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侯爵令嬢 sideキース
しおりを挟むSide キース
■□▪▫■□▫▪■□▪▫
セイラ嬢と出会ったのは今年の春のことだ。
友人の妹であることもあり、存在は認知していたがそれだけだった。
そんな彼女に自分でも驚くほど大きな感情を抱くなんてその頃は思ってもみなかったものだ。
早朝の図書館、ここで落ち着いた時間を過ごすことはもう三年目になる習慣でもあったが、最近は少し特別でとても落ち着いてなんていられない。
彼女とすごす時間は、何故か心がざわつく。
「おはようございます、キース様」
表情を柔らげて挨拶するセイラ嬢。
僕が返事を返すと当然のように隣の席に腰掛ける彼女に、なんだか嬉しくなる。
まるで僕に会いに来てくれているのではないかと錯覚に陥りそうになる。
彼女にそうした意図がないことは理解しているのだが。
隣で数学のノートを開き始める彼女の様子をちらりと横目で窺うと、やはり今日もどこか疲れているようだった。
睡眠と食事はちゃんととっているのか、そんな問いに彼女はしっかりと頷いた。
では、どうしていつも元気がないのか。
心配する僕に彼女は決心したように口を開いた。
「家族と、あまりうまくいってないのです」
そう言ったセイラ嬢は酷く思い詰めた様子だった。
「家族と、ですか。確かセイラ嬢はサイラスやご両親、そして従姉妹のご令嬢と同居しているとか」
そう言った事情はサイラスから以前話を聞いたことがある。
「ミレイユをご存知なのですね」
「ええ、サイラスがたまに僕らの元にも連れてきますから。彼女に対してはやけに過保護なので気になっていました」
確かにミレイユ嬢は儚げで傍から見ると庇護欲をそそられるような美形である。
しかし、それはセイラ嬢も同様だ。
その境遇から過保護になるのはわからなくもないが、セイラ嬢を蔑ろにするサイラスのやり方は以前から気に食わなかった。
セイラ嬢は仕方ないことだと受け入れてはいるものの、ミレイユ嬢に対して確かに存在する自分の負の感情に戸惑っているようだった。
当たり前のことだと思う。
実の娘、実の妹である自分ではなく、親戚とは言え他人であるミレイユ嬢ばかりが目の前で溺愛されている状況がどれほど辛いものであるかは想像に容易い。
「負の感情ばかり溢れて止まらないのです。ミレイユは何も悪くないのに、彼女を恨んでしまう私は、最低な人間でしょうか」
唇を噛み締め小さな体を震わせ、言葉を紡ぐ。
セイラ嬢の家族が彼女を必要としていないのなら、僕がもらってしまいたい。
彼女がもう傷つかなくて済むように、僕が傍で守ってあげたい。
「大丈夫ですよ、セイラ嬢。嫌な気持ちになるのは自然な反応です。サイラスには僕からも話してみます」
そう言うと、彼女は驚いた様に目を見開く。
「え、あの、話を聞いて頂けただけでも気持ちが楽になりました。これ以上迷惑をかけるわけには…」
「友人と少し話をするだけです。セイラ嬢が気にすることではありません」
僕が彼女のために何かしてあげたいだけだ。
真っ直ぐにその綺麗なエメラルドの瞳を見つめると、彼女はおずおずと口を開く。
「…ありがとう、ございます」
ぺこりと小さく頭を下げる彼女に、自分が少しでも信頼されているようで嬉しかった。
どうか一刻も早くセイラ嬢の悩みが解消されるように、手を尽くそう。
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