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すねてない
しおりを挟むアレスの家に足を運ぶと、もう長い付き合いになる執事のルーカスが待ち侘びた様に私を中に招いてくれた。
「いやぁ、帰ってきたアレス様が久しぶりになんだか面倒なご様子で驚きましたよ。ですがルイーゼ様が来てくださったのでもう大丈夫ですね!」
ルーカスは何故か私に百パーセントの信頼を寄せているらしい。
私だって少し不安なのに。
アレスの私室に辿り着き、ルーカスがトントンと扉をノックする。
返事は帰ってこず、隣の執事は呆れたように肩をすくめた。
「アレス様~、ルイーゼ様がお見えですよ~?」
ルーカスがそう言うと部屋の中からガタガタと物音が聞こえ、中にいるアレスが動揺していることがわかる。
だけどやっぱり返事は帰ってこない。
…強情なんだから。
「アレス、さっきはごめんなさい」
「……」
「私だってアレスと一緒にいたかったけど、つい帰った方がいいなんて言っちゃって」
自分の感情ばかり優先させて、アレスの気持ちを省みてなかったことは本当に反省している。
些細なことで嫉妬してしまう醜い自分なんてアレスに見られたくなかったのだ。
「アレス、入ってもいい?」
「…ダメ」
明確な拒絶の言葉を告げられ、今日はもう何を言っても無駄なのかもしれない。
「何言ってるんですか!せっかく来てくれたんですよ?こんなに面倒なアレス様のお傍にいて下さる高尚な方なんてこの先ルイーゼ様くらいですからね!?拗ねてないで早く扉を開けてくださいよ~!」
「ルーカス、いいから」
あなたの言葉でもっともっと拗ねてしまったらどうするの…
良い意味でも悪い意味でも、アレスの家では伸び伸びとした使用人が育っていると思う。
「やっぱり今日は帰るねアレス。本当にごめんなさい」
「アレス様~!帰っちゃいますよ?ルイーゼ様ほんとに帰っちゃいますよ~!?」
「煽らないのルーカス!」
なんだかコントの様な雰囲気に、げんなりしてしまう。
結局アレスには扉越しに一言拒絶されただけで、一体何しに来たんだろう私。
謝罪の言葉が少しでも届いていたらいいのだけど。
そんなことを思っていた時、ガチャりとノブが回され人一人通れる程度に扉が開いた。
「きゃっ」
隙間から伸びてきた腕は素早く私を部屋に引き込むと、後ろ手で扉を閉めてしまう。
私は勢いのまま、随分と覚えのある心地よい温かさに包み込まれていた。
「アレス…?」
「…ルイーゼは俺のこと置いて帰っちゃうわけ?」
ムッとした顔でそんなことを言うアレスに先程部屋に入ることを許さなかったのは誰だったかと問いただしたくなる。
「帰らないよ、当面の着替えなんかもしっかり持ってきちゃったんだから」
「…さっき帰ろうとしてたくせに」
「アレスが部屋に入るなって言ったから」
そう返すとアレスはぷいっとそっぽを向いてその腕の中から私を解放する。
一抹の寂しさが過ぎるが、これでようやく面と向かって話をすることができる。
対面のソファにそれぞれ腰を下ろして、話を続けた。
「俺との婚約を破棄して、俺がいない間に婚約を申し込んでくるようなせっこい奴らと婚約すんの?」
視線を逸らしながらそんなことを言うアレスに、開いた口が塞がらない。
「話が飛躍しすぎてる!」
「だって、ルイーゼはもう俺の事なんて好きじゃなくなったんだろ」
いじけ虫だ…!
「本当は、そんなこと思ってないんでしょう?」
「思ってるよ、いつだって。ルイーゼがこんな俺に愛想つかす未来が見えるもん」
アレスのそんな言葉に悲しくなってしまう。
もう随分と長い付き合いだと言うのに、彼は全然私のことを信じてくれていないのかもしれない。
「婚約して十年、私がアレスに愛想尽かしたことなんてあった?」
「…今」
「愛想なんて尽かしてない!」
思わず大きくなってしまう声。
アレスは頑なに私と目を合わさず、視線を横にずらしたり下を向いたりと忙しい。
「じゃあどうして、いつもなら俺がどれだけ侯爵邸に滞在しても何も言わないのに…今日は帰れなんて言ったの?」
「……」
それに関しては黙秘したい。
…けど
「理由話したら、もう拗ねない?」
ちゃんと話もしないでアレスにばかり信じて欲しいというのも違う気がした。
「別に拗ねてないけど」
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そんな彼の言葉を聞いて、私はそっと口を開いた。
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