最愛の旦那様は、コブつき()でした。

のんのこ

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現場

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「フィリップ様に何を吹き込んだんですか?!」


数日後、私の部屋を訪ねるなりそんなことを叫んだハンナに思わず顔を顰める。


吹き込むなんて、嫌な言い草だ。




「本当のことを言っただけよ」


「フィリップ様が、私と貴女には誤解があるですって!今まではそんなこと言わなった!生まれた頃からそばに居た私をちゃんと守ってくれた!!」



「フィリップ様は愚かな方ではないわ。きちんと話したら、ちゃんと自身の目で物事を見つめてくれる方ですもの」


一方的に責め立てられたあの日、諦めずに話をして良かったと心から思える。

いくら乳兄妹の贔屓目が入っていても、他者の言葉を一蹴してしまうような薄情な人ではないのだ。



そんな彼に、あの日私は恋に落ちたのだから。






「っ、ぽっとで女が知ったような口聞かないで!あんたなんて私よりもずっと下の庶民だったくせに!!」


随分な暴言だ。

これでよく私に暴言を吐かれたとフィリップ様に縋りつけたものだ。



あまりにも酷い言葉に頭を抱えてしまう。




「お前、いい加減にしろよ」


「…レイ、大丈夫だから」



絶妙なタイミングで現れた彼は、怒っていると一目でわかるような厳しい顔つきだった。




「でも、明らかに使用人を部を弁えてなさすぎます!こんなの許したらますます図に乗りますよ!!」

「…ええ、ちゃんとフィリップ様にお話しするから大丈夫よ。ここで勝手に彼女を裁いたら、それこそまた私に虐められたと言って騒ぎ立てそうなんだもの」


それなら初めからフィリップ様に判断を委ねるのが妥当だろう。

彼がこの件をどう取り扱うのかまだ少し不安はあるけれど、それでもこれが最善のように思える。




「わかりました。アリシア様がそう言うなら…」


「ありがとう、レイ」



「ふんっ、随分と従者と仲が良いのね。あなただってフィリップ様の他に情夫がいるんじゃない!だったら私とフィリップ様が親しくするのに口を挟む権利はないわ!!」



ハンナの言葉に、今度こそ目眩がしてしまいそうだった。





「情夫だなんて、なんてことを言うの…確かに私にとってのレイは、フィリップ様にとっての貴方のようなものなのかもしれない。だけど彼とそんな浅ましい関係になったことは一度だってない!品のない想像でレイを貶めるのはやめて!!」


「っ、どうだかっ!!考えてみるとあのレイとかいう執事は随分と貴女に入れ込んでるみたいだもの…ご自慢の顔と身体でも使って取り込んでるだけなんでしょう?節操のない雄犬の世話が随分と上手なのね」




こんなにも侮辱的か言葉を吐かれたのは初めてのことだった。

自身に対して、そして…レイに対しても。




「お前それ以上言ったら許さ」





パシンっ

レイの言葉を遮るようにそんな乾いた音が耳に届いて、ひりひりと痛む手のひらに、私は自分がやってしまったことを理解した。




目の前には頬に手を当てて瞳に涙を滲ませるハンナ。




「手を挙げるなんてっ…最低!」




叩くつもりなんてなかったけれど、後悔なんて微塵も感じなかった。

衝動的な行いであれども、これは紛れもない私自身の意思である。





「…何をしてるんだ?」



背後から聞こえてきたそんな声に、先に言葉を返したのはハンナだった。





「フィリップ様っ、アリシア様が…アリシア様が私を殴ったんです」


「え…?」





こちらを見つめて瞳で問いかけるフィリップ様にこくりと頷く。

ハンナの言うことは間違いなく事実だ。





「どうして…」


「ハンナが、私の生まれを庶民だと嘲笑ったからです」



本当はそんなことどうだって良かった。

だけど、あんな下劣な内容を口にするくらいならけむに巻いてしまった方がよっぽどましなように思える。



それほど許せない言葉だったのだ。





「…そうか」



一言そう洩らしたフィリップ様は、そんなことくらいで、なんてことを考えているのかもしれない。

少しバカにされたくらいですぐに手を挙げるような暴力的な女だと思われてしまったのかもしれない。




「ハンナがそんなことを言ってしまったのなら、僕からも謝るよ。すまなかった。だけど、それだけで女性の顔を殴るのは正直やりすぎだと思う」


「はい」



「…貴族にとって、使用人はただの使い捨ての道具なんかじゃない。家族や領民同様に、大切に養い守るものだと僕は思う」


「そうですね」




私だって、心の底からそう思う。

だから、許せなかった。






「アリシア様っ」

「大丈夫。行こう、レイ」



何かを言いたげなレイにそっと笑みを返して、逃げるようにその場を後にした。




「頬を冷やそう、ハンナ」


そんな気遣わしげな声に耳を塞ぎたくなる。





フィリップ様と向き合おうと決めたばかりなのに、随分と情けない話だ。




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