど…」
「あの二人は妹をとられたようでヤキモチをやいてるんですよ。イアン様を嫌っているわけではありません」
少々過激派なところがあるだけで、根は優しい人たちだから。
そもそもが、誰かを嫌って虐げるような人間ではないのだ。
「公爵夫妻は、いつも変なニヤケ顔で…アンタがどれだけ俺に惚れてるか一から十まで説明してくる」
「それは初耳ですけれど、まあ事実ですから仕方ありませんね」
何やら吹き込んでいることは知っていたけれど、そんなことを話していたなんて。
「…次兄のキリク兄様は?」
「あの人は、まあ、普通だし?公爵家で一番話が通じるよねぇ。どうやったらあの家であんなにも穏やかな人が育つのか心底不思議だよ」
「…なんだか面白くありません」
キリク兄様が一番だと言うことは、私は二番手だということになる。
イアン様にとって誰よりも信頼できて気が置ける存在が私だったらいいのに。
「あの人、俺のこと変に蔑んだり特別視したりせずに、対等な存在として扱ってくれるから」
「だったら私は兄様に敵わないじゃありませんか。どうしたって私にとってイアン様は、誰よりも特別な存在なのですから」
「…アンタの隣は落ち着いていられないから、やっぱり俺はキリク様がいい」
「もう、なんてこと言うんですか」
婚約者よりも兄の方がいいだなんて。
恨みがましい瞳で見つめるけれど、すんっとした表情で視線を逸らされてしまった。
■□▪▫■□▫
パーティー当日、イアン様のエスコートで会場に入る。
先に到着していた家族がこちらに歩みを進み始めると隣の彼の表情が少しだけ強ばるのがわかった。
「遅かったわね、ジゼル!毎日会っているけど会いたかったわ。ふふ、イアン様も、御機嫌よう。こんなにも愛らしい我が家の姫をエスコートできるなんて貴方本当に幸せ者だわ。それこそ貴族社会の男全員を敵に回すほど」
「……はい、そうですね」
「そんなに固くならなくたって取って食べたりしないわよ?ジゼルを傷つけるような真似したら、まあ多少は、痛い目を見ていただくことになるかもしれないけれど」
「………ご忠告ありがとうございマス」
「姉様、あまりイアン様に失礼なことは言わないでくださいませ」
意地悪な言い方をする姉様に苦言を呈する。
「だって、ジゼルったら最近婚約者にばかり夢中で構ってくれないんだもの!意地悪くらいしたくなるわ」
「だからって、」
「昔は私の後ばかりついてまわっていたのに!!ぽっと出に最愛の妹を取られた姉様の気持ちを考えたことがある?!それに、姉様の方が貴女を愛しているわ!!」
ぷんぷんと怒ってそんなことを言う彼女は、良くも悪くも昔から私への愛が大きすぎるのだ。
微妙に言い返せないことを口にされ、悔しいやら悲しいやら。
「……僕だって、ジゼルが大切ですよ」
「イアン様?」
なんだか甘い言葉を吐いていらっしゃるけれど、表情は苦虫を噛み潰したようなものだから不思議だ。
「貴女、ジゼル歴十七年の私に張り合おうと言うの??」
「姉上、それ以上執拗くしたらジゼルに嫌われてしまいますよ」
口を挟んだのはキリク兄様だった。
「キリク様…」
「やあ、イアン殿。姉が悪いね」
「いえ、そんな」
「僕らはそろそろ挨拶回りに行ってくるから、ジゼルと楽しみな」
颯爽と去っていくキリク兄様にイアン様がぺこりと頭を下げる。
なるほど、兄様はこういったところでイアン様を誑かしているのね。
安心した顔をしているイアン様だが、彼の望むように状況はいかないようだ。
視界の飛び込んできた二人の姿に少しだけ彼を不憫に思った。
「ジゼル、イアン、楽しんでるかい?」
「イアン様は、なんだか疲れた顔をしているわね。またジゼルに振り回されてるんでしょう?」
アゼルシュタイン公爵夫妻は、覇気のないイアン様を見て楽しそうに表情を緩める。
「…こんばんは、お声をかけていただき恐縮です」
「お母様ったら、失礼です。イアン様を困らせていたのは私ではなく姉様です」
「あらあら、我が家の娘たちがごめんなさいね」
母の言葉に、彼は、はあ、とか、いや、とか曖昧な返事を返した。
これは結構疲れてしまっている感じだ。
「ははっ、家の娘たちは妬けるくらいイアンのことがお気に入りみたいだなぁ。ジゼルなんか家で毎日君の話ばかりだ。おかげで我が家の人間は君のいいところを500は言える」
「そうねぇ、昨日の惚気は、おやつにクランベリーのマフィンを焼いて行ったら、好物だったようでいつもよりも瞳が輝いていてとっても可愛かった、だったかしら?」
「おかげでその日のデザートは君の好物であるクランベリー塗れだった。きっと近いうちに特訓の成果を披露してくれるだろう」
「……お父様、こっそり上手になってイアン様を驚かせる手筈でしたのに」
ちらりと隣の彼を見つめると辟易とした表情で憔悴し切っていた。
本人の前で話す話ではなかった。
「ジゼルの惚気話が聞きたくなったらいつでも遊びに来るといい」
「…はあ、機会があれば」
去っていく両親を見送った後、ようやく彼はほっと息を吐き出すのだった。
まだ一人残っているのに、大丈夫だろうか。
10
お気に入りに追加
178
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

どうやら貴方の隣は私の場所でなくなってしまったようなので、夜逃げします
皇 翼
恋愛
侯爵令嬢という何でも買ってもらえてどんな教育でも施してもらえる恵まれた立場、王太子という立場に恥じない、童話の王子様のように顔の整った婚約者。そして自分自身は最高の教育を施され、侯爵令嬢としてどこに出されても恥ずかしくない教養を身につけていて、顔が綺麗な両親に似たのだろう容姿は綺麗な方だと思う。
完璧……そう、完璧だと思っていた。自身の婚約者が、中庭で公爵令嬢とキスをしているのを見てしまうまでは――。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。

彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました
Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。
どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も…
これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない…
そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが…
5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。
よろしくお願いしますm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる