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除け者
しおりを挟む翌日は、前々から約束していたデートの日だった。
幼馴染の延長戦のような関係の私たちだが、月に一度くらいは婚約者らしくショッピングや観劇なんかに出かけて仲を深めている。
とは言え、深める仲なんてない程、既にお互い知り尽くしている彼とのデートは恋人同士の甘酸っぱさなんて皆無なのだけど。
それでも、そんなことどうでもよくなってしまう程、彼と過ごす時間が幸せだった。
カイルの傍にいると、落ち着く。
彼の隣で、このまま穏やかな日々が送れるのなら、それは確かに幸せなのだろう。
カイルのことは、家族のように思っている。
満ち足りた日々だった。
私だけが。
私がカイルに抱く穏やかな愛情と、カイルが私に抱くそれは、何ら変わりないのだろう。
誰よりも近くでカイルを見ていた私だからこそ、自惚れでもなんでもない、一つの事実だと胸を張って言える。
だけど、それは身を焦がす程の熱い想いとは程遠くて、凪いだ海のような平穏は彼の望んだところではなかったのかもしれない。
彼は、嵐のような鮮烈な想い、メラメラと燃え盛るような愛を、渇望してしまったのだろうか。
悶々と頭を悩ませながら、いつも通り彼の来訪を待つ。
彼は今日も、兄のように穏やかな笑みを浮かべて我が家に馬車を乗り付けた。
「おはよ。悪い、ちょっと待たせた」
いつもは余裕を持たせるタイプのカイルだったが、今日は時間丁度の訪問である。
珍しことだけれど、遅刻したわけでもないのだから謝らなくてもいいのに。
「時間ぴったり。せっかちなのに珍しいね」
「誰がせっかちだ」
意地悪く笑いながら言うと軽く小突かれてしまった。
遠慮のない彼が好きだ。
「今日は、レイラの先に迎えに行ったやつがいるから」
「え?」
事も無げに言う彼に思わず首を傾げる。
疑問に思いながら外に出ると、停まっていた馬車の扉が開いて、絶句した。
「おはよう、レイラさん!」
明るい声で挨拶を口にする彼女は、陽の光にも負けないような眩しい笑顔を浮かべている。
訳が分からなかった。
婚約者がデートに女連れでやって来る話なんて聞いたこともない。
カイルの正気を疑ってしまうのも仕方ないのではないだろうか。
「カイル、どういうこと?」
「こいつがレイラと遊びたいって聞かなくてさ。ま、たまには三人もいいだろ?」
「っ…」
カイルは、私と二人が嫌なのかもしれない。
そんな不穏な考えが脳裏を過ぎる。
彼の考えていることがちっともわからなかった。
「婚約者とのデートにまで連れてくるなんて、少し、変だと…思う」
「そうか?友達なんだし、おかしくないと思うけど。俺らだって、婚約者っつっても、幼馴染の延長みたいなものだろ?」
「そう、だけど…」
幼馴染の延長、それはそう。
カイルに言わせてみれば、友達三人で遊びに出かけるようなものなのだろう。
だけど、ねえ、知ってる?
私ね、アスリーさんのこと友人だなんて思ったこと、一度もないのよ。
「除け者にするのも、可哀想じゃん」
「除け者って…」
「こっちに留学してから、俺らくらいしか友達いないんだよ。こいつの性格がひねくれてんの、レイラだって知ってるだろ~?」
可哀想?除け者?
蔑ろにされて可哀想なのは誰?
