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しんじていたいの
しおりを挟むアレスの屋敷へ向かう馬車の中、彼はどことなく考え込んだような表情で眉を垂らして窓の外に視線を走らせていた。
…彼が無口だとそれはそれで居た堪れない。
勝手にやって来たことを怒っているのだろうか?
右手に持ったままの木で編まれた小さなバスケットの中には、渡すタイミングを完全に失った蜂蜜レモンのドリンクが馬車に揺られてちゃぷちゃぷと小さな音を立てている。
私はご機嫌とり作戦を未だ決行できていないのだ。
来る時は馬車の中にいたルーカスも重苦しい雰囲気に耐えられないと思ったのか、今では御者の隣にちょこんと腰をかけてしまっている。
「アレス、怒ってる?」
「ん?怒ってないよ…」
だったらどうして様子がおかしいのだろう。
結局彼は馬車から降りて私をアレスの私室に引き入れてもしばらくふわふわとして心ここに在らずというような感じだった。
「アレス、なんか変だよ…」
「んーーーあーーー、うん。ごめん、ルイーゼ」
「いったいどうしたの?」
やはり普通じゃないようだ。
私が訓練場に足を踏み入れてしまったことが、アレスをここまで動揺させてしまったのだろうか。
「や、なんかロイドが言ってたことがやけに頭に残って…ルイーゼのこと大切にできないなら自分がもらっちゃおうかってやつ」
どうやらロイド様が言った言葉を気にしているらしかった。
あれは一重に彼の優しから出た言葉だったが、アレスは婚約者としてひっかかるものを感じたのかもしれない。
「ロイド様のあんな言葉は今更でしょ?」
昔から彼はからかい半分でまるで私を欲しているかのような言葉を好んで口にする人だった。
いつも笑顔で掴みどころのない人だから、アレスもどこまで本気なのか測りかねているのかもしれない。
国の王太子でアレスやゼノ兄様の大切な友人であるロイド様が本気で私をどうにかしようなんて気あるはずないのに。
「や、それもすっごいモヤモヤするんだけどさ…俺がルイーゼ傷つける、とか。なんかやけに確信めいてたから…俺、ルイーゼのこと知らない間に傷つけてるのかなって」
「ああ、そっち」
「もしかして今日、俺が来るまでになんかあった?」
反応を窺う様な視線にドキリと心臓が跳ねる。
あったと言えば、あった。
しかし、マーナさんの件をアレスに言ったところで彼女を敵軍から引き抜いたのはアレスだ。
彼女にはアレスが引き抜きたいと思うだけの魅力や能力が備わっているのだろう。
今では彼女もこの国の第一騎士団なのだ。
副団長の婚約者が団員とうまくいっていないって、どうなの?
こんな話を聞いたところでアレスが職場で居心地が悪くなってしまうだけなんじゃ…
それに私はいずれアレスと結婚する。
婚約者の肩書きにあぐらをかいているわけではないけど、何があっても必ず、絶対に絶対に結婚する。
そんな私がアレスに恋心を抱いている一騎士団員の行動に一々目くじらを立てるのもどうかと思った。
事なかれ主義と言われようと、今の私は大袈裟にする気なんて微塵もないのだ。
「…マーナと、なんかあった?」
だから、アレスの口から仲の良いはずの彼女の名前が出た時は僅かに目を見張ってしまった。
彼女を疑うアレスに少しだけ嬉しくなってしまう私は最低だろうか。
「あの場にいたのはロイドとルーカス、それにマーナだけだったから。今思うとあの時からなんだかルイーゼも様子がおかしかった気がする…あーもう、なんで気づけなかったんだろ」
「あの、私は別になんともないよ?」
実際、マーナさんの言葉に頷いてしまった面もあったのだ。
私がいきなり訪ねてしまったことが騎士団の方々の集中を欠くことに繋がったのは本当だったから。
「隠さなくていいよ。ルイーゼはどうせ俺が今後職場で気まずくなんないかなーとか考えてるんでしょ?なんないから。俺これでも副団長だから…そんなんで一々仕事に支障をきたすようなやわなメンタルしてないよ」
「…まあ、そうだろうけど。ルーカスが気にしなくてもマーナさんが気にするでしょ。せっかくラミティカに来てくれたのに」
国を跨いでまで転職して、こんなにもすぐに居心地が悪くなってしまったら可哀想だ。
言い方が悪いが、今ではラミティカの属国になったとは言え、祖国からすると反逆者と変わらない認識なのではないだろうか。
きっとこの王国が、騎士団が、新しい彼女の居場所になっているはずなのだ。
「勿論、私だってマーナさんに嫉妬する気持ちはあるよ。だけどそれは今までアレスが女性に興味を持ったことなんてなかったから、自分から引き抜いたって聞いて不安になってるだけ。アレスが私を裏切ったり、他の人を好きになったりするなんて思ってないから…だから、大丈夫だよ私」
じっと彼の淡い碧眼を見つめながら言葉を続ける。
「アレスを信じていたいの」
そりゃあ、できれば他の女の子とアレスが関わったりなんてして欲しくないけど、マーナさんはアレスと同じ立派な騎士団員だ。
そこに第三者の私が口を挟んでいいわけなんてなくて、見守るのがきっと正解。
「アレスが仲間にしたいと思った彼女のことも信用したいと思ってる。だって私はまだマーナさんを否定できるだけの何かを知っているわけではないから。祖国や立場も全然違う彼女と価値観が違うのは仕方ないことだけど、アレスのことを大切に思っているっていう点で言えば彼女とは話が合いそうだし」
そう考えると仲良くなれそうな気がしてこなくもないんじゃない?
「なんか、ルイーゼらしいと言えば、らしいのかなぁ。でもさ、本当に、マーナは俺のこと慕ってるとは思うけど、それは多分ピンチのときに手を差し伸べた分、人一倍懐いてしまってるだけだから、そこは安心して」
「私アレスのそういうところは嫌い」
鈍感すぎるのに、平気で人をたらしこんでくるところだけは直して欲しい。
本人に言ったって自覚がないんだから意味がないのだけど。
「えっ、嫌い…?ルイーゼ、俺の事本当に嫌いなわけ?ねえ、まじで言ってんの??」
「…うざい」
「ちょっ、ルイーゼ、お願いだから訂正して?俺ルイーゼに嫌われたら…ねえ、ほんとに俺のこと嫌い?」
ああもう、面倒くさいなぁ。
アレスがどんな言葉を期待しているのかわかってしまう自分にうんざりした。
「嘘だよ、アレスのこと大好き」
「……自分で言わせちゃったようなところあるけど、ルイーゼが有り得ないくらい可愛くて驚きとトキメキがとまんない」
「そのままずっと私の事だけ可愛いって思ってたらいいのに」
「うわぁあ、ちょっと待って何そのセリフ!?どこで覚えたの!?あざと可愛いルイーゼも大好きだよ!!!」
頬を赤く染めて騒ぎ出すアレスにジト目を向けると、溢れんばかりの笑顔が返ってきてげんなりしてしまった。
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