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もう影なんてどこにもなかった。
しおりを挟むシンシアさんが連行され、殿下もこの大きな問題に対応するため王宮へと戻って行った。
国王陛下に報告の任務があるのだろう。
当事者の彼女が去ったというのに、重要参考人である私たちは、あの生徒会室に置き去りにされたまま。
勿論、寛大なミハイル殿下の配慮によって一時帰宅する案も出されたのだが、意外にもそれを拒絶したのは他でもないファルトだった。
「ファルト、私たちには状況がさっぱりだ。一体何が起こった…?シンシアは、どうして」
「貴方の様子がおかしいことはわかっています。ひどく動揺していることも。だけど、できれば、話していただきたい…」
レオナルド様とアイザック様が神妙な面持ちで口を開く。
「…わかっています。レオ先輩に、アイザック。今まで俺が断固として守ってきた秘密…こうなっちゃったらもう観念して口をわりますよ」
隣にいる彼は、半ば諦めたように視線を落とした。
「ファルト…」
ぎゅっと袖口を握る私に気づくと、穏やかに口角を上げる彼。
こんな時にも、気を使わせてしまった。
「秘密、と言っても、そのほとんどが先日あけすけにされてしまったばかりですけど。端的に言うと、俺の両親は俺の目の前で殺されました」
袖口から彼の手のひらに握る場所を変えると、やはりファルトだってとても平気なわけではなかったようで強く強く握り返される。
「当時九つだった俺の目の前で、母は生きたまま眼球をくり抜かれ、庇おうとした父は無惨にも切り殺されたんです」
「なっ?!」
「酷いことを…っ」
「俺の瞳、綺麗でしょう?」
簡単にそう言ってのける彼が一番、その琥珀色を憎んでいた。
____憎む他なかったのだ。
「綺麗だって、サラが言ってくれたから、だから今の俺がある。サラが好きな琥珀色だから、俺は俺を憎まずにいられる」
「ファルトも、ファルトの瞳も、全部全部大好きよっ…」
「知ってるよ。何万回も聞いたから」
愛の言葉を告げる度に、激情し怒りを顕にしたファルトに、それでも大好きを伝え続けたのは私のエゴだったのかもしれない。
だけど、彼を繋ぎ止める方法なんて他に思いつかなかったのだ。
「ケースの中、見えました?」
「え…?」
「俺のこれとそっくりだったでしょう?」
片目を指さして話す言葉に、生徒会の彼らが息を呑む。
「俺の、母さんです」
言葉を失うとは、こんなことを言うのだろう。
「先日殿下から闇オークションで取引されていることは聞いていましたが、まさかこうもあっさりと発見されるなんて」
「平気なのか…?」
そんなの、愚問だった。
ひんやりとした空気がこの場を包み込む。
「サラがいなかったら、多分発狂してた」
「強がり…?」
「うん、強がり」
やっぱり、私は早く家に帰りたい。
家に帰って温かい毛布にファルトをくるめて、四六時中そばに寄り添っていたい。
彼がもう何事にも苦しめられなくていいように。
「なんでサラの方が泣きそうなんだよ」
くすりと笑いを零す彼。
____泣いてるのは、貴方でしょう?
「闇オークションは、違法中の違法。足を踏み入れるだけで重罪だって言うのに、そんな場所で手に入れたものを馬鹿みたいにひけらかす人間がどうなるかは…レオ先輩もアイザックも、わかりますよね?」
「そんな…」
「シンシアはどうなるんでしょうか」
随分と彼女に肩入れしていた二人だから、ショックも大きいのだろう。
「…シンシアは、知らなかったんじゃ」
「知らなかったで済まされる話ではありません」
レオナルド様の言葉を遮って口を開く。
「故人を冒涜し、その家族まで傷つけるような行為がっ、知らなかったで済まされていいわけがないでしょう!!」
言っていて視界が滲む。
そうして、悔しいことに…
「シンシアさんは…わかってた」
そうでなければおかしいことがあるのだ。
「シンシア嬢の意図まではわからないけど、少なくとも彼女はケースの中のものがどういったものなのかは知っていたはずだよ。あれが俺の母の遺物だとわかっていたんだ」
「もしかしたら、レプリカで…たまたまファルトの瞳に似ていたから珍しかったのかもしれませんよ」
「違う」
ファルトも気づいたのだろう。
「学園に流れた噂の中に、俺やサラの家、そして王家意外知るはずのない事実があったんだ」
眉間にぐっと深い皺を寄せて彼が言葉を続ける。
「…俺の生家である侯爵家が狙われた理由が、母の瞳に関係していることは公にはされていない。そんなの、オークションで瞳を手に入れた人間しか知らないはずなんだ」
学園中に知れ渡ったファルトの秘密。
そうして、彼女がもつ琥珀色の瞳。
「シンシア嬢は全てを知っていて、彼女が俺の噂をばら蒔いた張本人でなければ辻褄が合わない」
事実確認はできていないけれど、彼女にも事情聴取の手が回るのだろう。
時期に真実がわかるはずだ。
「理由はさっぱりわからないけど、やっぱり俺は彼女が苦手だ。…はあ、こうなって初めて本心が言えた。サラとの憩いの時間を隙あらば邪魔されて、大変だった」
最後にそう口にして、ファルトは大きくため息をつくのだった。
ようやく肩の力が抜けたのかもしれない。
「これが俺の秘密の全てです。これだけ話したらもう、中途半端に気にかけるのはやめてくれますか?レオ先輩もアイザックも俺の地雷ばかり踏んで何度生徒会を辞めようと思ったか…」
やれやれ、なんて大袈裟な身振りをつけるファルト。
「本当に、悪かった」
生徒会の二人は黙って目を見合せて、先に口を開いたのは、レオナルド様だった。
「お前の過去に何かあることは気づいていた。気づいていたからこそ、無理に乗り越えさせようと随分と辛い思いをさせてしまった。そんなの私たちの身勝手に過ぎなかったというのに…」
「私からも、申し訳ありませんでした。生徒会の仲間だからと、踏み込んでいいラインを見誤りました。大事な役員で、尊重しなきゃならなかったのに…この生徒会室も、きっと貴方にとっては最早居心地の悪い場所になってしまっていましたね」
二人はそう言って深く頭を下げる。
「っ、否定はしませんけど…頭は上げてください。レオ先輩も、アイザックも。別にもう気にしてないですから」
過呼吸で倒れてしまったこともあるのに、それは少し甘いんじゃないかと私の方が悶々としてしまう。
ファルトは優しすぎる。
「きっと過去って、乗り越えるものじゃないんですよ。無理に拒絶することも、踏みつけることもせず、ありのまま受け止めて一緒に生きていくものだと、今はそう思えるから…だから俺は、もう大丈夫です」
ここが生徒会室でなければ、私はきっと彼を強く強く抱きしめてしまっていたことだろう。
代わりに、彼の手のひらを優しく握りなおす。
「どんな過去をもつ俺でも、世界で一番大好きだなんて言ってくれる可愛い人もいるので」
そう言って悪戯っぽく笑うファルトの表情には、もう影なんてどこにもなかった。
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