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ナイフ sideサイラス
しおりを挟むSide サイラス
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「…少し苦言を呈しただけで、無視とは」
執務室で一人、大きなため息をつく。
公爵の代替わりで、情勢も不安定な時に、度を超えた贅沢を貪り、領地の田舎町に隠居した父に、先日抗議の文を送った。
しかしながら、出費は抑えられることはなく、その後音沙汰もない状況に、頭を抱える。
「…はあ、仕方ない」
これではもう、いくら手紙で抗議しても、言伝をしても、あの人には響かないだろう。
…私が直接足を運ぶしかないか。
多忙な時期に本来なら必要のない仕事が増えたことに憤りが募るが、離れていった家族の様子が気になるのも事実。
妹のように思っているミレイユがどうしているのかも少し心配していた。
以前は随分と私を慕ってくれていたのだが、父に連れ添った後は手紙の一つさえ届かない。
元気にしているだろうか。
使用人を呼び寄せ、父の別荘に足を運ぶ旨を伝え、私はすぐに屋敷を出た。
今から迎えば夕方には到着するはずだ。
■□
父から教わっていたところに、確かにその別荘はあった。
しかし、様子がおかしい。
ここに来るまでの道すがら民家の一つさえ見えなかった。
父はどうして、こんなにも人気のない場所に、新しい住居を建てたのだろうか。
まるで、隠れるようにひっそりと。
別荘の入口に、門番が一人立っていた。
近くに馬車を止め、その男の元へ歩く。
「貴方は?ここにどのような用件で?」
ジロジロと不躾な視線を送りながら、門番は私にそう尋ねた。
「私は、フォージャー侯爵家当主サイラス・フォージャー。お前の主人の実の息子だ」
「失礼ですが、本日当主様がご来訪されるといったようなお話は伺っておりません!」
「ああ、いきなり来た私が悪いな。これで通してくれるか?」
家紋のついた証書を掲げると、ようやく私を信用してくれたらしい門番が恭しく礼をする。
「はっ、失礼致しました。お通りください」
中に入ると、外見と違って内装は凝った華美な造りだった。
王都にある屋敷によく似ている。
違うのは、その静けさだけ。
人の気配がしない。
使用人の姿さえ見えない。
「父上、どちらですか?誰か!誰かいないのか?」
声を張って中を歩き回るが、やはり使用人や父、ミレイユの姿は現れない。
二階の奥の部屋に差し掛かった時だった。
「う、うぅ…」
そんな苦しげな呻き声が耳に届いた。
「っ、父上?」
慌てて部屋の中に入ると、床にうずくまっている父の姿が目に入る。
腹の当たりに小さなナイフが刺さっているのが見え、目を見開く。
何があったのだ。
「父上!いったいどうしたのですか!」
「っ、ぐ、さい、らすか」
「襲われたんですか?誰がこんな…」
痛みに顔を顰めてはいるが、この小さなナイフでは父に致命傷を与えることはできないらしい。
呼吸は荒いが、出血はそう多くなかった。
一先ずほっと胸を撫で下ろす。
「医者、を…呼べ、はやくしろ」
「わかっています」
乗ってきた馬車を街まで戻らせ、医者を手配すると、再び父の元に戻る。
「ナイフを抜いて止血します。痛むと思いますが、我慢してください」
「っ、さっさとやれ…ぐっ、ゔ」
応急手当を終え、父に向き直ると、唇を噛み締め強く拳を握る姿が目に入る。
「そんなに力を込めては傷口に障りますよ。…いったい、何があったんですか」
「別に。ミレイユと些細な諍いをしてしまっただけだ。お前には関係ない。さっさと王都に戻るがいい」
「っ、ではミレイユが、これを…?」
驚き目を丸くする私に、父は苛立った様に鼻を鳴らした。
「ミレイユはお前が思っているような女ではない。世話になった恩を忘れ、平気で人を傷つける最低な女だ。もうあれの事は忘れろ。この件だって、お前が気にすることではない」
ゾッとするような冷たい瞳で、そんなことを吐き捨てる父。
あんなにミレイユを溺愛していた彼らしくもない。
ミレイユと何があったというのか。
ミレイユが父を刺してしまう程のこと。
「…ミレイユに、いったい何をしたんです」
口から出たのは、自分でも驚くほど、低く冷たい声だった。
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いつもご愛読ありがとうございます。
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