婚約者は隣国からの留学生()に夢中です。

のんのこ

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幼馴染

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とある時代の、とある王国には、王位継承権をもつ二人の王子様がおりました。

一人は正妃の子で、権力を笠に着て暴虐の限りを尽くし、民から恐れられる一番目の王子様。

一人は、側妃の子ではあるが、賢く、崇高な志をもち、国中から敬愛される二番目の王子様。



一番目の王子様は強欲で、目に映るもの全てを欲しがり、周囲を困らせてばかりでした。

高価な宝石や贅沢な食事のために数年分の国費を使い切っては、諌めた大臣を奴隷市場に売り払い、国一番の美女を手篭めにしようと画策しては、振られて彼女の首をはねました。


何を買っても、何を奪っても、王子様はちっとも満足しません。

国で一番高価なダイヤモンドに飽き飽きした王宮の池に放り投げた王子様は、ふと夜空を見上げました。



「…美しい!」


一面に広がる眩いくらいに光り輝くオーロラは、一瞬で彼の心を虜にしました。



「欲しい、欲しい!欲しい!!」


だけど、どんな学者や賢者に相談しても、オーロラを手に入れる良い方法なんて見つかりません。

一人、二人、三人…たくさんの人々が王子様の癇癪によってこの世を去っていきました。



王子様はいよいよ途方に暮れて、神殿に訪れました。


「ああ、神よ、どうしたらあの美しいオーロラを私のものにできるのか」


「ならば、夜空を翔ける鳥におなりなさい」

偉大なる神は、哀れな王子様に応えて言いました。


「そうしたら、あのオーロラにも手が届くでしょう」


返事をする間もなく、王子様の姿は金色に輝く大きな鳥の姿に。



「オーロラを手にした後は、あなたを必要とする誰かの願いによって、あなたは再び人に戻ることができます」


王子様は、ぐんぐんぐんぐん空に昇って行きました。

けれど、夜空に輝くオーロラには一向に届くことはありません。


何度も何度も挑戦しましたが、ついに一度も王子様がオーロラを手に入れることはできませんでした。



黄金の鳥になって、何日も何十日も、気がつけば一年程が過ぎた頃。

一番目の王子様が行方不明になってから長い月日が経ったので、とうとう二番目の王子様が王太子として認められました。



(どうしてあいつが…王太子は私だろう!)

どれだけ憤っても、どれほど怒っても、仕方の無い話でした。

一番目の王子様は、何年経っても鳥の姿のままなのですから。



(どうして私は、人に戻れないのだ!)



ある日、黄金の鳥は国中が騒がしいことに気がつきました。

今日は、王太子が王に就任するめでたい日です。



(あれは私の玉座だ!私の王宮だ!この国は、私のものだ!!!)


祝いの席に飛び出した彼は、二番目の王子様に襲い掛かりました。

鋭い爪で、尖った嘴で、その命を奪い取ろうとしたのです。



「…危ない!」

自分や両陛下、周りの人々の身を案じた王太子様は、自身の腰にある剣を素早く抜き、咄嗟にその鳥を切り捨てました。

真っ二つになった身体に、彼の意識は長くありません。



(どうして私が…私は、王太子だぞ。どうして、どうして私が奪われるんだ)

(戻りたい、人間に戻らせてくれ!)


朦朧とした意識で見上げた空には、あのオーロラが広がっています。

視界いっぱいに飛び込んできた景色が瞳に焼き付きました。



「あなたを必要とする誰かなんて、存在しなかったようですね」

ふと、頭の中に聞こえた声は、彼を鳥に変えた神の声です。


「たった一人でも、行方知れずのあなたの身を案じ、たった一人でも、あなたの帰りを願う者がいれば、いとも簡単にあなたは再び人の姿に戻れたというのに」

(っ、私は国の王太子だぞ…たった一人でさえ、私を必要とする者など存在しないと言うのか?!)


