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番外編
元お貴族様が畑仕事に精を出す話④
しおりを挟む「サイラス様が、なんでこんなとこに…?」
サイを見て驚くブルックに、偽名を使っていたのかと、つきりと胸が痛む。
サイラスなんていうのは、この村の人間なら誰でも知っている、つい最近まで聞き慣れていた名前だった。
正直、良い印象はない。
勤勉で仕事熱心なサイが、あの悪徳貴族の息子と同じ名前だと言うのは、なんだか変な気分だ。
「あの、サイラス様ってどういうこと?」
そう、ブルックに尋ねる。
王宮の官吏が様づけするなんて、一体サイは何者なのだろうか。
「シーナ、まさかとは思うが…お前が言ってた浮浪者ってこの方のことか?!」
「え、まあ、うん」
「っ、今すぐ取り消せ!この方は冗談でもそんなこと言っていい方じゃないんだぞ?!」
ブルックが誰かに声を上げる姿を見るのは初めてだった。
いつも落ち着いている彼の大きな動揺に驚き目を見開いてしまう。
「じゃあ、どんな方なの…?」
「この方は、っ…俺からは、言えない」
顔を歪めてぐっと拳を握りしめて視線を逸らすブルックに、サイは困ったように笑みを浮かべる。
その顔はどこか苦しそうで、見ているこちらが泣きたくなる程だ。
「ブルックは、相変わらず優しいな」
「サイラス様…」
ブルックはちょっと泣いていた。
「どうした?」
「ブルックが泣いてるな…」
「何があったんだ?」
私たちの異様な雰囲気を察知したのか、気がつくと周りにちらほらと人が集まり始めている。
…向けられる視線に、居心地が悪い。
「サイ、帰ろう」
「…ああ」
所在なさげに立ち尽くす彼の腕を引き、じいちゃんが待つ我が家へ帰ろうと歩みを進める。
「ブルック、私たち先に帰るね」
「かえ…っ、え、サイラス様も、やっぱり一緒に暮らしてるのか…?俺、サイラス様と一緒に寝るの…?」
いとこであるブルックも、休暇の間は勿論うちで寝泊まりすることになる。
広くはない家だが、もともと私の両親も一緒に暮らしていた家なので、無理なことではない。
「そうだけど?」
「む、無理無理無理!と言うか、サイラス様、あんなとこ住んでるんですか?!」
「あんなとこ?」
いきなり生家を貶し始めたブルックに思いっきり顔を歪めると、慌てた様に口を開く。
「や、違う、うちの家が不満とかじゃなくて、サイラス様が住めるレベルの家じゃないだろ…?」
「だからサイラス様って何!」
「……シーナ、帰らないのか?」
だんだんヒートアップしてしまう私に、サイがそう声をかけたことで、ようやく私たちは帰路につくのだった。
「ん?もう帰ってきたのか?」
家に帰ると、私たちの早すぎる帰宅に首を傾げるじいちゃん。
「ちょっと疲れちゃって」
「そうか。宴会料理を朝からずっと楽しみにしとったじゃろうに」
呆れたようにそう言うじいちゃんに、曖昧な笑みを返す。
サイはずっと無言で私の後をついてきていた。
「食べてくると思うとったから質素なものしかないが、夕飯にしよう」
結局いつも通り三人で食卓を囲む。
もともと口数の少ないサイだが、今日はいちだんと静かで、どこか不安そうな顔だ。
じいちゃんは何も聞かなかったけれど、なんとなく妙な雰囲気は感じていたと思う。
食事を済ませ、皿を片付けるため立ち上がろうとした時だった。
「…何も、聞かないのか?」
どこか気まずそうな表情を浮かべたサイがようやく口を開いた。
「私のこと、気にならないのか…?二人に、嘘をついてた」
そんな言葉に、少し呆れてしまう。
「気になるに決まってるでしょ」
ブルックと知り合いなのか、何故宮廷の官吏がサイに敬語を使っているのか。
…どうして、正体を隠すように偽名を名乗っているのか。
「すごく気になるに決まってる!サイのこと、信用してたし、一緒に生活してる言わば家族みたいなものでしょう?!」
憤りをぶつけるように声を荒らげる私に、サイが大きく目を見開く。
「…か、ぞく?」
「毎日一緒にご飯を食べて、働いて、ひとつ屋根の下で眠ってるんだから、そんなのもう家族と同じだよ」
こんな関係を今更知り合いだなんて定義するのはいくらなんでも薄情すぎるだろう。
「そう思ってるから何も聞かないの。話したくないのなら、サイの意思を尊重する。だけど、これだけはわかって」
じっと彼の瞳を見つめて、言葉を続ける。
「サイがどんな秘密を抱えてても、私たちは家族を見捨てたりなんかしない。そうでしょ?じいちゃん」
「んん?話が見えんが、まあ、そうじゃなぁ」
説明する暇もなく話し始めた私とサイに置いてけぼりにされたじいちゃんだが、私の問いには素直に首を縦に振る。
「家族を見捨てない…か」
「うん、そうだよ」
「私は、大切な家族を見捨てたんだ」
震える唇で話し始めたサイは、そう言って苦しそうに笑った。
「妹を、見捨てた。見殺しにした。救えたはずの二人を傷つけ、最後には兄としての責任なんかちっとも果たさずに、逃げてきたんだ」
「…聞いても、いいの?」
そう訪ねると、小さく頷く。
「お茶を淹れよう」
気を利かせたじいちゃんが器に煎じたお茶を淹れ、席に着く。
サイはこくりと口をつけて、ゆっくりと言葉をつむぎ始めた。
「私は、サイラス・フォージャー。かつて、この領地を治めていた者だ」
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫
前話を投稿した際、思っていた以上に読者様がのこっていてくださって本当に感激しています(;;)
感想コメント、しおり、ありがとうございました。
読者様の存在がすごくすごく更新の励みになっています。
引き続きお読みいただけたら幸いです。
※サイラスの話を書き終えたら、ミレイユのその後について書いていきたいと思っております。
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