6 / 14
生涯忘れないだろう。
しおりを挟むやって来たのは、王都から少し離れた港町だった。
活気があって賑やかな場所。
馬車を降りて近くの浜辺を歩くと、沈み始めた夕日に照らされる世界が眩しかった。
私もイアン様も、赤。
髪も瞳も全く違う色なのに、今だけはおそろいのようで嬉しくなる。
「イアン様…?どうしてこんなところに?」
じっと彼を見つめて問うと、そっぽを向いたまま口を開いた。
「デートなんでしょ」
「…はい?」
「アンタさぁ、口では親睦を深めましょうなんて尤もらしいこと言ったくせに、結局はアンタが俺と有力貴族の仲介をしただけだよねぇ?」
イアン様の言葉に間違いはないけれど、それの何が気に食わないのかはさっぱり理解できなかった。
「貴方の喜ぶことをしたら、私はもっとイアン様と親しくなれると思ったのですが…余計なお世話でしたか?」
「それに関しては、素直に喜んでるよ。楽なんてできるに越したことはないからねぇ」
私の行いが彼の迷惑になっていなかったことに、一先ずほっとする。
「でもさぁ、アンタは今日楽しかったわけ?」
「へ?」
イアン様は、その綺麗なアメジストの瞳で、じっとこちらを見つめて言葉を続ける。
「俺はさ、結婚なんて一種の契約に過ぎないと思ってるんだよね」
「契約、ですか?」
「特に貴族間の結婚なんて顕著でしょ。双方にメリットがあるかどうか。つまりはウィンウィンじゃないと、そんなクソみたいな契約すぐに破綻しちゃうでしょ?」
一理も二理もある話だと思った。
だけど、
「私はメリットなんていらないと、そう常々伝えてきたじゃないですか!他の誰でもない、イアン様と結婚したいから、貴方にプロポーズしたんだと!」
「はいはい、アンタが俺の肩書きに興味ないことなんて知ってるよ。それでも、俺は自分ばかり得するこんな状況気持ち悪くって仕方ないの。わかる?」
「そんなこと言われても…」
思っていた以上に面倒な人だ。
得しかないんだから受け入れたらいいのに。
「イアン様が気持ち悪くたって、仕方ないでしょう…私には惚れた弱みがありますから」
イアン様に喜んでもらいたい。
イアン様の笑顔が見たい。
イアン様に、誰よりも幸せになって欲しい。
できることなら、私の傍で。
「自分のことなんてどうでも良くなってしまうくらい、貴方のことが好きなんです。メリットなんて、そんなの知りません。私は、イアン様の傍にいられたら、きっとそれだけで幸せです」
____今がめいっぱい幸せなのに、これ以上何を望めと言うの?
ぐっと唇を噛み締めて彼を見つめていると、額に手のひらをあてながらため息を零す。
夕日の赤より、もっともっと深い色に染まっているように見えるのは気のせいだろうか。
「だからぁ、俺が言いたいのはさ」
「…?」
「アンタにとって俺自身がメリットだって言うなら、普通の婚約者として、普通の脳天気なカップルみたいに…俺と馬鹿みたいに楽しく過ごしたらいいでしょ?」
唇を尖らせながらそう言うイアン様に、ひどく胸が高鳴った。
_____この人は、ずるい。
これ以上私を夢中にさせてどうしたいのだろう。
「ああもうっ、突然デートなんて言われてそわそわしてた俺が馬鹿みたいじゃん!」
「ええ、そわそわしてたんですか?!」
「うるさい!俺だって一応は婚約者として、寝る前のほんの数分程度だけど…アンタが楽しめるようなプランだって考えてたわけ」
ああ、神様、イアン様の目の下にできたクマさえ愛おしくてたまりません。
こんなサプライズは流石に予想していなかった。
「…それが、ここですか?」
「まあね」
人気の無い浜辺は、活気のある港町から隔離された私と彼だけの特別な世界のようだった。
波の音、潮風の香りが心地よい。
きらきらと輝く水面は今まで見たどんな風景よりも素晴らしかった。
「素敵ですね」
「…でしょ。ここは俺が初めて投資して、完成させた町なんだ。こじんまりとしてるけど、これで結構貿易だって盛んなんだよ」
港に停まった船の多くは、大きな積荷をいくつも乗せていた。
「…俺の大事な箱庭」
「そんな大切な場所に連れてきてくれて、ありがとうございます」
なんだか彼の特別になれたようで幸せだった。
「海も、素敵」
遠目で海を見つめることはあっても、こんなに近くまでやってきたことは初めてだ。
砂浜に入ると、さらさらとした砂粒が靴の中に入ってくる。
「…お嬢様がそう簡単に靴なんて脱がない方がいいんしゃないの~?」
呆れたようなイアン様に構わず、履いていた靴を脱ぎ捨てる。
波打ち際は少し湿っていて、ひんやりとして気持ちが良かった。
「そんなに近づいたら濡れちゃうってば」
「平気です。ハンカチもありますし」
「ほら、飛沫が服にもとんでる!」
「ふふ、冷たいです」
なんだか楽しくって仕方がなくなってしまった私に、そわそわと落ち着かない様子のイアン様。
ドレスなんて洗えばいいのだから、そんなに心配しなくたっていいのに。
ぴちゃぴちゃと足の裏を濡らしてみる。
「そろそろ上がりなよ。三歳の子どもじゃないんだから」
「子どもだなんて失礼な。少し新鮮だったんです。もう上がりますよ……わっ」
砂に足を取られて尻もちをついてしまった。
「だから…言わんこっちゃない」
「ふふ、びしょびしょですね」
「笑い事じゃないからっ!ほら、手ぇ貸しなよ」
ぐいっと手を引かれて立ち上がると、なんだか下着の中まで水が染み込んでいるようだった。
これは、帰りが少し気持ち悪いだろうなぁ。
尻もちをついた勢いで跳ね上がった水が身体を濡らしてほんのりと肌寒い。
暖かい季節で良かった。
「ねえ、イアン様」
掴まれた手はそのままに、じっと彼を見つめて言葉を紡ぐ。
「イアン様は私に、楽しかったのかと問われましたが…私は、ちゃんと楽しかったんですよ」
「…仲介人に徹してたくせに」
「それでも、私、嬉しかったんです」
くすくすと笑いを零す私を胡散臭げに見つめる彼。
「だって、誰よりも素敵で、大好きで堪らない貴方を、未来の旦那様だってたくさんの人に自慢できたんですから」
「っ…」
「私との婚約に味をしめて欲しかったと言うのも勿論事実ですが、本当は私が…こんなにも素敵な婚約者をいろんな人に見せびらかしたかったんです」
白状したようにそう告げるとイアン様はぐっと唇を噛み締めて眉を寄せる。
「怒りましたよね。ごめんなさい。浅はかだったと、反省しています」
「…アンタそれ素で言ってるなら相当タチ悪いよ」
「はい?」
「計算だったら俺は人間不信になる」
言っている言葉の意味がわからず首を傾げると、彼はもういいとばかりに息を吐いた。
「とりあえず、濡れたところこれで拭いて。もう帰るよ」
「…そうですね」
