上 下
39 / 63

ナイフ sideサイラス

しおりを挟む


Side サイラス


■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫


「…少し苦言を呈しただけで、無視とは」


執務室で一人、大きなため息をつく。



公爵の代替わりで、情勢も不安定な時に、度を超えた贅沢を貪り、領地の田舎町に隠居した父に、先日抗議の文を送った。


しかしながら、出費は抑えられることはなく、その後音沙汰もない状況に、頭を抱える。



「…はあ、仕方ない」


これではもう、いくら手紙で抗議しても、言伝をしても、あの人には響かないだろう。



…私が直接足を運ぶしかないか。



多忙な時期に本来なら必要のない仕事が増えたことに憤りが募るが、離れていった家族の様子が気になるのも事実。

妹のように思っているミレイユがどうしているのかも少し心配していた。


以前は随分と私を慕ってくれていたのだが、父に連れ添った後は手紙の一つさえ届かない。


元気にしているだろうか。



使用人を呼び寄せ、父の別荘に足を運ぶ旨を伝え、私はすぐに屋敷を出た。


今から迎えば夕方には到着するはずだ。



■□



父から教わっていたところに、確かにその別荘はあった。

しかし、様子がおかしい。



ここに来るまでの道すがら民家の一つさえ見えなかった。



父はどうして、こんなにも人気のない場所に、新しい住居を建てたのだろうか。

まるで、隠れるようにひっそりと。



別荘の入口に、門番が一人立っていた。



近くに馬車を止め、その男の元へ歩く。



「貴方は?ここにどのような用件で?」


ジロジロと不躾な視線を送りながら、門番は私にそう尋ねた。



「私は、フォージャー侯爵家当主サイラス・フォージャー。お前の主人の実の息子だ」

「失礼ですが、本日当主様がご来訪されるといったようなお話は伺っておりません!」


「ああ、いきなり来た私が悪いな。これで通してくれるか?」


家紋のついた証書を掲げると、ようやく私を信用してくれたらしい門番が恭しく礼をする。



「はっ、失礼致しました。お通りください」



中に入ると、外見と違って内装は凝った華美な造りだった。

王都にある屋敷によく似ている。



違うのは、その静けさだけ。


人の気配がしない。


使用人の姿さえ見えない。



「父上、どちらですか?誰か!誰かいないのか?」


声を張って中を歩き回るが、やはり使用人や父、ミレイユの姿は現れない。



二階の奥の部屋に差し掛かった時だった。



「う、うぅ…」


そんな苦しげな呻き声が耳に届いた。



「っ、父上?」


慌てて部屋の中に入ると、床にうずくまっている父の姿が目に入る。

腹の当たりに小さなナイフが刺さっているのが見え、目を見開く。



何があったのだ。



「父上!いったいどうしたのですか!」


「っ、ぐ、さい、らすか」


「襲われたんですか?誰がこんな…」


痛みに顔を顰めてはいるが、この小さなナイフでは父に致命傷を与えることはできないらしい。

呼吸は荒いが、出血はそう多くなかった。


一先ずほっと胸を撫で下ろす。



「医者、を…呼べ、はやくしろ」


「わかっています」


乗ってきた馬車を街まで戻らせ、医者を手配すると、再び父の元に戻る。



「ナイフを抜いて止血します。痛むと思いますが、我慢してください」


「っ、さっさとやれ…ぐっ、ゔ」


応急手当を終え、父に向き直ると、唇を噛み締め強く拳を握る姿が目に入る。



「そんなに力を込めては傷口に障りますよ。…いったい、何があったんですか」


「別に。ミレイユと些細な諍いをしてしまっただけだ。お前には関係ない。さっさと王都に戻るがいい」


「っ、ではミレイユが、これを…?」


驚き目を丸くする私に、父は苛立った様に鼻を鳴らした。



「ミレイユはお前が思っているような女ではない。世話になった恩を忘れ、平気で人を傷つける最低な女だ。もうあれの事は忘れろ。この件だって、お前が気にすることではない」



ゾッとするような冷たい瞳で、そんなことを吐き捨てる父。


あんなにミレイユを溺愛していた彼らしくもない。


ミレイユと何があったというのか。


ミレイユが父を刺してしまう程のこと。




「…ミレイユに、いったい何をしたんです」


口から出たのは、自分でも驚くほど、低く冷たい声だった。



■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫



いつもご愛読ありがとうございます。


しおりを挟む
感想 526

あなたにおすすめの小説

元王妃は時間をさかのぼったため、今度は愛してもらえる様に、(殿下は論外)頑張るらしい。

あはははは
恋愛
本日わたくし、ユリア アーベントロートは、処刑されるそうです。 願わくは、来世は愛されて生きてみたいですね。 王妃になるために生まれ、王妃になるための血を吐くような教育にも耐えた、ユリアの真意はなんであっただろう。 わあああぁ  人々の歓声が上がる。そして王は言った。 「皆の者、悪女 ユリア アーベントロートは、処刑された!」 誰も知らない。知っていても誰も理解しない。しようとしない。彼女、ユリアの最後の言葉を。 「わたくしはただ、愛されたかっただけなのです。愛されたいと、思うことは、罪なのですか?愛されているのを見て、うらやましいと思うことは、いけないのですか?」 彼女が求めていたのは、権力でも地位でもなかった。彼女が本当に欲しかったのは、愛だった。

