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余裕 sideウォルター
しおりを挟むミレイユ嬢とセイラ嬢…サイラスにとってどちらが大切だなんて思いはきっと無かったのだと思う。
だけど、俺を含めて、周囲の人間からすると、慈しみ愛されていたのはミレイユ嬢だった。
わかっていないのは、当の本人だけ。
サイラスに罪の意識か無いだけに、やっかいである。
「ミレイユ嬢ばかり構って、セイラ嬢は傷ついてるんじゃないの~?」
そう俺が何度問いかけても、サイラスは首を横に振るばかり。
「あの子はそんなに弱くないさ。それに、セイラに構うとミレイユが不安がるんだ。やはり実の家族ではないという負い目があるらしい。セイラの様な強さがあれば良かったんだが…親を亡くしたばかりじゃ、なかなかそうも言ってられないしな」
侯爵家の家族問題に、あまり出しゃばって深入りするわけにもいかず、悶々とした気持ちを抱えていた時だった。
廊下を歩いていると、フォージャー侯爵家の家紋を刺繍した鞄が目に付いた。
セイラ嬢だ。
悩まし気な瞳でぼんやりとこちらの方へと歩いてくる。
とんっ
そう小さく肩がぶつかったのは偶然ではない。
「っ、申し訳ございません!ぼんやりしてしまっていて…」
焦った様に謝罪の言葉を述べるセイラ嬢。
侯爵家という決して低くはない家格で、躊躇いもなく頭を下げられる彼女は、きっと良い子なのだろう。
いっそう胸が痛む。
「あ~、俺もちょっとよそ見してた。ごめんごめん」
初対面から随分とフランクな口調で、怪訝に思われたかもしれない。
兄の友人という事で許して欲しい。
自己紹介をして、サイラスと仲が良いことを口にすると、少しだけ警戒心を解いてくれたようだった。
話せば話すほど、普通のご令嬢。
サイラス同様家族の愛情には恵まれず、唯一慕っていた兄さえ今は従姉妹の世話で手一杯。
そんな状況に耐えられるほど、強い子だとは思えなかった。
だから、
「俺のことは優しくてかっこいいお兄ちゃんとでも思って気軽に接してよ~」
ついつい、こんな軽口を叩いてしまったんだと思う。
サイラスの代わりを努めようなんて大それたことは思っていないが、少しでも心の拠り所になれば良い。
昔ながらの友人の行いへのフォローでもあった。
そうしてセイラ嬢と初対面を終え、付かず離れずといった関係を築いていた。
その間、サイラスとセイラ嬢、ミレイユ嬢の関係が回復することはなかった。
状況が進展したのは、キースと彼女が結ばれた時。
サイラスに失望しきったセイラ嬢が、とうとう彼を見限ってしまったのだ。
選択としては、正しいのだと思う。
あのままズルズルと関係を続けていても、誰も幸せにはなれなかっただろう。
初めてセイラ嬢の本心がぶつけられた昼食会で、サイラスは戸惑った様に口を開いた。
「あの子は強い、そう思っていたんだ。だから、傷ついたミレイユをいつも優先していた。それが正しいと信じていた」
セイラ嬢の感情なんてまるで無視した、自分勝手な言い分には思わず溜め息がでる。
本当、お前は馬鹿だよ。
「ははっ、そんなのサイラスの自己満じゃん。セイラ嬢だってただの十六の女の子なのに可哀想~」
こうなるまで、手助けの一つもできなかった自分自身への苛立ちも相まって、冷たく言い放った言葉。
彼は否定もせず、受け入れているようだった。
「セイラに謝らなければならない。謝って、ちゃんとセイラのことも大切だと…」
思いつめた表情の中に、希望の色が消えていないことが少し気になる。
謝れば許してもらえると、その様なおめでたいことを考えているのではないだろうか。
サイラスを切り捨てたセイラ嬢が、そう簡単に再びサイラスを受け入れるとは思えなかった。
それに、二人の関係が修復される様を、あのミレイユ嬢が黙って見ていられるのかは甚だ疑問である。
勿論、セイラ嬢への謝罪は絶対になされるべきだと思う。
だが、そのタイミングが今だとは限らない。
「セイラ嬢のことも、ミレイユ嬢のことも、両方愛せる程器用じゃないなら、もうセイラ嬢はキースに任せちゃえば~?いい感じに幸せそうだよあの二人」
二人を抱えきれるほど、余裕があるわけでも、器用なわけでもないよね、お前。
ぼろぼろなの、知ってるから。
「どういう意味だ」
「今更セイラ嬢に謝ったところで、セイラ嬢がそう簡単にサイラスのことを受け入れるとはとてもじゃないけど思えないじゃん?だったら今はキースに任せた方が懸命じゃないかなって思ってさ~」
だから、納得はいかないだろうけど、セイラ嬢のことも、自分のことも、大切にできる選択肢を選ぶべきだよ。
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