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呪われてるんじゃねえの? sideウォルター

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そんな風に諭してみるも、サイラスの考えを変えることはできなかった。


真正面から謝ってみても、初めのうちはやはり取り付く島も無い様子。


そうして消耗戦の様な攻防戦を繰り返した結果、ようやく話を聞いて貰えたのは、俺達が学園を卒業したあとの事だった。



セイラ嬢が侯爵家を出る直前のことであったらしい。



完全に昔の様にとはいかないまでも、なんだかスッキリした顔つきになった友人に、俺やヒューゴ、キースだって、ほっと胸を撫で下ろしたものだ。



それなのに


「…サイラス、お前、呪われてるんじゃねえの?」



義母が亡くなり、実の父は大事件の重要参考人で、もはや黒確定。



幼い頃から、周囲と比べようもないほどの厳しい後継者教育を受け、ようやく爵位を引き継いだところだった。

努力が実を結び、これからどんどん華々しい人生を歩んでいくのだと、かつての俺は信じて疑わなかった。


幸せになって欲しかった。


心の底から、そう思う。




「はあ…まじで、何この悪夢」



友人の首を閉めようとしている自分自身に吐き気がする。


仕事を取るか、友人を取るか、そんな二択を迫られて、呆気なく自らや家紋の保身を選んでしまう俺は、やっぱり人間失格だ。



乾いた笑いが零れる。




■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫



閑話


■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫




病床で、母様はよく泣いていた。




「…サイラス、セイラ、おいで」


弱々しい声で、寂しそうな瞳で、私と兄の名を呼ぶ彼女。

儚さを体現した様な、そんな人だった。



母の頬をつたう雫に、なんだかこちらまで泣きそうになって、隣に立つ兄に綴るような視線を送ってしまう。

そんな心情を知ってか知らずか、彼は優しく私の肩を抱いてくれた。



「サイラス、貴方は強い子ね」

「…セイラの、兄様ですから」


「そう、そうよね。セイラには、貴方がいるから安心ね」


母様の笑顔は、泣いている。

この人が本心から笑っている姿を、一度で良いから見てみたかった。



母様は、泣き虫だ。


だけど、愛情深い人だった。



「サイラス、セイラ、あなた達の幸せをいつも願っているわ。本当よ?」


ぎゅっと、私と兄様の身体を抱き寄せて、そんなことを囁く母様。

決して温かい腕ではなかった。


病によって生命力を失いかけた彼女の身体は、いつも、悲しいくらいに冷えていた。



それでも、そんな冷たい腕に包まれていると、なんだか心に優しい温もりを感じたのだ。



「忘れないで、あなた達を世界一愛している人がいたこと」


母は微かに微笑みを浮かべた穏やかな顔で、言葉をつむぎ続ける。


「…あなた達の幸せをいつも願っている人間が、確かに存在したこを」


ぽつりぽつりと呟かれる音が、すっと耳に馴染んで消えていく。


隣に感じる兄の身体が震えていたことを、私は今でも鮮明に覚えている。




「あなた達は、幸せになるの」


次の日、母様は、私と兄に見送られながらこの世を去った。

言い聞かせるように告げられた言葉は、まるで遺書だった。


___________

     ______________



「幸せに、なるね」



懐かしい夢をみて、曖昧な思考の中、小さく呟いた。




「それなら、僕に任せてください」


「…起きてたんですか?」


突然隣から聞こえた声に視線を横にやると、緩やかに微笑む愛しい人を見つける。



「早くに目が覚めたので、セイラ嬢のあどけない寝顔を見つめていました」

「恥ずかしいからやめてください」


ぷいっと体ごとそっぽを向くと、背後から優しく抱きしめられる。

夢の中の母様とは違う、じんわりと温かい体温になんだかほっとした。



キース様は、私の肩口に顔を寄せて、蕩けるような甘い口調で話し始める。



「これでも我慢したんですよ?僕の婚約者があまりにも可愛いから、思わず口付けの一つや二つ落としてしまいそうでした」


そんな言葉にぽぽぽっと自身の頬が朱に染まっていくのがわかった。

朝から蜂蜜のように甘ったるいことを言う人だ。



「こんなに魅力的な人と結ばれて、僕は世界一幸せ者ですね」

「…言い過ぎです」



「そんなことありませんよ。世界一幸せな僕の隣で、きっとセイラ嬢のことも、世界で一番幸せな花嫁にしてみせます」


私の首元にぐりぐりと額を押し付けながらそんなことを言う彼は、案外可愛らしい人なのだ。


これは一緒に暮らし始めて知ったことだが、キース様は寝起きに少し甘えんぼうになるらしい。



「もう十分幸せですよ?」

「まだまだこれからです」


得意げに笑ってそんなことを言う彼が、心底愛おしいと思った。



■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫



閑話の時系列としては、父の罪をセイラが知ってしまう少し前くらいです。

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