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番外編
幸福なルシア③
しおりを挟む王都からの帰り道は、ほとんど記憶になかった。
ふと我に返ると見慣れた我が家のソファの上で、隣には心配そうにこちらを見つめるメイが腰をかけていた。
「…私、」
「少しは落ち着いた?ルシアってば、侯爵邸で様子がおかしくなって、ずっとぼんやりしたままだったから心配したよ」
「ごめんなさい…」
それは何に対しての謝罪だったのだろう。
心配をかけたことへなのか、それとも今まで偽りの姿ばかり見せていたことへなのか、自分でもわからなかった。
ただ一つ言えることは、優しいこの人にこれ以上嘘をつき続けることはしたくない。
「メイに、話さなきゃいけないことがあるの」
「…それは、大事な話?ルシアがつらいなら、無理に話さなくてもいいと思う」
つらくないと言えば、嘘になる。
それでも、私の意志は変わらなかった。
「ううん、聞いて欲しいの。あのね、私は、ルシアなんて嫌いな名前が似合う人間じゃないんだ」
光なんて、とんでもない。
本当の私は真っ黒でどろどろと歪んだ感情を持て余した、ただの罪人だ。
記憶が消えたって、自身の罪が消えるわけではない。
思い出したくもない過去だけど、逃げずに背負っていかなければならないことは、とうの昔に理解していた。
ここまで受け入れられるようになったのは、メイのおかげだけれど。
メイがいたから、私も綺麗な人間になりたいと、そう夢を見てしまった。
その一歩を踏み出す時が、今なのだろう。
「私の本当の名前は、ミレイユ・フォージャー。なんの罪もない少女を勝手に逆恨みして、彼女の居場所を奪った…最低な人間なの」
「…ルシア」
「彼女の父親も、義母も、そして兄も…全部全部私が奪って、わざとあの子を一人ぼっちにして…私、平気で笑ってた。あの子が一人になるほど、私のそばにいてくれる人が増えて、私を愛してくれる温かい家族を手放せなくなった…あの家は、あの子のものだったのにね」
話しながら、メイの顔が見れなかった。
きっと軽蔑されてしまっている。
そう思っても、一度つむぎ出した言葉に歯止めは聞かなかった。
「だけど、私が幸せだと思い込んでいた家族の形は、ずっとずっと歪で、恐ろしくて……きっと、もうこの領地にも話は回っているんだと思うけど、侯爵の話、メイは知ってる?」
「勿論、知ってるよ」
「そっか。じゃあ、侯爵の罪も、私のことも、知ってるんだよね」
両親を殺した男に汚された私のことも、きっとメイは知っているんだろう。
「ごめんなさい、メイ。ずっと騙していて」
ようやく顔を上げて、目の前の彼をじっと見つめながら謝罪の言葉を口にする。
メイの表情は、何を考えているのかいまいち読めない、やけに凪いだものだった。
「僕は止めたのに、言っちゃうんだね、君は」
ため息混じり、メイは言葉続ける。
「黙っていてくれたら、僕らはきっとまだ、この幸せな生活を手放さずにいられたかもしれないのに」
「メイ?何言って…」
「偽りの生活でも、不満なんてなかった」
いつもの陽だまりのような温かな雰囲気を一変させて、まるで真夜中のようなひんやりとした空気を纏う彼。
こんなメイは知らない。
「私はメイに、これ以上嘘なんてつきたくなかった…」
「僕は嘘つきの君でも愛せた」
それはきっと、本当の私を受け入れることなんてできないという、彼の意思表示の言葉なのだろう。
わかっていたことなのに、苦しい。
「…真実を知ったメイは、もう私のことは嫌いになった?」
思わず尋ねた私に、彼は思いかげない言葉を返した。
「違うよ、僕が君を嫌うんじゃなくて…君が僕を嫌うんだ」
「…へ?」
「可哀想なルシア…君の知らない昔話をしてあげる」
そう言ってメイは、口を開いた。
____それは、私が知らない彼の話だった。
「鴉って、知ってる?」
「…からす?」
「君の養父がご贔屓にしてた、殺し屋組織。専門は殺しだけど、誘拐・強盗、金払いが良ければ仕事は選ばなない悪どい集団だよ」
そんなものが、本当に存在するのか、正直信じられない気持ちでいっぱいだけど、確かにあの男はどこかに依頼して両親や伯母を殺したのだ。
鴉と呼ばれるその組織は、きっと実在するのだろう。
「それが、どうしたの…?」
「その組織は、君のご両親を、伯母様を、そうしてモーガン・フォージャーさえも手にかけた」
「…あの男を?」
どうして雇い主が殺されるのか。
私が記憶を失っていた間に、一体何が起こっているのだろう。
「モーガン・フォージャー殺害の依頼主は、君の伯母様だ。彼女はいち早く身の危険を察知して、モーガン・フォージャーの依頼を変更したんだ。最期は彼女の望み通り燃え盛る馬車の中で仲良く心中したよ」
自分の知らないところで、そんなにも恐ろしいことが…
優しかった伯母様の最期に胸が痛んだ。
「その、鴉が…どうしたの?」
メイがどうしてこんな話をするのかよくわからず、首を傾げる。
「君の大切な人たちを根こそぎ奪ったその組織は、モーガン・フォージャーの一件で王族貴族たちの目に触れて解体してしまったんだけどね」
「…メイ?」
「失敗なんて有り得なかった鴉が唯一達成できなかった任務があるんだ」
言い様のない不安に襲われる。
いくらなんでも、彼は知りすぎてはいないだろうか。
まるでずっと傍で見ていたかのような口振りで話すメイ。
「それは、ある少女の捜索依頼だったんだけど、依頼主がお縄について、結局途中で破棄されちゃったんだ」
「…メイ、もう、」
「モーガン・フォージャーは侯爵なだけあって金払いは良かったから、いつも争奪戦だった。次こそは自分がってみんなが狙ってた。そうして、ようやくチャンスが訪れたんだ」
メイは、思い出したようにクスリと笑った。
「僕らは連絡を取り合う時、鴉を使う。人間の郵便配達員なんて信用できないからね。あの日、抵抗した君があの男を刺して屋敷を出た後、モーガン・フォージャーはナプキンに血文字で綴った依頼書を鴉に託した。君の捜索依頼をね」
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彼は、あっけらかんとそんなことを宣った。
「僕も、あの組織の一員だったから」
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