除け者というのは、本当にアスリーさんを指す言葉なのだろうか。
知ってるだろ?なんて私に尋ねたくせに、揶揄うようなトーンの声は、明らかに彼女に向けられていた。
「はあ?ひねくれてるってどういう意味?」
「そのまんまだろ」
「カイルに言われたくないし」
あっという間に蚊帳の外にされてしまった私を、カイルはもう見ていなかった。
「いつも二人でどんなことしてるの?」
馬車の中、唐突にそんなことを尋ねたのはアスリーさんだった。
聞いてどうするのか、なんて意地悪なことを思ってしまう。
「買い物したり観劇したり、その日の気分でてきとうに」
「ふうん、婚約者なんだからちゃんとプラン立ててエスコートしたら?カイルって本当に気が利かない」
「はあ?今更レイラのこと恋人みてえにエスコートなんてできるかよ。小っ恥ずかしいわ」
他意のない言葉に傷ついてしまう自分が嫌になる。
「私だったら、好きな人とのデートでそんな杜撰なプラン組んだりしないのに」
唇を尖らせてどこか拗ねたような表情を浮かべるアスリーさん。
「好きな人なら、ちゃんと大切にする」
彼女は遠回しに、私がカイルに大切にされていないと訴えているのだと思った。
積み上げてきたものがぐらぐらと壊れていくような嫌な感覚を覚える。
「はいはい、お前に愛される人間は幸せだよ」
呆れ笑いを浮かべながらカイルがそんなことを口にした。
____心が、ぽっきりと折れてしまいそうだ。
「カイルなんて、やめちゃえば?」
にまっと口角を上げるアスリーさんに、半ば強引に笑みを貼り付けて言葉を返す。
「…あはは、やめちゃおっ、かな」
「おいおい、ちょっとは否定しろよ」
カイルの表情は依然として楽しそうで、彼は私に見離されることなんてちっとも怖くないのだと理解した。
私の想いなんてどうでもいいのだ。
すっかり沈んでしまった気持ちのまま、しばらく馬車に揺られる。
「今日はどこに行くの?」
「レイラが観たがってた演目の上演か始まったから、それ観に行くんだよ」
「へえ、どんなの?」
「俺もよく知らない。レイラのリクエストだし」
演目の内容が気になったのか、尋ねるようにこちらを見つめる彼女。
懇願されるような瞳に観念して、なんだか重たい口を開いた。
「今回の演目は、とある国の王宮を舞台にした内容なの。王の正妻の子で権力を傘に暴虐の限りを尽くした王太子を、側妃の子であり立場は弱いけれど清廉潔白で民からの信頼も厚い第二王子が討ち滅ぼして、幸せな王国を築くハッピーエンドのお話よ」
王都でも大人気の演目らしく、チケットはいつも完売でなかなか手に入らないと専らの話題だ。
「何それ、悪趣味」
「え?」
「王子同士で殺し合う様を演目にするなんて、王家に喧嘩を売ってるようなものじゃない?私あんまり物騒なのは見たくないなぁ」
ぐっと眉間に皺を寄せ、小さくため息をつく彼女は、精一杯気に食わないことをアピールしているようだった。
「で、でも、王妃様もお気に入りの演目みたいよ?一度観たら気に入るかも」
「う~ん、きっと無理だと思う。ねえ、レイラさん、観劇より、美味しいお菓子でも食べに行かない?」
「ええ、」
いきなりの提案に困ってしまう。
今日まですごく楽しみにしていた観劇だ。
突然割って入ってきた彼女に予定を台無しにされるなんてごめんだった。
助けを求めるように、隣の彼を窺う。
「レイラ、観劇はまた今度にしたらいいんじゃないか?」
「っ、どうして…」
「アスリーがここまで嫌がってるんだし仕方ないだろ」
きっぱりと告げられた言葉。
前々から決まっていたのに、どうしてそんなことを言うのか…理由なら、嫌という程わかっしまった。
やはりカイルは、私よりもアスリーさんが大切なのだ。
「いいよ、もう、私一人で行くから」
「レイラ、拗ねるなよ…」
「拗ねてない。楽しみにしてただけ。二人はどこかでお茶でもしてて」
じんわりと滲む涙が零れないうちに、早く劇場に到着してくれたらいいのに。
どうやら神様は私の願いを聞き入れてくれたようで、それから間もなく馬車は動きを止めた。
「…おい、レイラ」
「放っておいて」
御者も待たずに馬車から降りる。
去り際に名前を呼ばれても引き止める手はなく、案外清々しているのかも、なんて思って自嘲的な笑みが零れた。
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