婚約者が同僚の女騎士に懐かれすぎて困ってます。

のんのこ

文字の大きさ
上 下
13 / 26

しんじていたいの

しおりを挟む




アレスの屋敷へ向かう馬車の中、彼はどことなく考え込んだような表情で眉を垂らして窓の外に視線を走らせていた。

…彼が無口だとそれはそれで居た堪れない。


勝手にやって来たことを怒っているのだろうか?

右手に持ったままの木で編まれた小さなバスケットの中には、渡すタイミングを完全に失った蜂蜜レモンのドリンクが馬車に揺られてちゃぷちゃぷと小さな音を立てている。


私はご機嫌とり作戦を未だ決行できていないのだ。


来る時は馬車の中にいたルーカスも重苦しい雰囲気に耐えられないと思ったのか、今では御者の隣にちょこんと腰をかけてしまっている。



「アレス、怒ってる?」

「ん?怒ってないよ…」


だったらどうして様子がおかしいのだろう。


結局彼は馬車から降りて私をアレスの私室に引き入れてもしばらくふわふわとして心ここに在らずというような感じだった。



「アレス、なんか変だよ…」

「んーーーあーーー、うん。ごめん、ルイーゼ」

「いったいどうしたの?」


やはり普通じゃないようだ。

私が訓練場に足を踏み入れてしまったことが、アレスをここまで動揺させてしまったのだろうか。



「や、なんかロイドが言ってたことがやけに頭に残って…ルイーゼのこと大切にできないなら自分がもらっちゃおうかってやつ」


どうやらロイド様が言った言葉を気にしているらしかった。

あれは一重に彼の優しから出た言葉だったが、アレスは婚約者としてひっかかるものを感じたのかもしれない。


「ロイド様のあんな言葉は今更でしょ?」

昔から彼はからかい半分でまるで私を欲しているかのような言葉を好んで口にする人だった。


いつも笑顔で掴みどころのない人だから、アレスもどこまで本気なのか測りかねているのかもしれない。

国の王太子でアレスやゼノ兄様の大切な友人であるロイド様が本気で私をどうにかしようなんて気あるはずないのに。



「や、それもすっごいモヤモヤするんだけどさ…俺がルイーゼ傷つける、とか。なんかやけに確信めいてたから…俺、ルイーゼのこと知らない間に傷つけてるのかなって」

「ああ、そっち」


「もしかして今日、俺が来るまでになんかあった?」


反応を窺う様な視線にドキリと心臓が跳ねる。


あったと言えば、あった。

しかし、マーナさんの件をアレスに言ったところで彼女を敵軍から引き抜いたのはアレスだ。


彼女にはアレスが引き抜きたいと思うだけの魅力や能力が備わっているのだろう。

今では彼女もこの国の第一騎士団なのだ。


副団長の婚約者が団員とうまくいっていないって、どうなの?

こんな話を聞いたところでアレスが職場で居心地が悪くなってしまうだけなんじゃ…


それに私はいずれアレスと結婚する。

婚約者の肩書きにあぐらをかいているわけではないけど、何があっても必ず、絶対に絶対に結婚する。


そんな私がアレスに恋心を抱いている一騎士団員の行動に一々目くじらを立てるのもどうかと思った。


事なかれ主義と言われようと、今の私は大袈裟にする気なんて微塵もないのだ。



「…マーナと、なんかあった?」


だから、アレスの口から仲の良いはずの彼女の名前が出た時は僅かに目を見張ってしまった。

彼女を疑うアレスに少しだけ嬉しくなってしまう私は最低だろうか。



「あの場にいたのはロイドとルーカス、それにマーナだけだったから。今思うとあの時からなんだかルイーゼも様子がおかしかった気がする…あーもう、なんで気づけなかったんだろ」

「あの、私は別になんともないよ?」


実際、マーナさんの言葉に頷いてしまった面もあったのだ。

私がいきなり訪ねてしまったことが騎士団の方々の集中を欠くことに繋がったのは本当だったから。



「隠さなくていいよ。ルイーゼはどうせ俺が今後職場で気まずくなんないかなーとか考えてるんでしょ?なんないから。俺これでも副団長だから…そんなんで一々仕事に支障をきたすようなやわなメンタルしてないよ」

「…まあ、そうだろうけど。ルーカスが気にしなくてもマーナさんが気にするでしょ。せっかくラミティカに来てくれたのに」


国を跨いでまで転職して、こんなにもすぐに居心地が悪くなってしまったら可哀想だ。

言い方が悪いが、今ではラミティカの属国になったとは言え、祖国からすると反逆者と変わらない認識なのではないだろうか。


きっとこの王国が、騎士団が、新しい彼女の居場所になっているはずなのだ。


「勿論、私だってマーナさんに嫉妬する気持ちはあるよ。だけどそれは今までアレスが女性に興味を持ったことなんてなかったから、自分から引き抜いたって聞いて不安になってるだけ。アレスが私を裏切ったり、他の人を好きになったりするなんて思ってないから…だから、大丈夫だよ私」

