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うそつき

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ある日の放課後、生徒会の仕事で遅くなるというカイルを置いて、帰宅するために馬車の停車場へと歩みを進める。



____それは、ほんの些細な偶然だった。

なんとなく廊下の窓に視線をやったことも、視界の隅にあの眩いプラチナブロンドが映ったことも。


見つけた途端見ないふりを決め込んでしまえば良かったのに、どうしてもできなかったのは、彼女の周りがあまりにも不穏な雰囲気を醸し出していたから。

厳しい目付きをした数人の女子生徒に囲まれて、アスリーさんは校舎裏の人気のない方へと遠ざかっていく。



囲んでいる者には見覚えがあった。

彼女たちは、カイルに想いを寄せており、婚約者である私にも何かとつっかかってくる厄介な人たちだ。




正直関わり合いにもなりたくもなかったけれど、このまま放っておくのも寝覚めが悪いように思える。

それに、カイルはあの日言った。



_____アスリーさんも、彼にとって大切な幼馴染なのだと。

大切な人の大切な人を見捨てるような真似はできなかった。


僅かに重たい足取りで、校舎裏へと急ぐ。

少しずつ彼女たちの姿が見えてくると、随分ヒステリックな声が耳に届いた。



「カイル様とどんな関係なのよ?!」

「どんなって、カイルは私にとって特別で…かけがえのない大切な存在だよ」


事も無げに告げられた言葉に目の前が真っ暗になる。

彼女の真っ直ぐな瞳が、その言葉が本心であることをありありと示しているようだった。


察してはいたけれど、本人の口から直接聞くのとではダメージの大きさが違う。

互いを何よりも大切にする姿に、彼らの中に私の居場所なんてどこにもないことを実感してしまう。



「ふうん、まあいいわ」

リーダー格の女生徒は、意外にも落ち着いた表情で口角を上げた。


「レイラ・ビアードよりはあなたの方がましだもの」


突然出てきた自身の名に小さく肩が跳ねる。

彼女たちが私をよく思っていないことは知っていた。



けれど、と言うのは、どういう意味なのだろうか。

周囲から見ても、私よりもアスリーさんの方がカイルの婚約者として似つかわしいと思われているということなのか。




「どうしてあんな子がカイル様の婚約者なのか前から疑問だったのよ」

「家格は侯爵家で釣り合っているかもしれないけれど、なんだか、ねえ、陰気なところがあのカイル様と並ぶと際立つわ」


「大人しくて面白みもないし、真面目だけが取り柄って感じよねぇ」



「カイル様も、あんな子の傍にいたら気分が悪くならないか心配だわ」


始まった悪口大会は随分と盛り上がっているようで、思わず溜め息が零れる。

自分が暗くて退屈なのは自覚済みだ。


…それでも、カイルの傍では笑えたのだ。

苦しいときも、悲しいときも、彼の隣にいると少しだけ心が安らいだ。



だけど、彼女たちの言葉のとおり、私だけが楽になっても、カイルはどうだったのだろうか。




「不快なんだけど」

どんどん心を曇らせていると、凛とした声が耳に届いた。


「嬉々としてレイラの悪口言って、何がしたいわけ?無駄口叩いてる暇があったら、カイルにアピールするなりなんなり、行動に移したらいいでしょ」


淡々とした冷たい態度に、周りの人間は困惑した様子。



「っ、あなただってカイル様の婚約者のあの子が気に食わないんでしょう?!」

「誰がそんなこと言ったの」



「いい子ぶっちゃって。本当はあんな根暗な子、心の底では見下してるんじゃない?」


リーダー格の彼女の言葉に、アスリーさんが表情を歪める。




「あんたがレイラの何を知ってるわけ?あの子は根暗なんかじゃないし、陰気で面白みもないなんてどの口が言ってるの」

早口で捲し立てるように言葉を続けるアスリーさん。



「そもそもレイラは暗くない。無邪気で明るくて、あの子が笑うとみんな笑顔になる、そんな子だ」

彼女が何を言っているのか、いまいち理解できなかった。

物心つく頃から、自分の性質は自分が一番よく知っている。


無邪気で明るいなんて、それは一体どこのレイラ・ビアードだ。

その点で言えば、悔しいことに、今アスリーさんを囲んでいる彼女たちの言うことが正しい。



「もしもレイラの笑顔が曇ってしまっているのなら、それはきっと、レイラを苦しめる何かのせい。そして、あの子を苦しめているのは…」


そこまで言って、アスリーさんは困ったように小さく笑った。





「っ、そんなことどうでもいいのよ!せっかくあの女を蹴落として、仲を取り持ってあげようと思ったのに!後悔しても知らないわよ」


「魂胆が見え透いた頭の悪い提案になんて乗るわけないよね。あんたたちにとって、侯爵家のレイラよりも私の方が蹴落としやすい存在だったんでしょう?カイルと何かあったって、簡単に排除できるとでも思った?」


