【本編完結】実の家族よりも、そんなに従姉妹(いとこ)が可愛いですか?

のんのこ

文字の大きさ
上 下
61 / 63
番外編

幸福なルシア③

しおりを挟む



王都からの帰り道は、ほとんど記憶になかった。

ふと我に返ると見慣れた我が家のソファの上で、隣には心配そうにこちらを見つめるメイが腰をかけていた。



「…私、」

「少しは落ち着いた?ルシアってば、侯爵邸で様子がおかしくなって、ずっとぼんやりしたままだったから心配したよ」


「ごめんなさい…」


それは何に対しての謝罪だったのだろう。

心配をかけたことへなのか、それとも今まで偽りの姿ばかり見せていたことへなのか、自分でもわからなかった。



ただ一つ言えることは、優しいこの人にこれ以上嘘をつき続けることはしたくない。





「メイに、話さなきゃいけないことがあるの」


「…それは、大事な話?ルシアがつらいなら、無理に話さなくてもいいと思う」



つらくないと言えば、嘘になる。

それでも、私の意志は変わらなかった。



「ううん、聞いて欲しいの。あのね、私は、ルシアなんて嫌いな名前が似合う人間じゃないんだ」


光なんて、とんでもない。

本当の私は真っ黒でどろどろと歪んだ感情を持て余した、ただの罪人だ。




記憶が消えたって、自身の罪が消えるわけではない。


思い出したくもない過去だけど、逃げずに背負っていかなければならないことは、とうの昔に理解していた。





ここまで受け入れられるようになったのは、メイのおかげだけれど。




メイがいたから、私も綺麗な人間になりたいと、そう夢を見てしまった。


その一歩を踏み出す時が、今なのだろう。






「私の本当の名前は、ミレイユ・フォージャー。なんの罪もない少女を勝手に逆恨みして、彼女の居場所を奪った…最低な人間なの」

「…ルシア」




「彼女の父親も、義母も、そして兄も…全部全部私が奪って、わざとあの子を一人ぼっちにして…私、平気で笑ってた。あの子が一人になるほど、私のそばにいてくれる人が増えて、私を愛してくれる温かい家族を手放せなくなった…あの家は、あの子のものだったのにね」


話しながら、メイの顔が見れなかった。

きっと軽蔑されてしまっている。



そう思っても、一度つむぎ出した言葉に歯止めは聞かなかった。





「だけど、私が幸せだと思い込んでいた家族の形は、ずっとずっと歪で、恐ろしくて……きっと、もうこの領地にも話は回っているんだと思うけど、侯爵の話、メイは知ってる?」


