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琥珀色の行方②

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「…ファルト、大丈夫?」


ほとぼりも冷めやらぬまま学園に登校した私たちは、相も変わらず好奇の目に晒されていた。

ファルトを見つめてひそひそと囁き会う周囲にムッとする。



「平気だよ、俺は」


「無理はしないでね?」



気にしていないと言わんばかりに穏やかな笑みを見せる彼は、私なんかよりずっと落ち着いているように思える。

ファルトはなんだか、吹っ切れたような面持ちだった。







「ファルト様…!何も言わずに学園を休むんだから、すごく心配したんですよ!」


私たちの姿を見つけて、駆け寄ってきたのはシンシアさん。

後ろには、生徒会の面々も連なっている。




「シンシア嬢、久しぶり」


「今学園は、ファルト様の過去で持ち切り。ねえ、どうして私たちになんの相談もしてくれなかったんですか??知っていたら私たち…」



聞き耳を立てる周囲の生徒たちが見えないのか、彼女はつらつらと言葉を並べた。




「ねえファルト様、私たちは味方だから!だから早く元気を取り戻してくださいね」



「心配しなくても俺は元気だよ」


「強がらなくていいわ!そうだ、私ファルト様に取っておきのものを持ってきたんですっ。ねえ今から生徒会室に来てください!ファルト様にとってとても重要なものなの!」



ぐいぐいとファルトの腕を引くシンシア嬢を振り払って、ファルトは口を開く。




「生徒会室には、行かない。俺、今は精神的に少し不安定だから、誰よりも信頼できるソフィアから離れるとパニックを起こしそうなんだ」

「…え、そうなの?」


「うん、俺サラがいないとダメな体になっちゃった」



ぺろっと舌を出すファルト。

これは話半分に聞いていた方が良さそうだ。





「っ、へ…?だけど、いつまでもサラ様と一緒にいるわけにはいかないでしょう?」


「どうして?」


「ほらっ、サラ様だって、いつかはファルト様と離れてどなたかに嫁がなければならないわけだし!」



どこか必死なシンシアさんに、ファルトはつっけんどんな態度で言葉を返した。





「うん、俺のとこにね。サラと結婚するの、俺だから。誰にも渡すわけないでしょ」



そんな彼の宣言は、聞き耳を立てていた周りの人間にもばっちりと届いてしまったらしい。

おお!とかへえ、なんて言葉が至るところから聞こえてきて恥ずかしい。




「そんなっ、でも、サラ様は、ファルト様のこと男の人として好きなわけではないんですよね?!」


標的を変えたシンシアさんがこちらに向き直る。




「男の人として、と言うのが私にはよくわかりません。だけど、ファルトが私以外と、なんて考えたらゾッとします。ファルトのことを一番愛しているのは私だから、彼の隣にいるにはこの気持ちだけで十分なんじゃないかと…最近は、そう思うの」


「十分すぎるよ。とは言え、俺としては、男として見てもらえるように努力していくつもりだけど」



甘ったるい笑みを浮かべたファルトが、私の手を取って恭しく口付けを落とす。




「……それは、恥ずかしいからやめて欲しい」

「照れてるサラも可愛い」




今の彼は、砂を吐くような甘い甘いお砂糖だ。







「朝から元気だね~、お前たちは」



「殿下!」



「シンシア嬢も、ファルトはこれで結構頑固なところがあるから、今日のところは諦めた方がいいんじゃない?」




通りかかったミハイル殿下は、随分と遅めの登校らしい。

公務で忙しかったのだろう。





「でも、本当に私っ、ファルト様が喜ぶものを持ってきたんです!私だって同じ生徒会の仲間であるファルト様が心配で…」


目を潤ませてそう言う彼女に思わず眉が下がる。

こんな顔を見たら、なんだか我儘を言っているのはこちらのように思えてくるのだから不思議だ。




「だけど、お前の行為は、逆にファルトを苦しめてるんじゃない?」


「っ、そんな…ひどいです!」





「はあ、こっちも聞く耳持たないわけか~。じゃあさ、折衷案でこうしなよ。サラ嬢も一緒に生徒会室に案内したら?」



そんな提案にぱちぱちと瞳を瞬かせた。





「ファルトも、それならいいでしょ?」


「サラが気分を害さないか、不安です」


「それはファルトが守ってあげな~」




そんな殿下の言葉で、私たちは、生徒会室に足を運ぶのだった。








訪れたそこには、生徒会の面々が揃っていた。




「ファルト!今までどうしてたんだ?!」

「心配したんですよ」




「ご迷惑おかけしてすみません」


ぺこりと頭を下げるファルトに、役員の彼らがそれ以上何も言うことはなかった。





「どうして、彼女が…?」


私を見て顔を顰める彼らは正直だ。




「…シンシアをぶった人でしょう」


「アイザック様もレオ様も、私は気にしてませんからっ。それに、きっとサラ様も反省してくださってるはずです」



そんなことを言われては居た堪れない気持ちになってしまうけれど、シンシアさんをぶったのは事実だった。

あれは、私が悪い。




「サラ、そんな顔しないで?サラは俺のために怒ってくれたんでしょ」


「ファルト…」



「シンシア嬢も気にしてないって言ってるんだから、サラがいつまでもそんな顔してたら彼女にも悪いんじゃない?ね、シンシア嬢」


「え、ええっ…そうですよ、サラ様!」




なんだか強引に場を収めてしまったファルトにぷっと小さく吹き出すミハイル殿下。


これ以上深堀りしてもよくないのかもしれない。






「で、見せたいものって何?」



「ふふ、ファルト様驚きますよ!」




彼女はにこにこと笑って、小さな手提げ袋を開く。




中から出てきたガラスケースから透けているのは、宝石だろうか?

_____それは、きらきらと輝く琥珀色。




彼女は、ゆっくりとケースの蓋を開けた。







_____時間が止まる。



誰かが息を呑んだような音。








ファルトは、ファルトは平気だろうか。





震える手で握った彼の手は、私のものよりもずっと震えていた。






「セバス」


ミハイル殿下の声に反応したのは、彼の後ろに控えていた側近の一人。


「オデット男爵の身柄を拘束し、洗いざらい吐かせろ。それに伴い、男爵の身内は逃亡できないよう罪が露になるまで自宅に軟禁とする」



「承知致しました」


温度のない言葉に、何が起こっているのかわからない面々。



この状況を理解しているのは、殿下とその側近、そして私とファルトだけだろう。








側近の手によって再びケースに戻されたそれは、すぐにファルトの目に入らないところに移される。






見えたのは、ほんの一瞬。






だけどあれは、








持ち主が死してなお、輝きを失わない、琥珀色の瞳。








「ファルト、ねえ、ファルト!」


視線の焦点の合わない彼に、必死に言葉をかける。





「お願い、私を見て…!」


「っ、サラ…俺」





「大丈夫、大丈夫だからね。今はショックが大きいと思うけれど…ファルトは一人じゃない。私も一緒に抱えるから、」


「うん…サラ、ありがとう」




震える背中を摩って、息を整えさせる。









「っ、離して!なんなの?!ちょっと!!」



「シンシア!?」

「殿下、これは一体…!」





家に帰りたい。


ファルトと私と、優しい家族のいるあの家に。





_____心からそう思った。









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