「っ…!」

図星だったのか、わかりやすく動揺する女生徒たち。



「でもさ、私だってあんたら如きに潰されるようなやわな生まれじゃないんだよね」

「見栄張っちゃって!私のお祖母様は隣国出身だけど、どの貴族名鑑にもテルン家なんて乗っていないっておっしゃっていたわ!」

テルンと言うのは、彼女のファミリーネームだった。



「我が家は少し特殊で、一介の貴族に情報が秘匿されているのよ」

うふふっと上品に笑うアスリーさんに、ふつふつと怒りを溜めていく女生徒たち。

だんだんと顔が真っ赤に染まっていく。


何が真実なのかさっぱりわからないアスリーさんの言動に振り回されているようだった。



「まあ、カイルとレイラの婚約については、私だって断固として反対だけど、あんたらに付き合ってるほど私も暇じゃないんだ。二度とつまらない戯言をほざかないでくれる?」


「黙って聞いていれば、あまり調子に乗っていると痛い目みるわよ!」


そう言って、アスリーさんに向けて手を振りかざす。





「やめなさい」

咄嗟に間に入った私の声は、どうやら間に合ったらしい。

アスリーさんにぶつかる前に、空中でぴたりと止まった手のひらに少しだけほっとする。



「遠巻きにひそひそと陰口を叩く程度なら取るに足らない人間の戯言だと目を瞑っていたけれど、周りを巻き込んで何か悪さを働こうなんて考えているなら、これ以上は見過ごせない」

淡々とした口調で彼女たちに宣言する。


「コニャック伯爵令嬢、ユリシー男爵令嬢、あとはカークランド子爵令嬢かしら。再度このようなことがあれば、今度は我が家から直接貴女方の家に抗議させていただくわ」


「っ…」

「そんな」

これまでなんの抵抗も見せなかった私が突然こんなことを言い出して驚いているのか、視線をさ迷わせながら狼狽える彼女たち。



「悪いけど私、貴女方思っているほど大人しい女じゃないの」


そう言うと決まりが悪そうに走り去って言った。




「あの、助けてくれてありがとう。レイラ、さん」


アスリーさんがそんなことを口にする。

叩かれそうになるまで黙って見ていただけなのだから、お礼を言われる筋合いはないのだけど。



私をじっと見つめる彼女のエメラルドの瞳、きらきらと輝くオーロラのような虹彩に吸い込まれそうだ。

何を考えているのかちっともわからない彼女。


その美しさも相まって、本当に同じ人間なのかとすら疑ってしまいそうになる。





「アスリーさんは、なんとなく私のことが嫌いなのだと思っていました」

私を庇うような発言をした彼女に、そんなことを言ってみる。


「ええ、どうして?」

「…カイルと、親しそうにしているから」


そう言うと罰が悪そうに頬をかく彼女。

わざと間に入っていた自覚はあるのかもしれない。



「先程も、カイルと私の婚約に反対だとおっしゃっていましたし」


「だって」


彼女は少し怒ったようにつんとした口調で口を開く。


「レイラさんは、カイルのこと愛してなんかいないでしょう?」


「え?」


「愛してないのに婚約なんてバカみたい」



随分な物言いだった。

元来貴族同士の結婚というのは、家同士の結びつきの一環だろう。

勿論、その過程でお互いが想い合えたらそれに越したことはないけれど。



そう考えると、カイルとの婚約は私にとってすごく有難い話で、幼い頃から慕っていた彼と家族になれたら幸せだと、心からそう思う。



「カイルのことは、ちゃんと好きです。失礼なこと言わないで」

「っ、」


「私とカイルの間に、アスリーさんの入る隙なんてありませんから!」


きっぱりと言い切って、少しだけ胸がスっとする。

変な達成感を抱きながら、彼女に視線をやって、息を呑んだ。



アスリーさんが、あまりにも悲壮な表情を浮かべていたから。




「うそ、つき」


そう一言零して、彼女はその場を後にするのだった。




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