「勿論、知ってるよ」


「そっか。じゃあ、侯爵の罪も、私のことも、知ってるんだよね」



両親を殺した男に汚された私のことも、きっとメイは知っているんだろう。




「ごめんなさい、メイ。ずっと騙していて」


ようやく顔を上げて、目の前の彼をじっと見つめながら謝罪の言葉を口にする。

メイの表情は、何を考えているのかいまいち読めない、やけに凪いだものだった。




「僕は止めたのに、言っちゃうんだね、君は」

ため息混じり、メイは言葉続ける。


「黙っていてくれたら、僕らはきっとまだ、この幸せな生活を手放さずにいられたかもしれないのに」


「メイ?何言って…」



「偽りの生活でも、不満なんてなかった」


いつもの陽だまりのような温かな雰囲気を一変させて、まるで真夜中のようなひんやりとした空気を纏う彼。


こんなメイは知らない。



「私はメイに、これ以上嘘なんてつきたくなかった…」

「僕は嘘つきの君でも愛せた」


それはきっと、本当の私を受け入れることなんてできないという、彼の意思表示の言葉なのだろう。

わかっていたことなのに、苦しい。



「…真実を知ったメイは、もう私のことは嫌いになった?」


思わず尋ねた私に、彼は思いかげない言葉を返した。



「違うよ、僕が君を嫌うんじゃなくて…君が僕を嫌うんだ」


「…へ?」




「可哀想なルシア…君の知らない昔話をしてあげる」




そう言ってメイは、口を開いた。



____それは、私が知らない彼の話だった。









「鴉って、知ってる?」


「…からす?」






「君の養父がご贔屓にしてた、殺し屋組織。専門は殺しだけど、誘拐・強盗、金払いが良ければ仕事は選ばなない悪どい集団だよ」






そんなものが、本当に存在するのか、正直信じられない気持ちでいっぱいだけど、確かにあの男はどこかに依頼して両親や伯母を殺したのだ。

鴉と呼ばれるその組織は、きっと実在するのだろう。




「それが、どうしたの…?」


「その組織は、君のご両親を、伯母様を、そうしてモーガン・フォージャーさえも手にかけた」




「…あの男を?」



どうして雇い主が殺されるのか。

私が記憶を失っていた間に、一体何が起こっているのだろう。




「モーガン・フォージャー殺害の依頼主は、君の伯母様だ。彼女はいち早く身の危険を察知して、モーガン・フォージャーの依頼を変更したんだ。最期は彼女の望み通り燃え盛る馬車の中で仲良く心中したよ」



自分の知らないところで、そんなにも恐ろしいことが…

優しかった伯母様の最期に胸が痛んだ。






「その、鴉が…どうしたの?」


メイがどうしてこんな話をするのかよくわからず、首を傾げる。




「君の大切な人たちを根こそぎ奪ったその組織は、モーガン・フォージャーの一件で王族貴族たちの目に触れて解体してしまったんだけどね」


「…メイ?」



「失敗なんて有り得なかった鴉が唯一達成できなかった任務があるんだ」



言い様のない不安に襲われる。





いくらなんでも、彼は知りすぎてはいないだろうか。


まるでずっと傍で見ていたかのような口振りで話すメイ。

 




「それは、ある少女の捜索依頼だったんだけど、依頼主がお縄について、結局途中で破棄されちゃったんだ」


「…メイ、もう、」




「モーガン・フォージャーは侯爵なだけあって金払いは良かったから、いつも争奪戦だった。次こそは自分がってみんなが狙ってた。そうして、ようやくチャンスが訪れたんだ」


メイは、思い出したようにクスリと笑った。




「僕らは連絡を取り合う時、鴉を使う。人間の郵便配達員なんて信用できないからね。あの日、抵抗した君があの男を刺して屋敷を出た後、モーガン・フォージャーはナプキンに血文字で綴った依頼書を鴉に託した。君の捜索依頼をね」


淡々と語るメイに眩暈がする。

彼の話す言葉は到底受け入れられるようなものではなく、脳が情報を処理しきれない。




「たまたま近くにいた僕が受け取って、結局その依頼書を見たのは僕だけ」


「っ、じゃあ、メイは…」




あの日、山奥で私を助けてくれたメイは、





「本当は、私を…」


「うん、あの男からの依頼で、君を捕まえようとしてたんだ」



彼は、あっけらかんとそんなことを宣った。









「僕も、あの組織の一員だったから」











しおりを挟む
感想 529

あなたにおすすめの小説

婚約者は他の女の子と遊びたいようなので、私は私の道を生きます!

皇 翼
恋愛
「リーシャ、君も俺にかまってばかりいないで、自分の趣味でも見つけたらどうだ。正直、こうやって話しかけられるのはその――やめて欲しいんだ……周りの目もあるし、君なら分かるだろう?」 頭を急に鈍器で殴られたような感覚に陥る一言だった。 そして、チラチラと周囲や他の女子生徒を見る視線で察する。彼は他に想い人が居る、または作るつもりで、距離を取りたいのだと。邪魔になっているのだ、と。

その発言、後悔しないで下さいね?

