【本編完結】実の家族よりも、そんなに従姉妹(いとこ)が可愛いですか?

のんのこ

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番外編

幸福なルシア②

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「遠路はるばる悪いね。平民の間で随分と話題になっている薬屋の話を友人伝いに聞いたもんでさ」

「まさか侯爵様にご注文いただけるなんて、光栄でございます」


やって来た彼は当主にしては随分と若々しく、メイと同じくらいに見えた。

記憶を失ってはっきりとした自分の年齢はわからないけれど、大体二つ三つ上程度だろうか。




「改めて、俺はこの家の当主で、ウォルター・マクベルね。君には期待してるよ」


「薬師のメイと申します。ご期待に添えるよう精進いたします」


貴族にしてはなんだか砕けた口調のマクベル侯爵にメイの緊張も少しだけ解れてきたように思える。


ほっと一安心していると、目の前の侯爵の瞳がくるりとこちらを捉えるのがわかった。





「ところで、隣のお嬢さんは君の恋人?」


「…ええ、妻です」

「ふうん、そっか~」



口元の笑みはそのままに、すっと細められた瞳で見つめられると背筋がひんやりと冷たくなる。

後ろめたいことなんてないはずなのに、どこかいたたまれないような気持ちがした。




「なんて言うの?」

「っ、ルシア、です」



「へえ、素敵な名前だ」



へらへらと笑いながら感情のこもらない言葉を口にする侯爵が何を考えているのかさっぱり理解できない。

正直、逃げ出したくてたまらなかった。



背中を嫌な汗がつたう。






「…あの、妻がどうかしましたか?」


助け舟を出してくれたのはメイだった。





「いいや、ただ…似てたからさ」

「似てた?」



「俺の友人の、大切な妹に、君の奥さんがそっくりなんだよ」




大切な、妹…?




「名前は、ミレイユ・フォージャー。血は繋がっていないけど、友人にとっては今も昔も変わらない大切な妹なんだと」




_____ひどく、胸が痛んだ。






「それは、確かフォージャー侯爵家の養女だった…」

「そ。実の娘なんかよりずっと可愛がられていた……憐れな少女の話は、流石に聞いたことがあるだろう?」




記憶を失ってからしばらく、外界との接触を完全に閉ざしていた時期がある。

自分の存在すらわからないのに、不思議と知ろうとさえ思わなくて…



メイの善意に甘えて、ただただ堕落した生活を送っていた。


寄り添ってくれる彼の優しさに甘え、ようやく前を向き始めたのはつい最近のことだ。




だからだろうか…


ミレイユ・フォージャー、その名前には強く心を震わされるほど聞き覚えがあるのに、彼女のことを私はちっとも知らない。







「俺の友人、サイラスとセイラ嬢が彼女のことをひどく気にしていてね」


呆れたように肩を竦めて言葉を続けるマクベル侯爵。




「手に入れた幸福の光が強ければ強いほど、差した影はより色濃くなって、心を蝕む。彼らが安寧を手に入れるほど、脳裏には生死すら知れない妹の存在がこびり付いて離れないってわけ」



「…放っておけばいいのに」



口をついて出た言葉は、本心だった。






「俺もそう思うよ。諸悪の根源はあいつらの父親であって、気がつけず放置したあいつらではない。それでも、根が善人だからさ…自分が幸せを感じる時、二人は決まって救えなかった妹のことを思い出すんだ…本当めんどくさい奴らだよな~」


眉を下げて笑うマクベル侯爵に、なんと返したらいいかわからず黙ってしまう。



じくじくと胸が痛んだ。






「ま、結局のところ俺も、彼らが大好きだから…こんなことまでしちゃってるわけなんだけど、」


「え?」





「あいつらが心の底から幸せを実感するためには、ミレイユ・フォージャーが幸せでなければならない。どんなに時間がかかったって、俺は二人の幸せのために、幸せに生きるミレイユ嬢を見つけるって決めてたんだよ」



彼は心の底から友人を大切に思っているのだろう。

そんな気持ちがひしひしと伝わってくる。





「…その、ミレイユ嬢は見つかったのですか?」





「いや、いなかった」

「…そうですか」





「けど、まあ…悪くはなさそうだな」




言い回しが不思議で小さく首を傾げる。







「ちなみに君は、今幸せ?」



唐突な問いに困惑するけれど、その答えは明白だった。






「…はい、幸せです」


これだけは、胸を張って言える。




メイと出会って、彼の優しさに触れ…思いを通わせることができた私は、心の底から幸せだった。






「お、いいじゃん。旦那さんに愛情たっぷり注いでもらってるんだ?」


真正面からそんなことを口にされると照れてしまうが、否定はできなかった。




「ルシアは僕の宝物ですから」


「はっ、ぞっこんだね~」



愉快そうに笑う侯爵にメイが優しい笑みを返す。







「よかったよ、幸せそうで。きっと二人も喜ぶ」


「へ?」







「サイラスは侯爵の地位を追われたけど、小さな村で子どもに学問を教えてる。以前よりもずっと生き生きとして幸せそうだ」


嬉しそうに話すマクベル侯爵の言葉にただただ耳を傾けた。




「セイラ嬢はさ、最愛の夫にうんと甘やかされて、穏やかな顔で笑うようになった。前はあんなに強ばった表情を浮かべてたのに驚きだ」


彼が話す内容に、どうしてか心が温かくなる。

ほっとしたような、不思議な気持ちだ。





「もうすぐ、子どもが生まれるんだ。セイラ嬢の腹の中に、新しい命がいるんだって、すごいよなぁ」


「…そう、なんですね」








「二人とも、嘘みたいに幸せそうなんだ」






「ルシア…?」


驚いたように私の名前を呼ぶメイの声が聞こえて、ようやく私は自分の頬が濡れていることに気がついたのだ。


涙を流している理由に心当たりなんてなかった。





誰かの幸せにここまで心が揺さぶられることなんて、初めてだった。





私は、マクベル侯爵の友人である彼らの幸福を心底祝福しているらしい。

それは、安堵と少し似ている。






「俺の友人のために泣いてくれてありがとう」


「っ、いえ…そんな」




「きっと二人も喜ぶはずだ」




てきとうな言葉であるはずなのに、それが彼の本心のように思えてならない。



私は一体どうしてしまったのだろうか。






公爵の言葉や態度、その節々に違和感を覚える。

それはまるで散りばめられたパズルのピースをかき集めるかのようだった。



あと一歩で何かが掴めそうなのに、頭の中で鳴り響く警報が思考を邪魔する。





どうしていいかわからずぐっと唇を噛み締めていた時、目の前の彼が再度口を開いた。







「二人も、君の幸せを心から願っている」








「っあ…」


ああ、思い出してしまう、









私がめちゃくちゃにしてしまった彼らは、私を憎むどころか、私の幸せを願ってくれているのだという。


にわかには信じがたい話だけれど、嘘だと簡単に言ってのけることもしたくなかった。




憎んだっていいはずなのに、いったいどこまでお人好しなのか…








優しい彼らを思い出して、また一筋雫が流れる。







滝のように流れ込んでくる記憶に目眩がした。




失ってしまった本当の両親、殺したいほど憎かったあの男、



汚された身体





償いきれない自身の罪





罰も受けずに逃げ出した愚かな自分。







あの子から家族を奪って、ダメになったら全て忘れて新しい人生だなんて、本当に虫が良すぎるだろう。











…メイはどう思うだろうか。




こんな時まで考えるのは、自身の保身だった。








■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫






お久しぶりです。

更新が開きすぎて申し訳ありません。




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