じっと彼の淡い碧眼を見つめながら言葉を続ける。


「アレスを信じていたいの」


そりゃあ、できれば他の女の子とアレスが関わったりなんてして欲しくないけど、マーナさんはアレスと同じ立派な騎士団員だ。


そこに第三者の私が口を挟んでいいわけなんてなくて、見守るのがきっと正解。



「アレスが仲間にしたいと思った彼女のことも信用したいと思ってる。だって私はまだマーナさんを否定できるだけの何かを知っているわけではないから。祖国や立場も全然違う彼女と価値観が違うのは仕方ないことだけど、アレスのことを大切に思っているっていう点で言えば彼女とは話が合いそうだし」


そう考えると仲良くなれそうな気がしてこなくもないんじゃない?


「なんか、ルイーゼらしいと言えば、らしいのかなぁ。でもさ、本当に、マーナは俺のこと慕ってるとは思うけど、それは多分ピンチのときに手を差し伸べた分、人一倍懐いてしまってるだけだから、そこは安心して」

「私アレスのそういうところは嫌い」


鈍感すぎるのに、平気で人をたらしこんでくるところだけは直して欲しい。

本人に言ったって自覚がないんだから意味がないのだけど。



「えっ、嫌い…?ルイーゼ、俺の事本当に嫌いなわけ?ねえ、まじで言ってんの??」

「…うざい」

「ちょっ、ルイーゼ、お願いだから訂正して?俺ルイーゼに嫌われたら…ねえ、ほんとに俺のこと嫌い?」



ああもう、面倒くさいなぁ。

アレスがどんな言葉を期待しているのかわかってしまう自分にうんざりした。


「嘘だよ、アレスのこと大好き」

「……自分で言わせちゃったようなところあるけど、ルイーゼが有り得ないくらい可愛くて驚きとトキメキがとまんない」



「そのままずっと私の事だけ可愛いって思ってたらいいのに」

「うわぁあ、ちょっと待って何そのセリフ!?どこで覚えたの!?あざと可愛いルイーゼも大好きだよ!!!」



頬を赤く染めて騒ぎ出すアレスにジト目を向けると、溢れんばかりの笑顔が返ってきてげんなりしてしまった。









しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

婚約者が肉食系女子にロックオンされています

キムラましゅろう
恋愛
縁故採用で魔法省の事務員として勤めるアミカ(19) 彼女には同じく魔法省の職員であるウォルトという婚約者がいる。 幼い頃に結ばれた婚約で、まるで兄妹のように成長してきた二人。 そんな二人の間に波風を立てる女性が現れる。 最近ウォルトのバディになったロマーヌという女性職員だ。 最近流行りの自由恋愛主義者である彼女はどうやら次の恋のお相手にウォルトをロックオンしたらしく……。 結婚間近の婚約者を狙う女に戦々恐々とするアミカの奮闘物語。 一話完結の読み切りです。 従っていつも以上にご都合主義です。 誤字脱字が点在すると思われますが、そっとオブラートに包み込んでお知らせ頂けますと助かります。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

貴方の事なんて大嫌い!

柊 月
恋愛
ティリアーナには想い人がいる。 しかし彼が彼女に向けた言葉は残酷だった。 これは不器用で素直じゃない2人の物語。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

愛されない妻は死を望む

ルー
恋愛
タイトルの通りの内容です。

【完結】大好きな幼馴染には愛している人がいるようです。だからわたしは頑張って仕事に生きようと思います。

たろ
恋愛
幼馴染のロード。 学校を卒業してロードは村から街へ。 街の警備隊の騎士になり、気がつけば人気者に。 ダリアは大好きなロードの近くにいたくて街に出て子爵家のメイドとして働き出した。 なかなか会うことはなくても同じ街にいるだけでも幸せだと思っていた。いつかは終わらせないといけない片思い。 ロードが恋人を作るまで、夢を見ていようと思っていたのに……何故か自分がロードの恋人になってしまった。 それも女避けのための(仮)の恋人に。 そしてとうとうロードには愛する女性が現れた。 ダリアは、静かに身を引く決意をして……… ★ 短編から長編に変更させていただきます。 すみません。いつものように話が長くなってしまいました。

【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!

さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」 「はい、愛しています」 「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」 「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」 「え……?」 「さようなら、どうかお元気で」  愛しているから身を引きます。 *全22話【執筆済み】です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/09/12 ※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください! 2021/09/20  

処理中です...