風見ゆうみ
恋愛
「君を愛する事は出来ない」「いちいちそんな宣言をしていただかなくても結構ですよ?」結婚式後、私、エレノアと旦那様であるシークス・クロフォード公爵が交わした会話は要約すると、そんな感じで、第1印象はお互いに良くありませんでした。 一緒に住んでいる義父母は優しいのですが、義妹はものすごく意地悪です。でも、そんな事を気にして、泣き寝入りする性格でもありません。 結婚式の次の日、旦那様にお話したい事があった私は、旦那様の執務室に行き、必要な話を終えた後に帰ろうとしますが、何もないところで躓いてしまいます。 一瞬、私の腕に何かが触れた気がしたのですが、そのまま私は転んでしまいました。 「大丈夫か?」と聞かれ、振り返ると、そこには長い白と黒の毛を持った大きな犬が! でも、話しかけてきた声は旦那様らしきものでしたのに、旦那様の姿がどこにも見当たりません! 「犬が喋りました! あの、よろしければ教えていただきたいのですが、旦那様を知りませんか?」「ここにいる!」「ですから旦那様はどこに?」「俺だ!」「あなたは、わんちゃんです! 旦那様ではありません!」 ※カクヨムさんで加筆修正版を投稿しています。 ※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法や呪いも存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。 ※クズがいますので、ご注意下さい。 ※ざまぁは過度なものではありません。

婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです

神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。 そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。 アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。 仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。 (まさか、ね) だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。 ――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。 (※誤字報告ありがとうございます)

君を愛す気はない?どうぞご自由に!あなたがいない場所へ行きます。

みみぢあん
恋愛
貧乏なタムワース男爵家令嬢のマリエルは、初恋の騎士セイン・ガルフェルト侯爵の部下、ギリス・モリダールと結婚し初夜を迎えようとするが… 夫ギリスの暴言に耐えられず、マリエルは神殿へ逃げこんだ。 マリエルは身分違いで告白をできなくても、セインを愛する自分が、他の男性と結婚するのは間違いだと、自立への道をあゆもうとする。 そんなマリエルをセインは心配し… マリエルは愛するセインの優しさに苦悩する。 ※ざまぁ系メインのお話ではありません、ご注意を😓

婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。

待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。 妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。 ……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。 けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します! 自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。

釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません

しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。 曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。 ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。 対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。 そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。 おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。 「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」 時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。 ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。 ゆっくり更新予定です(*´ω`*) 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

旦那様、その真実の愛とお幸せに

おのまとぺ
恋愛
「真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが、君とは離縁したい」 結婚三年目の祝いの席で、遅れて現れた夫アントンが放った第一声。レミリアは驚きつつも笑顔を作って夫を見上げる。 「承知いたしました、旦那様。その恋全力で応援します」 「え?」 驚愕するアントンをそのままに、レミリアは宣言通りに片想いのサポートのような真似を始める。呆然とする者、訝しむ者に見守られ、迫りつつある別れの日を二人はどういった形で迎えるのか。 ◇真実の愛に目覚めた夫を支える妻の話 ◇元サヤではありません ◇全55話完結予定

あなたの婚約者は、わたしではなかったのですか?

りこりー
恋愛
公爵令嬢であるオリヴィア・ブリ―ゲルには幼い頃からずっと慕っていた婚約者がいた。 彼の名はジークヴァルト・ハイノ・ヴィルフェルト。 この国の第一王子であり、王太子。 二人は幼い頃から仲が良かった。 しかしオリヴィアは体調を崩してしまう。 過保護な両親に説得され、オリヴィアは暫くの間領地で休養を取ることになった。 ジークと会えなくなり寂しい思いをしてしまうが我慢した。 二か月後、オリヴィアは王都にあるタウンハウスに戻って来る。 学園に復帰すると、大好きだったジークの傍には男爵令嬢の姿があって……。 ***** ***** 短編の練習作品です。 上手く纏められるか不安ですが、読んで下さりありがとうございます! エールありがとうございます。励みになります! hot入り、ありがとうございます! ***** *****

処理中です...