【完結】円満婚約解消

里音
恋愛
「気になる人ができた。このまま婚約を続けるのは君にも彼女にも失礼だ。だから婚約を解消したい。 まず、君に話をしてから両家の親達に話そうと思う」 「はい。きちんとお話ししてくださってありがとうございます。 両家へは貴方からお話しくださいませ。私は決定に従います」 第二王子のロベルトとその婚約者ソフィーリアの婚約解消と解消後の話。 ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎ 主人公の女性目線はほぼなく周囲の話だけです。番外編も本当に必要だったのか今でも悩んでます。 コメントなど返事は出来ないかもしれませんが、全て読ませていただきます。

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリアン・スチール公爵令嬢18歳デビット王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

【本編完結】婚約を解消したいんじゃないの?!

as
恋愛
伯爵令嬢アーシアは公爵子息カルゼの婚約者。 しかし学園の食堂でカルゼが「アーシアのような性格悪い女とは結婚したくない。」と言っているのを聞き、その場に乗り込んで婚約を解消したつもりだったけどーーー

もう、あなたを愛することはないでしょう

春野オカリナ
恋愛
 第一章 完結番外編更新中  異母妹に嫉妬して修道院で孤独な死を迎えたベアトリーチェは、目覚めたら10才に戻っていた。過去の婚約者だったレイノルドに別れを告げ、新しい人生を歩もうとした矢先、レイノルドとフェリシア王女の身代わりに呪いを受けてしまう。呪い封じの魔術の所為で、ベアトリーチェは銀色翠眼の容姿が黒髪灰眼に変化した。しかも、回帰前の記憶も全て失くしてしまい。記憶に残っているのは数日間の出来事だけだった。  実の両親に愛されている記憶しか持たないベアトリーチェは、これから新しい思い出を作ればいいと両親に言われ、生まれ育ったアルカイドを後にする。  第二章   ベアトリーチェは15才になった。本来なら13才から通える魔法魔術学園の入学を数年遅らせる事になったのは、フロンティアの事を学ぶ必要があるからだった。  フロンティアはアルカイドとは比べ物にならないぐらい、高度な技術が発達していた。街には路面電車が走り、空にはエイが飛んでいる。そして、自動階段やエレベーター、冷蔵庫にエアコンというものまであるのだ。全て魔道具で魔石によって動いている先進技術帝国フロンティア。  護衛騎士デミオン・クレージュと共に新しい学園生活を始めるベアトリーチェ。学園で出会った新しい学友、変わった教授の授業。様々な出来事がベアトリーチェを大きく変えていく。  一方、国王の命でフロンティアの技術を学ぶためにレイノルドやジュリア、ルシーラ達も留学してきて楽しい学園生活は不穏な空気を孕みつつ進んでいく。  第二章は青春恋愛モード全開のシリアス&ラブコメディ風になる予定です。  ベアトリーチェを巡る新しい恋の予感もお楽しみに!  ※印は回帰前の物語です。

完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。 王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。 貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。 だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……

結婚式の夜、夫が別の女性と駆け落ちをしました。ありがとうございます。

黒田悠月
恋愛
結婚式の夜、夫が別の女性と駆け落ちをしました。 とっても嬉しいです。ありがとうございます!

私のことが大嫌いな婚約者~捨ててから誤解だったと言われても困ります。私は今幸せなので放っておいてください~

由良
恋愛
伯爵令嬢リネット・メイディスは希代の悪女である。 貴族でありながら魔力量が低く、それでいて自尊心だけは高い。 気に入らない相手を陥れるのは朝飯前で、粗相を働いた使用人を鞭で打つことすらあった。 そんな希代の悪女と婚約することになったのは、侯爵家の次期当主エイベル・アンローズ。誰もがとんだ災難だと同情を彼に寄せる。だがエイベルにとっては災難ばかりではなかった。 異母妹に虐げられるアメリアと出会えたからだ。慎ましく儚げな彼女との間に愛を見出した彼は、悪女に立ち向かい、みごと真実の愛を手にした。 愛をもって悪を打倒した美談に、誰もが涙し、ふたりを祝福した。 ――そうして役立たずと罵られ、すべての悪事を押し付けられていた少女は、あっけなく婚約者に捨てられた。

処理中です...