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不出来な弟 Sideファルト

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Side ファルト

■□▪▫■□▫▪■□▪▫


生徒会室にはアイザックだけだった。

いつも俺より先に集まっているはずのシンシア嬢やレオ先輩がいないことを少し不思議にも思うが、そんな時もあると対して気にしてはいなかった。


そもそも生徒会長であるこの国の王太子ミハイル殿下すら何かと忙しくてほとんど参加できていないのだから、こんな風に頻繁に集まる必要はないと思うのだけど。


確かに役員の仕事はやりがいもあるが、みなそれぞれ予定があるのなら最低限の業務は各自で行う方が効率が良いのではないか。


「遅れてごめんなさいっ」

遅刻して、申し訳なさそうな表情で入ってきたシンシア嬢と違ってレオ先輩はいかにもな不機嫌面を隠しもしない。

何かあったのだろうか。


「サラ様に呼び出されてしまって…」

「サラ?」


昨日倒れたばかりということもあって、何か自分のために彼女が無理をしているのではないかと不安になる。


「私がファルト様と親しくすることをよく思っていないみたいで…殴られてしまいました」

眉を下げてそんなことを言う彼女にレオ先輩だけでなくアイザックまでピリつき出すのがわかった。


…これではサラは完全に悪者だ。


「サラは俺の交友関係に口を挟んだりしないと思うんだけど…何か誤解があるんじゃ」

「現にシンシアは殴られてるんだ。いい加減お前も幼馴染を盲信することはやめろ!」


レオ先輩の言葉にカチンと来る。

盲信って、どう意味だろうか。


「俺はサラと生まれた時からずっと一緒に育ちました。彼女の人柄はここにいる誰よりも知っています。それを踏まえて何か誤解があるんじゃないかと言っているんです」

「信じたくないのはわかるけど…サラ様は本当に私が気に入らなくて私に手を出したんです…けれど、こんなこと幼馴染のファルト様にお聞かせする話ではありませんでした。ごめんなさい、ファルト様」


健気さを押し売りするようにそう言うシンシア。

彼女には特に嫌悪も好意も感じたことはなかったが、サラを貶めようとするなら話は別だ。


「その頬の傷は確かにサラがつけたのかもしれない。それは俺からも謝罪するよ」

「そんな、ファルト様が謝ることではありませんっ!これはサラ様が私に嫉妬して勝手に…」

わざとらしく俺の謝罪をはねつけ、サラを貶すような言葉を吐く彼女を遮るように口を開く。

「それでも、俺はサラがシンシア嬢の言う様な身勝手な理由で誰かを傷つけたりなんかしないってわかってるから。これ以上サラを侮辱することは許さない」


はっきりそう告げる俺をレオ先輩やアイザックは嫌悪の籠る瞳で見つめていた。

シンシア嬢は一度驚いたように目を見開いたが、すぐにいつもと変わらない笑顔を浮かべる。



「やっぱり、サラ様とファルト様は深い絆で結ばれていますね。素敵ですっ、サラ様の悪い部分も含めて、受け止めて慕っているんですね」

悪い部分という言葉が気になったが、概ねその通りなので口を挟むことはなかった。


「サラ様の方も、ファルト様を弟のように思われてるんですねきっと。ずっと一緒に育ったと言うのなら、お二人はもう姉弟のようなご関係なのですか?」

「サラと俺は同い年だけど」


俺自身気にしていることを指摘されてしまって気分が悪くなる。

サラが俺を弟としてしか見ていないことなんてわかりきっていた。


それでも、たまにその関係が心底嫌になる時がある。


俺はサラを姉のように思ったことなんて一度もない。

サラの前ではただの男でありたかった。



「だけどサラ様は弟の様に思われているのでは?ほら、だから必要以上にファルト様に干渉するのだと思います」


「必要以上の干渉?それを俺が受け入れているのなら別に構わないと思うけど」

男として見られていなくても、サラに甲斐甲斐しく世話を焼かれるのは嫌いじゃない。

過度の接触を拒絶されないのだって役得だと思っている部分もある。


「けど、サラ様といつまでも一緒じゃファルト様は前に進めませんっ…私はファルト様に過去を乗り越えてほしくて…未だにファルト様は私達にすら、詳しいことを話せないでいます…このままファルト様を放っておくことなんて私には…っ」


いつの間にか瞳に涙を浮かべながらそんなことを言うシンシアに頭が痛くなる。


「乗り越える程の壮絶な過去なんてないよ」

「嘘!だったらどうして私達に何も話してくれないの…?私はファルト様を助けてあげたいんですっ…皆も同じ気持ちでしょう?」


ちらりと彼女が周りを見ると、レオ先輩やアイザックまでこくこくと頷き始める始末だ。

彼らに至っては好意を寄せる彼女に話を合わせているだけのように思える。



「ねえ、何があったんです…ファルト様っ」


何があったかなんて、どうして出会って間もない彼女に話さなければならないのか。


だけど、このまましつこく言及され続ければ俺はいつか本当に狂ってしまう気がする。



「ファルト様…ファルト様のご両親は、亡くなられたんでしたよね?ファルト様に似て素敵な方でしたか?それに、その綺麗な琥珀色の瞳…きっとご両親のどちらかから譲り受けたものですよね」


「っ…やめてくれ!」


そっとこちらに伸びてくる手を反射的に振り払ってしまった。


「きゃっ」

「ファルト!何するんだ!」

「ファルト、シンシアはあなたのために」



生徒会の彼らが何か言っているがどこか他人事のようにその声は頭に入ってこない。


母親譲りの琥珀色の瞳


俺がどれだけこの瞳を呪ってきたか、彼女は知らない。

ここにいる彼らは、知らないんだ。



この瞳のせいで両親は死んだ。

幼かった俺が全てを詳細に覚えているわけではないが、幼い俺を庇って両親は殺された。


俺や母の瞳がもしも平凡な茶色や青色だったら、こんなことにはならなかったはずだ。


俺の目の前で殺された彼らの最期の姿が目に焼き付いて離れない。


「っ、ハァ、ハァ」


呼吸が苦しくて視界はどんどん霞んでいくのに、脳裏に焼き付いた二人だけはより一層鮮明に見えてくる。


彼らは血だらけになりながらも必死に自分を殺そうとする人間にしがみついて、俺が逃げるための足がかりとなってくれた。

父の凛とした碧眼と、母の悪戯に片方だけくり抜かれた琥珀色の瞳は、後方の様子を気にしながら逃げる俺を最期までじっと見つめ続けていた。



俺は自分のせいで犠牲になった両親を見捨てて、一人のうのうと生き残って…



ごめん、ごめんなさい…父さん、母さん。



「さ、ら…ハァ、っ、ふっ」

呼吸が苦しくなっていよいよ視界が真っ黒に染まりかける。

「ファルト様っ!?」

「ファルト!!どうしたんだ!」

「…過呼吸ですね。ファルト、しっかりしてください」


息ができない。


この症状はもう何度も経験しているのに、未だに慣れない。


…サラに会いたい。



「久しぶりに顔出してみたら、いったい何の騒ぎ~?」


最後に耳にしたのは、聞き覚えのある間延びした声だった。





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