あっという間の時間だったけれど、私はきっと今日のことを生涯忘れないだろう。
10
お気に入りに追加
178
あなたにおすすめの小説
人質姫と忘れんぼ王子
雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。
やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。
お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。
初めて投稿します。
書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。
初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。
小説家になろう様にも掲載しております。
読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。
新○文庫風に作ったそうです。
気に入っています(╹◡╹)
婚約破棄のその先は
フジ
恋愛
好きで好きでたまらなかった人と婚約した。その人と釣り合うために勉強も社交界も頑張った。
でも、それももう限界。その人には私より大切な幼馴染がいるから。
ごめんなさい、一緒に湖にいこうって約束したのに。もうマリー様と3人で過ごすのは辛いの。
ごめんなさい、まだ貴方に借りた本が読めてないの。だってマリー様が好きだから貸してくれたのよね。
私はマリー様の友人以外で貴方に必要とされているのかしら?
貴方と会うときは必ずマリー様ともご一緒。マリー様は好きよ?でも、2人の時間はどこにあるの?それは我が儘って貴方は言うけど…
もう疲れたわ。ごめんなさい。
完結しました
ありがとうございます!
※番外編を少しずつ書いていきます。その人にまつわるエピソードなので長さが統一されていません。もし、この人の過去が気になる!というのがありましたら、感想にお書きください!なるべくその人の話を中心にかかせていただきます!
子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる
佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます
「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」
なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。
彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。
私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。
それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。
そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。
ただ。
婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。
切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。
彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。
「どうか、私と結婚してください」
「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」
私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。
彼のことはよく知っている。
彼もまた、私のことをよく知っている。
でも彼は『それ』が私だとは知らない。
まったくの別人に見えているはずなのだから。
なのに、何故私にプロポーズを?
しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。
どういうこと?
============
番外編は思いついたら追加していく予定です。
<レジーナ公式サイト番外編>
「番外編 相変わらずな日常」
レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。
いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。
※転載・複写はお断りいたします。
貴方の傍に幸せがないのなら
なか
恋愛
「みすぼらしいな……」
戦地に向かった騎士でもある夫––ルーベル。
彼の帰りを待ち続けた私––ナディアだが、帰還した彼が発した言葉はその一言だった。
彼を支えるために、寝る間も惜しんで働き続けた三年。
望むままに支援金を送って、自らの生活さえ切り崩してでも支えてきたのは……また彼に会うためだったのに。
なのに、なのに貴方は……私を遠ざけるだけではなく。
妻帯者でありながら、この王国の姫と逢瀬を交わし、彼女を愛していた。
そこにはもう、私の居場所はない。
なら、それならば。
貴方の傍に幸せがないのなら、私の選択はただ一つだ。
◇◇◇◇◇◇
設定ゆるめです。
よろしければ、読んでくださると嬉しいです。
わたしは不要だと、仰いましたね
ごろごろみかん。
恋愛
十七年、全てを擲って国民のため、国のために尽くしてきた。何ができるか、何が出来ないか。出来ないものを実現させるためにはどうすればいいのか。
試行錯誤しながらも政治に生きた彼女に突きつけられたのは「王太子妃に相応しくない」という婚約破棄の宣言だった。わたしに足りないものは何だったのだろう?
国のために全てを差し出した彼女に残されたものは何も無い。それなら、生きている意味も──
生きるよすがを失った彼女に声をかけたのは、悪名高い公爵子息。
「きみ、このままでいいの?このまま捨てられて終わりなんて、悔しくない?」
もちろん悔しい。
だけどそれ以上に、裏切られたショックの方が大きい。愛がなくても、信頼はあると思っていた。
「きみに足りないものを教えてあげようか」
男は笑った。
☆
国を変えたい、という気持ちは変わらない。
王太子妃の椅子が使えないのであれば、実力行使するしか──ありませんよね。
*以前掲載していたもののリメイク
蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる