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不出来な弟② Sideファルト
しおりを挟む気が付くと生徒会室のソファに横たわっていた。
…過呼吸になって意識を失ったのか。
部屋は静まり返っていて、シンシア嬢を初めとする役員の三人の姿はない。
その代わりに珍しい人物が部屋の奥に置かれた重厚な執務机の前に座っていた。
「あ、起きた~?」
「…ミハイル殿下」
学園の生徒会長でもある彼は、手元の書類を置いて、目が覚めた俺に声をかける。
少し驚いた。
俺の中の殿下はわざわざ気絶した後輩を待ってくれるような情に厚い人ではない。
…生徒会室に用事でもあったのだろうか。
「あの、他のみんなは…」
「あ~、なんかピィピィうるさかったから帰らせたけど?」
「そうですか」
正直助かった。
「で、今は弱っちい後輩の意識が戻るのをわざわざ待ってたんだよね~。ということでおはようファルト、気分はどう?」
「…申し訳ありませんでした」
「別にいいよ~。お前結構働くし」
…ちゃんと仕事してて良かった。
「居心地悪い?最近」
殿下は忙しくてあまり学園に来れてはいないが、それでいて結構学園の内情は理解しているようだった。
勿論生徒会のことだって。
「あの女、うざい?あいつらがどうしてもって言うから、士気も高まるならいいかな~って思ったんだけどさぁ…なんか可愛い後輩がボロボロになってるじゃん?こんな風にぶっ倒れて仕事の効率が悪くなるなら考えものだな~って」
頬杖をつきながらそんなことを言う。
「…彼女を今更どうにかしたらレオ先輩やアイザックが黙ってないのでは?」
「う~ん、黙らせるよ?」
そりゃあ王太子であるミハイル殿下に逆らえる人間はいないが…
「最近さぁ、シンシアに好意を抱いて暴走する人間がやけに多いなぁって思って。婚約者がいる男まで彼女に溺れてるんだから本当情けないよね~」
「…すごいですね」
「そんなに魅力的な子には見えないんだけど、この学園では珍しく淑女らしくないっていうか…無邪気でズケズケと入り込んでくるところに一定数の人間が惹かれているってのも事実なんだよね」
…本当に、よく見えてる。
何度も言うがほとんど学園に来ていないくせに。
怖いくらいだ。
「…だったら尚更、その惹かれているという男性陣を黙らせるのも骨が折れるのでは?」
「ま、そうなんだけどさ~。面倒なことは嫌いだし…でも、可愛い後輩が困っいる所を放っておく程私も薄情じゃないよ?」
「…意外です」
「お前も案外言うねぇ?」
殿下は俺の生意気な言葉に心底面白そうな笑みを浮かべた。
「まだ、耐えれそ~?」
「…大丈夫です」
本当にギリギリだけど、サラがいるから頑張れる。
だけど、そろそろ限界も近い。
彼女に迷惑はかけたくないのに、きっと俺は今日もサラの元を訪ねるのだ。
…サラに会いたい。
「シンシアやレオ達がこそこそ嗅ぎ回ってるみたいだけど、安心していいよ~。お前の秘密は私が絶対に掴ませたりしないから」
少し驚いた。
「…殿下は、知ってるんですね」
「曲がりなりにも王太子だからね~。あの事件はどうもきな臭い。私達王家も真相の究明に務めているよ。残念ながら未だに何のしっぽも掴めていない現状が情けないけどねぇ」
考えてみると王族の彼が知らないはずはなかった。
「でもね、これはまだ確信ではないけど…そろそろ動きそうだよ」
「え…」
「君の母親の瞳の所在が、掴めたかもしれない」
ドクンと心臓が高鳴るのがわかった。
もう何年も何年も進展がなかった事件の真相が、ようやく日の目を見るのか…
期待と共に一抹の不安が過ぎる。
もしもその期待を裏切られたら…俺は今度こそ狂ってしまうかもしれない。
「…っ、どこにあるんですか、母の目は」
「それは、まだ言えない。だけどもうすぐだ。きっとお前の望むようになるよ」
「…そうですか」
何も出来ない自分が歯がゆい。
「っ、くそ…」
唇をきつく噛み締めると鉄臭い血の味が口内に広がった。
乱れ始めた呼吸を必死に整える。
「ファルト、落ち着け。大丈夫だから。お前の両親の仇はこのミハイル・ローゼンの名にかけてきっと討ち取ると誓う」
「っ、殿下…」
「とは言え、こんな口先だけの言葉では到底安心できないだろうし…君はさっさと最愛の幼馴染に慰めてきてもらったらいいんじゃない?」
先程までの真剣そうな雰囲気を一変させ、殿下は悪戯な笑みを浮かべてそんなことを言った。
「国の闇は一掃しないとね~。まっ、私を信じなよ?」
「…お願いします、殿下」
こんなにふざけた人間なのに、どうしてか彼の言葉は信頼できる。
この人にかけるしかないと思った。
「ではお言葉に甘えて、俺はサラのところに行ってきます…殿下もお気をつけて」
「は~い、行ってらっしゃい。存分にイチャついてきな?」
俺は急いでチェインズ公爵家に足を運んだ。
思いのほかストレスが溜まっていたのか、サラを見るや否や暴走して弱さばかり見せてしまう俺を、彼女はその優しさで包み込んでくれた。
サラがいれば大丈夫だと思った。
なのに
日頃の鬱憤を晴らすように甘えまくった帰り際、彼女に言われた言葉が胸に突き刺さる。
どことなく表情を曇らせる彼女が自分と離れることを寂しがっているのだと思ったのだ。
「サラ、どうしたの?寂しい?」
そう尋ねた俺に、彼女は残酷な言葉を返した。
「弟が姉離れしていく感じだわ」
その瞬間、シンシアに言われたことが頭を過ぎった。
『サラ様の方も、ファルト様を弟のように思われてるんですねきっと。ずっと一緒に育ったと言うのなら、お二人はもう姉弟のようなご関係なのですか?』
『サラ様はファルト様を弟の様に思われているのでは?ほら、だから必要以上にファルト様に干渉するのだと思います』
そんな言葉がどれほど俺の胸を貫いたか、目の前の彼女には知る由もないだろう。
サラにだけは面と向かってそんなことを言って欲しくなかった。
勿論、彼女に甘えてばかりの俺自身のせいで、必要以上にそう思われてしまったという自覚もある。
…結局俺は理不尽に彼女を傷つけた。
「俺はシンシアを虐める様な人の弟じゃないよ」
最低だ。
そんなこと思ってもないくせに。
彼女を傷つけるためだけに発せられたそんな言葉が自分の口から出たものだなんて信じたくなかった。
彼女はひどく傷ついた様な顔をして、おやすみの挨拶を告げるとすぐに、俺を一瞥することもなく屋敷の中に戻っていくのだった。
…嫌われたかもしれない。
ごめん、サラ。ごめんなさい。
咄嗟に伸ばした手は彼女に届くことなくだらりと情けなく落ちていった。
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