8 / 13
不出来な弟② Sideファルト
しおりを挟む気が付くと生徒会室のソファに横たわっていた。
…過呼吸になって意識を失ったのか。
部屋は静まり返っていて、シンシア嬢を初めとする役員の三人の姿はない。
その代わりに珍しい人物が部屋の奥に置かれた重厚な執務机の前に座っていた。
「あ、起きた~?」
「…ミハイル殿下」
学園の生徒会長でもある彼は、手元の書類を置いて、目が覚めた俺に声をかける。
少し驚いた。
俺の中の殿下はわざわざ気絶した後輩を待ってくれるような情に厚い人ではない。
…生徒会室に用事でもあったのだろうか。
「あの、他のみんなは…」
「あ~、なんかピィピィうるさかったから帰らせたけど?」
「そうですか」
正直助かった。
「で、今は弱っちい後輩の意識が戻るのをわざわざ待ってたんだよね~。ということでおはようファルト、気分はどう?」
「…申し訳ありませんでした」
「別にいいよ~。お前結構働くし」
…ちゃんと仕事してて良かった。
「居心地悪い?最近」
殿下は忙しくてあまり学園に来れてはいないが、それでいて結構学園の内情は理解しているようだった。
勿論生徒会のことだって。
「あの女、うざい?あいつらがどうしてもって言うから、士気も高まるならいいかな~って思ったんだけどさぁ…なんか可愛い後輩がボロボロになってるじゃん?こんな風にぶっ倒れて仕事の効率が悪くなるなら考えものだな~って」
頬杖をつきながらそんなことを言う。
「…彼女を今更どうにかしたらレオ先輩やアイザックが黙ってないのでは?」
「う~ん、黙らせるよ?」
そりゃあ王太子であるミハイル殿下に逆らえる人間はいないが…
「最近さぁ、シンシアに好意を抱いて暴走する人間がやけに多いなぁって思って。婚約者がいる男まで彼女に溺れてるんだから本当情けないよね~」
「…すごいですね」
「そんなに魅力的な子には見えないんだけど、この学園では珍しく淑女らしくないっていうか…無邪気でズケズケと入り込んでくるところに一定数の人間が惹かれているってのも事実なんだよね」
…本当に、よく見えてる。
何度も言うがほとんど学園に来ていないくせに。
怖いくらいだ。
「…だったら尚更、その惹かれているという男性陣を黙らせるのも骨が折れるのでは?」
「ま、そうなんだけどさ~。面倒なことは嫌いだし…でも、可愛い後輩が困っいる所を放っておく程私も薄情じゃないよ?」
「…意外です」
「お前も案外言うねぇ?」
殿下は俺の生意気な言葉に心底面白そうな笑みを浮かべた。
「まだ、耐えれそ~?」
「…大丈夫です」
本当にギリギリだけど、サラがいるから頑張れる。
だけど、そろそろ限界も近い。
彼女に迷惑はかけたくないのに、きっと俺は今日もサラの元を訪ねるのだ。
…サラに会いたい。
「シンシアやレオ達がこそこそ嗅ぎ回ってるみたいだけど、安心していいよ~。お前の秘密は私が絶対に掴ませたりしないから」
少し驚いた。
「…殿下は、知ってるんですね」
「曲がりなりにも王太子だからね~。あの事件はどうもきな臭い。私達王家も真相の究明に務めているよ。残念ながら未だに何のしっぽも掴めていない現状が情けないけどねぇ」
考えてみると王族の彼が知らないはずはなかった。
「でもね、これはまだ確信ではないけど…そろそろ動きそうだよ」
「え…」
「君の母親の瞳の所在が、掴めたかもしれない」
ドクンと心臓が高鳴るのがわかった。
もう何年も何年も進展がなかった事件の真相が、ようやく日の目を見るのか…
期待と共に一抹の不安が過ぎる。
もしもその期待を裏切られたら…俺は今度こそ狂ってしまうかもしれない。
「…っ、どこにあるんですか、母の目は」
「それは、まだ言えない。だけどもうすぐだ。きっとお前の望むようになるよ」
「…そうですか」
何も出来ない自分が歯がゆい。
「っ、くそ…」
唇をきつく噛み締めると鉄臭い血の味が口内に広がった。
乱れ始めた呼吸を必死に整える。
「ファルト、落ち着け。大丈夫だから。お前の両親の仇はこのミハイル・ローゼンの名にかけてきっと討ち取ると誓う」
「っ、殿下…」
「とは言え、こんな口先だけの言葉では到底安心できないだろうし…君はさっさと最愛の幼馴染に慰めてきてもらったらいいんじゃない?」
先程までの真剣そうな雰囲気を一変させ、殿下は悪戯な笑みを浮かべてそんなことを言った。
「国の闇は一掃しないとね~。まっ、私を信じなよ?」
「…お願いします、殿下」
こんなにふざけた人間なのに、どうしてか彼の言葉は信頼できる。
この人にかけるしかないと思った。
「ではお言葉に甘えて、俺はサラのところに行ってきます…殿下もお気をつけて」
「は~い、行ってらっしゃい。存分にイチャついてきな?」
俺は急いでチェインズ公爵家に足を運んだ。
思いのほかストレスが溜まっていたのか、サラを見るや否や暴走して弱さばかり見せてしまう俺を、彼女はその優しさで包み込んでくれた。
サラがいれば大丈夫だと思った。
なのに
日頃の鬱憤を晴らすように甘えまくった帰り際、彼女に言われた言葉が胸に突き刺さる。
どことなく表情を曇らせる彼女が自分と離れることを寂しがっているのだと思ったのだ。
「サラ、どうしたの?寂しい?」
そう尋ねた俺に、彼女は残酷な言葉を返した。
「弟が姉離れしていく感じだわ」
その瞬間、シンシアに言われたことが頭を過ぎった。
『サラ様の方も、ファルト様を弟のように思われてるんですねきっと。ずっと一緒に育ったと言うのなら、お二人はもう姉弟のようなご関係なのですか?』
『サラ様はファルト様を弟の様に思われているのでは?ほら、だから必要以上にファルト様に干渉するのだと思います』
そんな言葉がどれほど俺の胸を貫いたか、目の前の彼女には知る由もないだろう。
サラにだけは面と向かってそんなことを言って欲しくなかった。
勿論、彼女に甘えてばかりの俺自身のせいで、必要以上にそう思われてしまったという自覚もある。
…結局俺は理不尽に彼女を傷つけた。
「俺はシンシアを虐める様な人の弟じゃないよ」
最低だ。
そんなこと思ってもないくせに。
彼女を傷つけるためだけに発せられたそんな言葉が自分の口から出たものだなんて信じたくなかった。
彼女はひどく傷ついた様な顔をして、おやすみの挨拶を告げるとすぐに、俺を一瞥することもなく屋敷の中に戻っていくのだった。
…嫌われたかもしれない。
ごめん、サラ。ごめんなさい。
咄嗟に伸ばした手は彼女に届くことなくだらりと情けなく落ちていった。
0
お気に入りに追加
339
あなたにおすすめの小説
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

