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日々
しおりを挟む前侯爵の罪が露見してしばらく、目まぐるしい毎日を過ごしていた。
ミレイユの両親や自らの後妻を手にかけたあの男は、刑務所に収容されることとなった。
そこは王国でも随一の厳しさと環境の悪さを誇ることで有名な場所だった。
サイラス兄様は、前侯爵の罪に気づき、自ら断罪しようとしたことを評価され、罪を咎められることはなかった。
その恩赦には、まことしやかに流れ始めた、兄や私の不遇な噂話も十分貢献しているだろう。
モーガン・フォージャーがいかに冷酷で、家族に無関心であったか。
激務を押し付けられ続けた兄や蔑ろにされてきた妹。
加害者家族なんかじゃない。
世間は私たちが被害者であるかのように哀れんだのだった。
そんな情報操作に一躍したのは一体誰か、そう問われるなら、それはきっと私や兄を大切にしてくれている優しい人々だろう。
キース様にウォルター様、ヒューゴ様、それに母方の親戚一同。
思い返してみると、たくさんの人に支えられてきたことがわかる。
味方なんて誰もいないような気になって、嘆いていた頃が嘘みたいだ。
私は、幸せだ。
確かにそう思うのに、胸に広がるしんみりとした気持ちをうまく説明することができない。
フォージャー侯爵家は結局のところ、爵位を返還し、その領地も国に納めてしまった。
王家としてはそのままサイラス兄様に領地を運営してもらう方針だったようだが、それを兄様は拒否したのだ。
「こんなことになった手前、私がこれまで通り侯爵として領主を務めるよりも、王家に管理してもらった方が安泰でしょう」
兄はそう言って、あっさりと爵位を手離した。
いくら私たちに同情的な者達が多いからと言って、否定的なものがいないというわけではない。
領地経営に支障が出る可能性もゼロではないと思ったのだろう。
サイラス兄様は、自ら平民に下ることを望んだ。
…ミレイユは、まだ見つかっていない。
生きてさえいてくれたらと、今はそう思う。
弱い人ではなかった。
むしろ、私なんかよりずっと強い。
思えば父や兄の愛情を一身に受けられたのも、彼女の手腕によるところが大きかったように思える。
人の心の機微に敏感だった。
ミレイユには、未だに良い印象を抱いていない。
彼女だって、私のことを嫌っていたのだろうと、今ならよくわかる。
もしも、全てが変わってしまった今、もう一度私と関係をやり直そうと思うなら…
貴女自信が直接私の前に出向きなさい。
許してやる、なんていうのはすごく烏滸がましいことだけど、全て水に流してもいいと言うくらいには、今の私は貴女が恋しい。
約三年間、同じ家で過ごしたのだ。
嫌な思い出の方が多いけれど、何も言わずに消えてしまうなんて、薄情すぎる。
大切な人に囲まれて、幸せになった私に、貴女は一体なんと言うのだろうか。
「セイラ、そろそろ中に入りましょう。体を冷やしてしまいますよ」
セイラ嬢、そう初々しく呼んでいた彼は、もう二年も前に夫となった。
過去のことを思い出していたせいか、今の私たちの関係が少し不思議でくすりと笑みが零れる。
「何か?」
「ミレイユのこと、思い出していたんです。兄様のことも」
「サイラスなら今日も元気に子どもたちと戯れていましたよ」
爵位を返還した後、兄様はしばらく平民としての生き方を模索していた。
拒む彼に強引に援助をしまくっていたウォルター様の姿を思い出す。
今はかつての領地だったとある村で少しの授業料をとりながら、子ども達に学問を教えているのだという。
一度お忍びで見に行ったけど、子ども達に振り回されながらも生き生きとした様子に安心したことを覚えている。
「ミレイユ嬢はなかなか図太そうな人でしたから、きっと大丈夫ですよ」
「…キース様はいつもそう言いますね。でもまあ、元気にしてくれていたらいいですね」
どれだけ捜索しても見つからないなんて、逆におかしく思ってしまう。
これはもう意図的に隠れているとしか考えられなかった。
いつか会えたらと、そう思うけれど、どこまでも自由に生きていられるのなら、そんな生き方が彼女にはお似合いだと思う。
ミレイユも、リセットしたかったのかしら。
だったら私は、いつか再び貴女と出会って、嫌味の一つでも言ってあげることを楽しみにしていようと思う。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫
私生活が忙しくなかなか更新できずに申し訳ございません。
これにて、本編は一先ず完結させていただきます。
消化不良感が否めず、すみません。
前侯爵や後妻、ミレイユのその後、サイラスのその後、まだまだ書きたい描写がたくさん残っていますので、そちらは番外編ということで更新していきます。
想像していたよりも遥かに忙しい社会人一年目。
今はまだ慣れるのに精一杯という現状です。
落ち着きましたら、どんどん更新していきたいと思っております。
お付き合いいただいた皆様、本当にありがとうございました。
もうしばらく温かい目で見守っていただければ幸いです。
のんのこ
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