公爵令嬢は学園生徒会から幼馴染を全力で守りたい。

のんのこ

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憔悴と慈愛

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邸に帰り生徒会の集まりを終えてやって来るはずのファルトをぼんやりと待っていた。


大丈夫かな、なんて思いながら学校の課題にペンを走らせる。

今日の課題が全て終わってしまってもファルトはなかなか訪れなかった。


特段生徒会が忙しい時期とは思えないけど、何か必要業務があるのかもしれない。

不安ではあるが、気長に待とう。



そうしてファルトがやって来たのは、いつもよりずっと遅いそろそろ湯浴みでもしようかという時間帯で、

本来なら非常識とも言える訪問だったが、この家の人間は誰一人としてファルトを拒絶することはない。


彼は追い返されることも無く、すんなりと私の部屋までたどり着くのだった。


コンコン

ノック音が聞こえて扉を開ける。


「おかえりファルト」

「うん…ただいまサラ」


いつもより数段か細い声に思わず眉を寄せる。



「ファルト、何かあった?」

「別に、特に何かあったわけじゃないから心配しなくて大丈夫だよ」


「伊達に幼馴染やってないよ、私。弱ってるファルトに気づかないほど馬鹿じゃない。お願いだから、心配くらいさせて?」

「でも、あんまり心配かけるのもかっこ悪いと思って」


…そういう問題じゃないでしょう。


冗談めかしてそういうファルトだけど、顔色は血の気がなく真っ白で、額は汗でじんわりと湿っていた。

呼吸も少し上がっている気がする。

これは本格的につらそうだ。



「やっぱり食事だけじゃダメみたい」

彼にしっかりした睡眠をとらせるにはどうしたらいいのだろうか。


私は無言でファルトの手を引く。



「っ、サラ…も、無理、かも」

背後からそんな声が聞こえた。


振り返ると彼のしなやかな体が私の方へと倒れ込んでくる。


いくら細身だからと言ってもファルトだってやはり男の子である。

彼を支えきることなんて到底不可能で、私はファルトともども部屋の床に倒れ込んでしまうのだった。


「っ、いたた…」


庇うように倒れたからファルトに目立った怪我なんかは無いようだけど、彼はそのまま意識を失ってしまっていた。

…しんどかったんだね。



「誰か、誰か来て!手伝って欲しいの!」


廊下に聞こえるように叫ぶとパタパタと慌ただしい足音が聞こえてくる。


「お嬢様、どうされました!?」

「ファルトが倒れてしまったの。ベッドに運びたいから誰か男手を呼んできてくれる?」

「はいただ今!」


メイドは慌てて部屋を後にした。


そっとミルクティ色の頭を撫でると少しだけ呼吸が安定した気がする。



「ファルト、無理ばかりしたら壊れちゃうんだからね…」


どうか、神様お願いします。

ファルトにばっかり試練を与えすぎないでください。


乗り越えられる試練しか与えないとは言っても人には人のペースってものがあるんです。



「サラ、ファルトが倒れたって聞いたが」


予想外にもメイドに呼ばれてやって来たのは兄のラルフだった。

きっとたまたま通りすがったのだろう。



「ええ、私だけではベッドに運べなくて…」

「お前のベッドでいいのか?」

「はい。今日は私が看病します」


そう言うとラルフ兄様はいとも簡単にファルトを抱えあげ私のベッドにそっと横たえた。


「ファルトのことよろしく頼む。私もできる限りのことはするが、ファルトがなんだかんだ一番心を開いているのはサラだからな…」

「ふふっ、寂しいんですか?」

「別に。末っ子がしっかり救われてくれるのなら誰が相手でも構わないさ」


ラルフ兄様だってやっぱりファルトを弟のように可愛がっているのだ。

本当にこの家の人はファルトを大切にしていると思う。


私だって言うまでもないし、両親だって下手をすると実の息子娘よりも彼を溺愛している節がある。


