45 / 63
呪われてるんじゃねえの? sideウォルター
しおりを挟むそんな風に諭してみるも、サイラスの考えを変えることはできなかった。
真正面から謝ってみても、初めのうちはやはり取り付く島も無い様子。
そうして消耗戦の様な攻防戦を繰り返した結果、ようやく話を聞いて貰えたのは、俺達が学園を卒業したあとの事だった。
セイラ嬢が侯爵家を出る直前のことであったらしい。
完全に昔の様にとはいかないまでも、なんだかスッキリした顔つきになった友人に、俺やヒューゴ、キースだって、ほっと胸を撫で下ろしたものだ。
それなのに
「…サイラス、お前、呪われてるんじゃねえの?」
義母が亡くなり、実の父は大事件の重要参考人で、もはや黒確定。
幼い頃から、周囲と比べようもないほどの厳しい後継者教育を受け、ようやく爵位を引き継いだところだった。
努力が実を結び、これからどんどん華々しい人生を歩んでいくのだと、かつての俺は信じて疑わなかった。
幸せになって欲しかった。
心の底から、そう思う。
「はあ…まじで、何この悪夢」
友人の首を閉めようとしている自分自身に吐き気がする。
仕事を取るか、友人を取るか、そんな二択を迫られて、呆気なく自らや家紋の保身を選んでしまう俺は、やっぱり人間失格だ。
乾いた笑いが零れる。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫
閑話
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫
病床で、母様はよく泣いていた。
「…サイラス、セイラ、おいで」
弱々しい声で、寂しそうな瞳で、私と兄の名を呼ぶ彼女。
儚さを体現した様な、そんな人だった。
母の頬をつたう雫に、なんだかこちらまで泣きそうになって、隣に立つ兄に綴るような視線を送ってしまう。
そんな心情を知ってか知らずか、彼は優しく私の肩を抱いてくれた。
「サイラス、貴方は強い子ね」
「…セイラの、兄様ですから」
「そう、そうよね。セイラには、貴方がいるから安心ね」
母様の笑顔は、泣いている。
この人が本心から笑っている姿を、一度で良いから見てみたかった。
母様は、泣き虫だ。
だけど、愛情深い人だった。
「サイラス、セイラ、あなた達の幸せをいつも願っているわ。本当よ?」
ぎゅっと、私と兄様の身体を抱き寄せて、そんなことを囁く母様。
決して温かい腕ではなかった。
病によって生命力を失いかけた彼女の身体は、いつも、悲しいくらいに冷えていた。
それでも、そんな冷たい腕に包まれていると、なんだか心に優しい温もりを感じたのだ。
「忘れないで、あなた達を世界一愛している人がいたこと」
母は微かに微笑みを浮かべた穏やかな顔で、言葉をつむぎ続ける。
「…あなた達の幸せをいつも願っている人間が、確かに存在したこを」
ぽつりぽつりと呟かれる音が、すっと耳に馴染んで消えていく。
隣に感じる兄の身体が震えていたことを、私は今でも鮮明に覚えている。
「あなた達は、幸せになるの」
次の日、母様は、私と兄に見送られながらこの世を去った。
言い聞かせるように告げられた言葉は、まるで遺書だった。
___________
______________
「幸せに、なるね」
懐かしい夢をみて、曖昧な思考の中、小さく呟いた。
「それなら、僕に任せてください」
「…起きてたんですか?」
突然隣から聞こえた声に視線を横にやると、緩やかに微笑む愛しい人を見つける。
「早くに目が覚めたので、セイラ嬢のあどけない寝顔を見つめていました」
「恥ずかしいからやめてください」
ぷいっと体ごとそっぽを向くと、背後から優しく抱きしめられる。
夢の中の母様とは違う、じんわりと温かい体温になんだかほっとした。
キース様は、私の肩口に顔を寄せて、蕩けるような甘い口調で話し始める。
「これでも我慢したんですよ?僕の婚約者があまりにも可愛いから、思わず口付けの一つや二つ落としてしまいそうでした」
そんな言葉にぽぽぽっと自身の頬が朱に染まっていくのがわかった。
朝から蜂蜜のように甘ったるいことを言う人だ。
「こんなに魅力的な人と結ばれて、僕は世界一幸せ者ですね」
「…言い過ぎです」
「そんなことありませんよ。世界一幸せな僕の隣で、きっとセイラ嬢のことも、世界で一番幸せな花嫁にしてみせます」
私の首元にぐりぐりと額を押し付けながらそんなことを言う彼は、案外可愛らしい人なのだ。
これは一緒に暮らし始めて知ったことだが、キース様は寝起きに少し甘えんぼうになるらしい。
「もう十分幸せですよ?」
「まだまだこれからです」
得意げに笑ってそんなことを言う彼が、心底愛おしいと思った。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫
閑話の時系列としては、父の罪をセイラが知ってしまう少し前くらいです。
34
お気に入りに追加
8,354
あなたにおすすめの小説
【完結】好きでもない私とは婚約解消してください
里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。
そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。
婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。
アリシアの恋は終わったのです。
ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。
その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。
そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。
反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。
案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。
ーーーーー
12話で完結します。
よろしくお願いします(´∀`)
悪役令嬢の残した毒が回る時
水月 潮
恋愛
その日、一人の公爵令嬢が処刑された。
処刑されたのはエレオノール・ブロワ公爵令嬢。
彼女はシモン王太子殿下の婚約者だ。
エレオノールの処刑後、様々なものが動き出す。
※設定は緩いです。物語として見て下さい
※ストーリー上、処刑が出てくるので苦手な方は閲覧注意
(血飛沫や身体切断などの残虐な描写は一切なしです)
※ストーリーの矛盾点が発生するかもしれませんが、多めに見て下さい
*HOTランキング4位(2021.9.13)
読んで下さった方ありがとうございます(*´ ˘ `*)♡
貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?
蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」
ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。
リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。
「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」
結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。
愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。
これからは自分の幸せのために生きると決意した。
そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。
「迎えに来たよ、リディス」
交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。
裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。
※完結まで書いた短編集消化のための投稿。
小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。
あなたの嫉妬なんて知らない
abang
恋愛
「あなたが尻軽だとは知らなかったな」
「あ、そう。誰を信じるかは自由よ。じゃあ、終わりって事でいいのね」
「は……終わりだなんて、」
「こんな所にいらしたのね!お二人とも……皆探していましたよ……
"今日の主役が二人も抜けては"」
婚約パーティーの夜だった。
愛おしい恋人に「尻軽」だと身に覚えのない事で罵られたのは。
長年の恋人の言葉よりもあざとい秘書官の言葉を信頼する近頃の彼にどれほど傷ついただろう。
「はー、もういいわ」
皇帝という立場の恋人は、仕事仲間である優秀な秘書官を信頼していた。
彼女の言葉を信じて私に婚約パーティーの日に「尻軽」だと言った彼。
「公女様は、退屈な方ですね」そういって耳元で嘲笑った秘書官。
だから私は悪女になった。
「しつこいわね、見て分かんないの?貴方とは終わったの」
洗練された公女の所作に、恵まれた女性の魅力に、高貴な家門の名に、男女問わず皆が魅了される。
「貴女は、俺の婚約者だろう!」
「これを見ても?貴方の言ったとおり"尻軽"に振る舞ったのだけど、思いの他皆にモテているの。感謝するわ」
「ダリア!いい加減に……」
嫉妬に燃える皇帝はダリアの新しい恋を次々と邪魔して……?
【本編完結】私たち2人で幸せになりますので、どうかお気になさらずお幸せに。
綺咲 潔
恋愛
10歳で政略結婚させられたレオニーは、2歳年上の夫であるカシアスを愛していた。
しかし、結婚して7年後のある日、カシアスがレオニーの元に自身の子どもを妊娠しているという令嬢を連れてきたことによって、彼への愛情と恋心は木っ端みじんに砕け散る。
皮肉にも、それは結婚時に決められた初夜の前日。
レオニーはすぐに離婚を決心し、父から離婚承認を得るため実家に戻った。
だが、父親は離婚に反対して離婚承認のサインをしてくれない。すると、日が経つにつれ最初は味方だった母や兄まで反対派に。
いよいよ困ったと追い詰められるレオニー。そんな時、彼女の元にある1通の手紙が届く。
その手紙の主は、なんとカシアスの不倫相手の婚約者。氷の公爵の通り名を持つ、シャルリー・クローディアだった。
果たして、彼がレオニーに手紙を送った目的とは……?
俺はお前ではなく、彼女を一生涯愛し護り続けると決めたんだ! そう仰られた元婚約者様へ。貴方が愛する人が、夜会で大問題を起こしたようですよ?
柚木ゆず
恋愛
※9月20日、本編完結いたしました。明日21日より番外編として、ジェラール親子とマリエット親子の、最後のざまぁに関するお話を投稿させていただきます。
お前の家ティレア家は、財の力で爵位を得た新興貴族だ! そんな歴史も品もない家に生まれた女が、名家に生まれた俺に相応しいはずがない! 俺はどうして気付かなかったんだ――。
婚約中に心変わりをされたクレランズ伯爵家のジェラール様は、沢山の暴言を口にしたあと、一方的に婚約の解消を宣言しました。
そうしてジェラール様はわたしのもとを去り、曰く『お前と違って貴族然とした女性』であり『気品溢れる女性』な方と新たに婚約を結ばれたのですが――
ジェラール様。貴方の婚約者であるマリエット様が、侯爵家主催の夜会で大問題を起こしてしまったみたいですよ?
【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。
112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。
目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。
死にたくない。あんな最期になりたくない。
そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる