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過去の傷

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ファルト・ロレンスの半生は、第三者が不躾に触れていいような生半可な生い立ちではなかった。


これはまだ、ファルトがロレンス姓ではなく、セルゲイ侯爵家の一人息子として生きていた時の話だ。


両親同士が学園時代からの親友だったこともあり、物心ついた時にはもう私や兄であるラルフ兄様の隣にはいつもファルトがいた。

仲の良い兄妹弟きょうだいのように育ったのだ。



悲劇が起こったのは、私とファルトが七歳になろうとしていた冬のことだった。

その日湯浴みを終えてぐっすりと眠っていた私は、深夜だというのにどこか騒がしい屋敷に目を覚ましてしまった。


「…メリー、何かあったのぉ?」


眠たい目を擦りながらパタパタと廊下を急いでいた侍女を呼び止める。



「お、お嬢様!?目が覚めてしまったのですね!なんでもありませんから、もうお休みになられてくださいませっ!」

彼女はどこか焦っているようで、何故か私はどうしようもない不安にかられるのだった。


「あ、ちょっ、サラお嬢様!!」


呼び止めるメリーを無視して騒がしい方へと一目散に駆ける。

廊下を走り続けると、どうやら騒ぎの中心は客室のようだった。


開いていた扉からそっと中を除くと、大きなベッドを囲むように、父や母、使用人が数名…そして見られないおじさんがせっせと何かやっている。

…白衣を着ているから、お医者様?


目を細めてじっくり見つめると、ベッドの上に小さなミルクティ色の頭が見えた。



「…っ、ファルト!?」


「サラ!?何してるんだ!眠っている時間だろう!?」

父がこちらを振り返り慌ててファルトを隠すように私の前に立ちはだかる。


お医者様がせっせと手当をしているのはファルトだった。



「ファルト、怪我してる…なんで?なんでファルト…っ、やだよぉ…ひっく」

父をすり抜けてベッドに駆け寄る。

間近で見た彼の顔は真っ青で、今にも儚く消えてしまいそうだった。



「ふぁるとぉっ、けがっ、血でてるっ」

「大丈夫よサラ、お医者様がしっかり治療してくれているわ。朝になったらファルトもちゃんと目を覚ますから、その時にサラが眠っちゃってたらファルトが寂しがるわよ?」

「そうだよサラ。ファルトが目を覚ましたら起こすから、今日はもうおやすみ」


大した説明もされず強引に部屋に戻され、泣き続けた私は気がつくと眠ってしまっていた。


そして翌日には起きているだろうと思われたファルトはそれから三日眠りから覚めず、私は彼の横たわるベッドから四六時中離れなかったのだった。



目が覚めたファルトはひどく混乱していた。


「っ、父さん、母さん…やめてっ、いやだっ、おいてかないでっ、うわぁぁぁあああ!!!」

昼夜問わず長い癇癪が続き、身体の傷は塞がっても彼の心の傷が癒えることはなかった。


叫び続けて声は掠れ、時には自ら体中を掻きむしって傷を増やしていた。

泣き腫らした瞳は常に赤く、眠ることすらできず日に日に濃くなっていくクマが痛々しい。



「父さんっ、母さん…どこにいるのっ」

「ファルト…サラがいるよ…サラがずっといっしょにいるからっ」

両親を求めて泣く彼と共に涙を零し続けた。



「ぼくのせいでっ、父さんと母さん…殺されちゃった…ぼくが、しらない人についていこうと、したからっ」

「ぼくの目が人とちがうから…たかく売れるって…」

「母さんも、おなじ色だからっ、母さんっ母さんの目、とられてっ…母さんすごくいたそうでっ、ふっ、うぇ、おぇっ」


癇癪を起こすファルトの言葉を拾い集めて、両親は事件の真相を探った。

そうしてわかったことは、彼の琥珀色の瞳が裏社会で高値で取引されていること。

そのため、ファルトやその母親は以前から目をつけられており、あの日ついに計画が実行に移されてしまったこと。


彼の目の前で母親は目をくり抜かれ、両親はファルトを懸命に逃がそうと命を失ったこと。


ファルトは背中を切りつけられながらも夜闇を利用して必死にチェインズ公爵家まで逃げてきたこと。



とても子どもに聞かせられる内容ではなかったが、ファルトに対する私の熱意に折れた両親が私に真摯に向き合い真実を語ってくれたのは私が十歳になる頃だった。

犯人は未だ見つかっていない。



不運なことに、血族が少なくギリギリのところで保っていたセルゲイ侯爵家は王家に爵位を返納することになった。


チェインズ公爵家の養子にならないかという提案は何故かファルトが拒否したため叶うことはなかったが、あれから学園に入学する直前まで彼は私達の公爵家で過ごした。


貴族の子どもと同じ教育を受けていたとしても、さすがに肩書き上貴族姓を持たないファルトが私と共に学園に入学することはできない。

彼はしっかり受け入れていたが、どうしてもファルトと共に学園に通いたかった私は無理を言って両親に頼み込んだ。


そうして決まったのは、彼がロレンス公爵家の養子に入るということ。

子どものいなかった少し年老いた公爵夫妻はファルトが公爵家に入ってくれることをひどく喜んでいた。


そして彼も、今度はどうしてかすんなりと受け入れたものだから…なんとなく面白くなかったが、それでも学園でもずっとファルトといられることになったのは素直に嬉しかった。



今思えば、私のわがままにファルトを付き合わせてしまったことが間違いだったのかもしれない。

私が大人しく一人で学園に通っていたら、きっと彼を苦しませることはなかった。


だから、

せっかく少しずつ塞がりかけていた彼の傷が今無遠慮にこじ開けられている状況は一刻も早くなんとかしなければならない。





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