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償いましょう sideサイラス

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Side サイラス


■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□



「何をした、だと?」


父は地を這う様な低い声で、そうぽつりと呟いた。



「まるで私が悪者であるかのような言い方だな…私がいったいどれほどあの子に良くしてやったと思っている!」


「あなたがミレイユを溺愛していたことは知っています。他の家族を蔑ろにする程に」


眉をひそめてそう口にすると、父は私を一瞥して、さも興味なさげに口を開く。



「ふん、あの子は私の唯一だからな」


「唯一?」


「ミレイユ以外、心底どうでもいい。お前達を蔑ろにしたことと、私があの子を愛していることには、何の関連性もないさ」


何の迷いもなくそんなことを言い放つ父に、わかっていても気が遠くなるようだった。


これを聞いていたのが、私で良かった。



私よりもずっと、親の愛など期待していなかったセイラだが、あの子にこんな言葉は聞かせたくない。


たくさん辛い思いをした分、今度こそあの子にとって優しい世界でずっと笑っていて欲しい。



「そんなこと、知っていますよ」


父の言葉に、すっと頭が冷えてくる。



「誰よりも大切にしていたミレイユに刃を向けられるほど、いったい貴方は何をしたというのです」


「っ、私は、私はただ、あの子を愛しただけだ!私はミレイユに、今まで散々愛情を与えてきた!あの子だってそれを余すことなく甘受していただろう!」


落ち着きを欠いて、どんどん興奮していく父のこんな様子を見たのは初めてだった。


父にとって、ミレイユとは…


父がミレイユに向ける想いもの

それは、決して親が子に抱くような、穏やかなものではないのかもしれない。



「あれは、私の女だ」


激情を宿した瞳で、そんなことを口にする父に絶句する。

私の女だなんて、決して実の娘と同じ年の、ましてや姪にあたる少女に使うべき言葉ではない。



「本当に、あなたは、ミレイユに何をしたんですか…!」



目の前の男は、ミレイユを女として見ている。

使用人すら見えないこの家で、あの子と二人っきり。



最悪な想像ばかりが脳裏を過ぎる。


ミレイユをこの男の傍にいさせるべきではなかった。

あの日私は、彼女を引き止めなければならなかったのだ。


父とミレイユが、こちらに移ろうとした日。


私が無理やりにでも止めていれば…




「クソっ…また失敗したのか?私は」

「どうして、どうして…」

「お前も、私を捨てるのか?」


うわ言の様にぶつぶつと呟くその男の目には、最早私は見えていない様だった。



「ミレイユっ、私のミレイユ」


「…父、上」



「私のものにならないのなら、お前もレイナと同じように…」


そんな言葉に、思わず目を見開いた。



レイナと言うのは、ミレイユの死んだ母の名だ。



「っ、何を言っているのですか!不謹慎にも程があります!同じように、というのは、まさかミレイユを…!」


あれ程溺愛していた彼女を、まるで手にかけようとしているかの様な発言だった。


可愛さ余って憎さ百倍とは、この事を言うのだろうか。


到底理解できそうもない。



「ははっ、最初からそうしたら良かったなぁ。レイナの様に変な虫がつく前に、あの子を私の永遠にするべきだったんだ」


この男は、何を言っている…?



「っ、父上!おかしなことを言うのはやめてください!気でも触れたのですか!」

「ええい、喚くな、煩わしい!」


忌々しげにそう言う父の様子は、至って普通に見える。

先程までの異質さは感じられなかった。



「ふん、お前に迷惑はかけん。今までだってうまくやってきた。レイナの時だって、それから、リィサの時もな。今回だって」



得意げにそう言う父に、彼の罪の一端を垣間見た様だった。


今まで…?


ミレイユの母君に、義母だった彼女。

亡くなった二人の死に、父が関係している?



うまくやったなどと、それではまるで彼が二人を殺めた張本人の様ではないか…



わけがわからない。

頭が真っ白で、思考がうまく働かない。


ミレイユの両親も、義母も、賊に殺されたと聞いた。


まさか、この男が、盗賊を雇って…?




「貴方が、殺したのですか」


口をついて出たのは、至ってシンプルなものだった。


その実、否定することを願っての問いかけ。



「真実の愛を貫くのに、多少の犠牲は必要不可欠なんだ。お前も愛を知ればわかるさ」


紛うことなき、肯定だった。



「そんな愛なら、私はいらない」



この男がこれ以上罪を重ねる前に、私がなんとかしなければならない。



セイラに、ミレイユ、大切な妹たちの顔が、頭に浮かんでは、消えていく。


これ以上、悲しませたくない。



ミレイユの無事すら確認できていない状況。

あの子を一人にすることが、心残りだ。



だけど、事態の収拾を付けるには、もう…



「父上、いや、フォージャー前侯爵」


これは、貴方の罪だ。

そして、家督を継ぐ者として、気づけなかった私の罪。



「償いましょう」


先程まで、腹部に刺さっていたナイフを拾い上げ、父の左胸あたりに掲げる。



「っ、何を!」


「私も、一緒に償います」



誰にも真実を知らせず、ひっそりと罪を償うことだけが、今の私達にできる精一杯だろう。

父の所業が公にされれば、せっかく幸せを掴んだセイラを、再び引きずり下ろすことになる。


ミレイユだって、一時期でも慕っていた相手が、自分の親を殺した人間だなんて知れば苦しむことになるだろう。



「共に、地獄に堕ちましょう」



父の胸にナイフを押し当て、ゆっくりと刃先を進めた。



■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫






もうすぐゴールデンウィークですね!

幸せハピネスって感じなので、この気持ちを半分くらいサイラスに分けてあげたいです。


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