愛人をつくればと夫に言われたので。
まめまめ
恋愛
"氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。
初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。
仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。
傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。
「君も愛人をつくればいい。」
…ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!
あなたのことなんてちっとも愛しておりません!
横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。
※感想欄では読者様がせっかく気を遣ってネタバレ抑えてくれているのに、作者がネタバレ返信しているので閲覧注意でお願いします…

婚約破棄、国外追放。もうダメかと思いましたが、逃げた先の国の王子と関係が進みました。
冬吹せいら
恋愛
伯爵令嬢――リラ・カルメ―は有りもしない噂を流され婚約破棄されてしまった。
さらには国外追放までされてしまうが、逃げた先の国でのとある出来事をきっかけに、王子と親密な関係になる。
王子の提案で国に戻り――自分を国から追い出した公爵家、さらにはその仲間たちを倒し、国を平和にすることを誓うのだった。

やさしい・悪役令嬢
きぬがやあきら
恋愛
「そのようなところに立っていると、ずぶ濡れになりますわよ」
と、親切に忠告してあげただけだった。
それなのに、ずぶ濡れになったマリアナに”嫌がらせを指示した張本人はオデットだ”と、誤解を受ける。
友人もなく、気の毒な転入生を気にかけただけなのに。
あろうことか、オデットの婚約者ルシアンにまで言いつけられる始末だ。
美貌に、教養、権力、果ては将来の王太子妃の座まで持ち、何不自由なく育った箱入り娘のオデットと、庶民上がりのたくましい子爵令嬢マリアナの、静かな戦いの火蓋が切って落とされた。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。


【完結】少年の懺悔、少女の願い
干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。
そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい――
なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。
後悔しても、もう遅いのだ。
※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。
※長編のスピンオフですが、単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる