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億が一という事もあるだろう。
しおりを挟む婚活を初めて十日程が経った。
経過はどうかと聞かれれば、前途多難と言うところだろうか。
「王子妃なんて肩書き、私にはちっとも魅力的に思えなかったんです」
ぽつりと吐いた独白に、目の前の二人はどこか気まずげに表情を歪めた。
「仮にも元婚約者で現第二王子の前でそんなこと言うか?」
「…エリック、大丈夫だから」
「休日なんて無いも同然、容赦のない王子妃教育に何度血反吐を吐いたことか…素行や成績まで厳しく監視され、少しでもふさわしくない振る舞いがあれば呼び出され永遠にも思えるような長いお説教に再教育。そもそも私は割と怠惰な部類の人間なので、王子妃なんて向いてなかったんだと思います」
彼らの反応を無視して言葉を続ける。
口を挟んでも無駄であることを悟ったのか、二人は黙って私の話を聞いてくれた。
「だから、願わくば結婚後は田舎の領地でのんびりできるようなそんな家柄の方と婚約したいのです。勿論妻としての責任はしっかりと果たすことは前提としてですよ?有り余る時間の中で、家の管理だってきちんとやります」
「…まあ、いいんじゃないか?」
「田舎でのんびり、か。それはいいな、確かに」
どうでもよさそうなエリック様と遠い目をしたミシェル殿下がなんだか対照的だった。
殿下もお忙しい身の上なので、私の話には同意してくれるのだろう。
「とにかく、せっかく殿下との婚約が解消されたのだから、とにかく今は、のんびりゆっくり、穏やかな生活が私の望み……それなのに、私はどうしてこうも変わらずに忙しい毎日を過ごしているのでしょうか!?」
教室の窓の外、ずらりと並ぶ殿方の姿に辟易として大きく溜息を零す。
このようにあからさまな態度を示すことができるのも婚約を解消したからこそだと思えば少しは気が晴れた。
溜息一つ、咳払い一つにつけても、何かと周りの視線を気にしてしまっていたのだから。
「ソフィア嬢との縁談を希望する人間なんて五万といるんだから仕方ないだろ。考え無しに婚活なんて始めた自分を呪えよ」
「だってそれは、こんなことになるなんて思わなかったのですから仕方ないでしょう?」
「ソフィアはモテるね」
「家柄でしょうね。あとはまあ、自分で言うのもなんですが、王子妃教育のおかげか多少は勉学や教養は身についているつもりなので」
婚約者の条件としては、悪くないのだと思う。
「私だってミシェル殿下に触発されて運命の恋というものを探してみようと思ったのですが、こうも候補の人数が多ければ正直お手上げです」
悪い意味での選び放題というやつだろうか。
アプローチしていただけるのは有難いが、対応が追いつかない。
「数を絞ったらいいんじゃねえの?」
「…絞ると言っても、どうやって?」
「現時点で好印象の人間とか、よく話をするやつとか」
エリック様の言葉に少しだけ頭を悩ませる。
浮かんだのは数人。
「…アプローチを受けていると言うわけではないけれど、アレン様は素敵な方ですね。よく話をする人なら、ユーリに、ああそれで言ったら同じクラスな分、エリック様が一番ね」
なんだか婚約者選びとはぶれているかもしれないけれど、今浮かぶのはそのくらいだろう。
「俺まで候補に入れてくれるなんて、光栄なことで」
「思ってもないことはおっしゃらなくて結構ですのに」
皮肉混じりの言葉に皮肉を返す。
「私は…」
突然、黙り込んでいたミシェル殿下が視線をさ迷わせながら口を開いた。
「私だって、ソフィアとよく話す方だと思うけれど」
「?まあ、そうですね」
彼の言葉の真意がわからず小さく首を傾げる。
「けれど、殿下とは婚約を解消しましたので。今は新しい婚約者候補の話をしているのですよ?まあ、候補としては微妙な顔ぶれでしたが…」
「微妙なのかよ」
「そう、だけど…運命なんて、不確かなものはこれからどうなるかわからない…それなら、万が一、億が一というこも、あるだろう」
なんとも自信なさげな言い方に思わず笑ってしまいそうだった。
「ふふ、運命の恋を見つけたなんて言って婚約を解消した人の言葉とは思えませんね。そんなことを言っていては、新しい婚約者の方が不安になってしまいますよ」
「…マリアンヌとは婚約してない」
「あら、いろいろと手続きに時間がかかるのですね」
「彼女とは、婚約しない」
きっぱりとそう言いきった殿下に驚いて目を丸くしてしまう。
「はい?」
「運命の恋なんて、私にはわからないし、信用できない相手を王子妃にするわけにはいかない…と、漸く冷静な判断ができるようになった。遅すぎるけれど」
「はあ、」
吹っ切れたようにつらつらと言葉を紡ぐ彼になんとも言えない思いだった。
私との婚約解消劇は一体何だったのだろう。
ともあれ、あの一件のおかげで私は未来の王子妃なんて大層な肩書きを捨てて、晴れて自由の身になったわけだけれど。
「だから」
「?」
「だから私も、婚活中だ!!」
第二王子は、ぎゅっと拳を握りしめながらそんなことを宣言するのだった。
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