本当に、愛され上手の末っ子だ。



「何か用意するものはあるか?」

「では温かいお湯とタオル、あとファルトが起きた時のためにお粥を作っておくように頼んで来てもらえますか?」


「わかった」


しばらくして、ラルフ兄様は自らお湯の入った桶とタオルを運んできてくれた。

てっきり使用人にお願いすると思っていたが彼も何かしていないと落ち着かないのかもしれない。



「で、お湯とタオルを持ってきたが、まさかお前…」

「ん?ファルトが汗をかいているようでしたから、拭いてあげるんですよ?」


私がそう言うとラルフ兄様は驚愕したように目を見開いた。



「馬鹿かお前はっ!!!」

「妹に向かって馬鹿とはなんですか!ファルトにはそんなこと言わないくせに!差別です!」


やっぱりこの兄は妹なんかよりもずっと弟を可愛がっている気がする。

贔屓だ!



「どこの世界に年頃の男の体を拭いてやる淑女がいるんだ!!」

「ファルトは家族だから平気だわ!」


「…ちなみに、どこまで拭く気だ?」

「どこって、全部ですけど」

「っ、いたっ、何するんですか!」

兄に頭をはたかれた。わけがわからない。


「やっぱり兄様は私に冷たいです!ファルトのことはあんなに甘やかすくせにっ!」

ぷんぷん怒ってそう言うと彼は深いため息をついて口を開いた。


「それはお前のせいでいつもファルトが不憫な目に合ってるからだろ。今だってファルトは大切な尊厳を失いかけたんだぞ」

「…尊厳?」


「お前に言ってもわからん。私はファルトがただただ哀れでならない…」

片手で顔を覆って項垂れるラルフ兄様。


なんなんだ。



「とにかく、体を拭くのは使用人に任せてお前はそれが終わってからそばにいてやるといい。わかったな」

「……わかりました」


別にそれは構わないけど、有無を言わせないラルフ兄様の態度には少しムッとする。


「ファルトも子どもっぽいところはあるが、サラの方こそ大概だな」

「そうやって意地悪ばかり!」


兄様は私を見つめてもう一度わざとらしいため息をつくと、使用人を呼びに部屋を後にした。


ファルトの汗を拭き終わって使用人が出てくると私は入れ替わるように中に入る。



ソファの隣にスツールを持ってきて座った。


先程より随分と落ち着いた寝息に安心する。



「…とっくに限界なんて超えてるくせに」


サラサラの髪の毛をそっと撫でる。


こんなに傷つくなら生徒会なんてもう辞めてしまえばいいのに。

ファルトを傷つける方々のところへなんか言って欲しくない。


だけど、それは単なる私のわがままで、ファルトは役員として努力しているし、やりがいを感じで働いているのだろう。


せめて、彼のこと少しでも理解してくれたら…



「んっ…サラ…?」

「…ごめん、起こしちゃった?」


撫で続ける私の手がくすぐったかったのだろうか。申し訳ないことをした。

すっと手をひく。



「…そのままでいい。サラの手安心する」

「そう」


「ごめん、倒れるとは思わなかったんだ。まだ大丈夫だと思った」

「そっか」


バツの悪そうなファルトに黙って頷くと彼は少しだけ口角を上げて言葉を続ける。


「最近の俺、かっこ悪いとこばっか」

無理やり貼り付けたような笑顔に胸が痛んだ。


「確かにね」

「…否定してくれないんだね」


「ファルトが言ったんでしょ。でも、別に、かっこ悪くてもいいんじゃない?」


甘え上手で少し弱っちくて、誰よりも優しい、そんなファルトが私も、公爵家のみんなも大好きなのだから。



「ファルトはそのままでいいんだよ。大丈夫だから。それにファルトが成長していないなんてことは有り得ない…ちゃんと、私がわかってる。それはラルフ兄様だって父様や母様だって知ってるわ」

「…ありがとう」


ファルトの綺麗な琥珀色の瞳から透明な雫がこぼれ落ちる。


弟のような彼がこのまま弱っていくのを、私はこれ以上黙って見ていられなかった。






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