「哀れな鳥よ、安らかに。もう時期そなたは終わりを迎えるだろう。瞳に映るオーロラだけは、永遠にそなたのものだ」


一番目の王子様は、とうとう誰にも気づかれることなく、ひっそりとその生涯を終えました。

それから長い年月が経ち、賢王が治める平和な王国。

誰にも必要とされなかった哀れな王子様のことを覚えている人などもう誰もいません。








■□





観劇を観終わり、小さく溜め息をついた。

今一番流行りの演目のはずなのに、ただの一度も心が奮い立つことはなく、やけに冷めた温度のまま舞台が終わってしまったのだ。


…意地を張って一人で来たくせに、結局楽しめなかったなんて本当に私って馬鹿みたい。



「誰にも必要とされない、か」


なんだかあの哀れな王子様が今の自分と重なって見えた。

勿論、お話の中の彼のように自分が横暴な振る舞いをしてきたとは思っていないけれど、それでも、今私が彼と同じように鳥の姿に変わってしまえばどうなるだろうか。



家族は、きっと心配してくれるだろう。

だけどカイルやアスリーさんは、これ幸いにと、私なんて忘れて二人で幸せになってしまうのかもしれない。



…たった一人に想われないだけでこんなにも心が痛むのに、お話の中の王子様も大変ね。

そんなことを思って乾いた笑いが零れた。






家に帰ってぼうっとした時間を過ごしていると、侍女から知らせが入る。

つい数時間前に別れた彼が私を訪ねて来たらしい。



「観劇は楽しめたか?」

そんなことを平気で問うカイルにあまりに無神経ではないかと思った。



「まあまあ、かな」

ちっとも楽しくなかったくせに強がってしまったのは、なけなしのプライドのせい。



「…カイルはアスリーさんとのデート、楽しかった?」

「デートじゃねえって。おやつと買い物に散々付き合わされてへとへとだ」


困ったように肩を竦める彼だが、嫌がっているようには見えなかった。

なんだかんだ、彼女といるのが楽しいのだろう。



「まだ怒ってるのか?」

「怒ってない。ただ、虚しいだけよ」



「虚しい?」

わけがわからないと言った様子の彼。



「月に一度のデートのはずなのに、婚約者は他の女性を優先して、楽しみにしていた舞台だってなんだか味気なくて…ひどい一日だった」


「レイラを一人にしたのは、俺が悪かった。今度からは気をつける」

「…本当に気をつけられるの?婚約者を放ってまで傍にいたいと願うほど、アスリーさんはカイルにとって大切な人なんでしょう?申し訳ないけど、今のカイルを信じられない」


話しているうちに止まらなくなって、今までの不満を全てぶちまけてしまう。

カイルは困ったように表情を歪めていた。




「アスリーのことで不快な思いをさせてしまって悪かった。正直、レイラがそこまで悩んでいるなんて思ってもみなかった」

真剣な瞳でこちらを見つめて、彼が言葉を続ける。


「俺がアスリーのことを気にしているのは、事実だ。だけど、あいつに特別な感情を抱いているわけじゃない。そんなこと、誓って有り得ないんだ」

「…何それ」



「俺はアスリーをずっと前から知ってた」



それは初めて耳にする話だった。

彼女が留学してきて、生徒会長であるカイルが教師から世話を頼まれたのだとばかり思っていた。




「あいつの家は、その、隣国では有数な名家で、うちの王家とも繋がりが深いんだよ。俺が王子の遊び相手として王宮に招かれてたのはレイラも知ってるだろ?アスリーと出会ったのも、その頃だ」

「…そう。そんなに前から彼女と知り合いだったのね」


あんまり詳しく聞いたことはないけれど、公爵家の子息であるカイルは、幼い頃に歳の近い王子殿下の遊び相手として王宮に通っていた時期があるらしい。

それは十歳を迎えるよりも前の話だった。



「レイラと同じように、アスリーも俺にとっては大切な幼馴染なんだよ」


「……そう」



______私とカイルとでは、そもそもの考え方に違いがあるのだ。

幼馴染を幼馴染としか思えないカイルと、幼馴染であれど婚約者として関係を築いていこうと考えている私。


相容れないのも当然だと思えた。




「アスリーさんを大切に思うカイルの気持ちはわかった。だけど、やっぱり理解できないのは、どちらも同じように、なんて言いながら、結局あなたが優先するのは彼女だってこと」


「学園では、転校してきたばかりのアスリーについつい世話を焼いていた。悪い」


「今日の舞台だってそうでしょう?」





「…俺も、演目の内容が、気に食わなかったんだよ」


それは、随分と苦し紛れの言い訳だった。




「何それ、アスリーさんのこと放っておけなかっただけでしょう?」

「…それもある、けど」


カイルは気まずげに視線を逸らす。




「あんな話、見てて気分の良いものじゃないだろ」

「ただの劇じゃない…」



「王子同士の争いなんて、馬鹿馬鹿しい。第一王子が亡くなるなんて、不謹慎にも程がある」


顰めっ面で語る彼に困惑してしまう。

いつも飄々として穏やかなカイルが、こんなにも激情を宿したような表情を浮かべているのは新鮮だった。



「あまりにも、第一王子を愚弄してる」

「…創り話なのよ?」


「王妃が嬉々として上演を後押ししてるってだけで、作為を疑うには十分だろ」


カイルが何を言っているのかわからなかった。



「自分の息子は華々しくヒーローにあつらえて、亡くなった第一王子のことは、話の中ですら無下に扱うなんて、そんなおぞましい真似、普通はできない」


「ちょっと待って、なんの話?」

「…ああ、レイラはよく知らないんだったな」


どこか遠い目をして話を続ける彼。

深い海のような青い瞳が、今だけはひんやりと冷たく見えた。



「七年前に亡くなった第一王子のこと」


「第一王子殿下が幼い頃に病気で亡くなったことは知っているけれど、正妃様に彼を貶めるような気持ちがあるとは思えないわ。ただの偶然でしょう?」


「第一王子は当時の正妃の子、現王太子である第二王子は当時側妃だった現正妃の子。できすぎた話だろ」


鼻で笑ったカイルに口を噤む。


「例え王妃に意図が無くても、第一王子を知る人間にとっては良い気分じゃない。俺もアスリーも、あらすじを聞いただけで腸が煮えくり返るような思いだった」


「…そう。カイルもアスリーさんも、第一王子殿下と親しかったのね」


こんなにも否定的な言葉を口にするのだから、本当に今回の演目が嫌だったのかもしれない。

大切な人を侮辱されたら誰だって不快に思う。


…私よりもアスリーさんを優先させたというわけではないのだろうか。



「アスリーさんや第一王子とも幼馴染だったなんて知らなかった。カイルのことは私が一番わかっていると自負していたのに、なんだか悔しい」

「…レイラが一番知ってるよ」


私の言葉に、カイルは眉を下げて笑った。







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