上 下
2 / 63

公爵令息

しおりを挟む


学園に着くとその足で図書館に向かう。

授業開始まで約一時間と少しばかり。


教室でじっとしているよりもここで読書や自習に励む方が有意義だった。



また、ここには高確率で、数少ない友人の一人が私と同じように時間を潰している。


「おはようございます、セイラ嬢」


やはり今日も彼は早朝から図書館で暇を持て余していたようだ。


「おはようございます、キース様」


キース・バーナード公爵令息とは、学園に入学してすぐに図書館で出会った。

二つ上の彼は兄の友人であり何度かお顔を拝見することはあったが、話をしたのは初めてだった。

まだ三ヶ月程の付き合いではあるが、落ち着いた彼の隣にいるのは何故だかとても居心地が良い。


「どこか疲れているように見えますが、ちゃんと食事と睡眠はとっているのですか?」

「どちらもしっかりとっています。キース様はお医者様のようなことをおっしゃいますね」


なんだか面白くなってクスリと笑いを漏らす私に、彼は少し照れたように口を開いた。


「…セイラ嬢はいつもあまり元気が無いようなので」

「元気が無いわけではないのですが…申し訳ございません、朝から陰気な姿をお見せしてしまって」

平然としているつもりだったがキース様には通用しなかったらしい。

見透かされるのは少し恥ずかしい。



「別に謝ることではありません。ただ、一人で抱え込むのは効率が悪いと思って。僕はセイラ嬢より二つも上ですから、少しは頼ってくれても構わないのですよ」


手元の本に視線を移してそんなことを言うキース様。

ちっとも捲られないページが、彼が本になんて集中していないことを教えてくれる。


「…なら、お言葉に甘えて」


こうやって手を差し伸べてくれる存在が心底有難かった。

私を思いやってくれる人は確かにここにいるのだ。


「家族と、あまりうまくいってないのです」

「家族と、ですか。確かセイラ嬢はサイラスやご両親、そして従姉妹のご令嬢と同居しているとか」


その辺の事情は兄から聞いているのかもしれない。


「ミレイユをご存知なのですね」

「ええ、サイラスがたまに僕らの元にも連れてきますから。彼女に対してはやけに過保護なので気になっていました」

「そうですか」


兄様は自分の友人達にもミレイユを紹介していたらしい。

私に対してそんなことをしてくれたことは一度もないのに、やはり彼にとってミレイユは誰よりも大切で守るべき存在であるということだろうか。


「ミレイユはあまり恵まれた子ではありません。兄や両親がそんなミレイユを気にかけ慈しむ気持ちはわかるのです」

「だからと言ってセイラ嬢が蔑ろにされるいわれはありませんよ」


「別に、何か酷いことをされたわけではないのです。家族だって私のことが嫌いなわけではないと思います」


だけど、やっぱり私は寂しかった。

そして、隣で目いっぱいの愛を与えられる彼女が妬ましかった。


「負の感情ばかり溢れて止まらないのです。ミレイユは何も悪くないのに、彼女を恨んでしまう私は、最低な人間でしょうか」


握りこんだ拳がふるふると震える。

なんだか鼻の奥がツンとして、きゅっと唇を噛み締めた。


「自然な感情でしょう。ぽっと出の女に家族の愛情を独り占めされたら当然そうなります。僕だって同じ立場ならきっとその人間に良い気持ちは覚えませんね」

「…そう、でしょうか」


優しいキース様に限ってそんなことがあるとは思えなかった。



「僕にとってその人は邪魔者以外の何物でもありませんからね。さっさと消えて欲しいのが本心です」

「…キース様は、案外口が悪いのですね」

「失礼、少し素が出てしまいました」


意外な一面を知れたようで悪い気はしなかった。


キース様は私の気持ちを代弁してくれたようでなんだかスッキリしてしまった。

やはり私は性格が悪いのかもしれない。



「大丈夫ですよ、セイラ嬢。嫌な気持ちになるのは自然な反応です。サイラスには僕からも話してみます」

「え、あの、話を聞いて頂けただけでも気持ちが楽になりました。これ以上迷惑をかけるわけには…」

「友人と少し話をするだけです。セイラ嬢が気にすることではありません」


深い藍色の住んだ瞳が真っ直ぐに私を捉える。

烏の濡れ羽色の様な珍しい黒髪は、神秘的なほどその綺麗な容姿を強調していた。


「…ありがとう、ございます」


その誠実さや優しさに驚くほどすんなりと私は彼を頼ってしまうのだった。


短い時間の中で、思いの外キース様を信頼している自分がいた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

あなたの嫉妬なんて知らない

abang
恋愛
「あなたが尻軽だとは知らなかったな」 「あ、そう。誰を信じるかは自由よ。じゃあ、終わりって事でいいのね」 「は……終わりだなんて、」 「こんな所にいらしたのね!お二人とも……皆探していましたよ…… "今日の主役が二人も抜けては"」 婚約パーティーの夜だった。 愛おしい恋人に「尻軽」だと身に覚えのない事で罵られたのは。 長年の恋人の言葉よりもあざとい秘書官の言葉を信頼する近頃の彼にどれほど傷ついただろう。 「はー、もういいわ」 皇帝という立場の恋人は、仕事仲間である優秀な秘書官を信頼していた。 彼女の言葉を信じて私に婚約パーティーの日に「尻軽」だと言った彼。 「公女様は、退屈な方ですね」そういって耳元で嘲笑った秘書官。 だから私は悪女になった。 「しつこいわね、見て分かんないの?貴方とは終わったの」 洗練された公女の所作に、恵まれた女性の魅力に、高貴な家門の名に、男女問わず皆が魅了される。 「貴女は、俺の婚約者だろう!」 「これを見ても?貴方の言ったとおり"尻軽"に振る舞ったのだけど、思いの他皆にモテているの。感謝するわ」 「ダリア!いい加減に……」 嫉妬に燃える皇帝はダリアの新しい恋を次々と邪魔して……?

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?

蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」 ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。 リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。 「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」 結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。 愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。 これからは自分の幸せのために生きると決意した。 そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。 「迎えに来たよ、リディス」 交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。 裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。 ※完結まで書いた短編集消化のための投稿。 小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。

アリシアの恋は終わったのです。

ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。 その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。 そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。 反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。 案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。 ーーーーー 12話で完結します。 よろしくお願いします(´∀`)

悪役令嬢の残した毒が回る時

水月 潮
恋愛
その日、一人の公爵令嬢が処刑された。 処刑されたのはエレオノール・ブロワ公爵令嬢。 彼女はシモン王太子殿下の婚約者だ。 エレオノールの処刑後、様々なものが動き出す。 ※設定は緩いです。物語として見て下さい ※ストーリー上、処刑が出てくるので苦手な方は閲覧注意 (血飛沫や身体切断などの残虐な描写は一切なしです) ※ストーリーの矛盾点が発生するかもしれませんが、多めに見て下さい *HOTランキング4位(2021.9.13) 読んで下さった方ありがとうございます(*´ ˘ `*)♡

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。

アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。 いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。 だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・ 「いつわたしが婚約破棄すると言った?」 私に飽きたんじゃなかったんですか!? …………………………… 6月8日、HOTランキング1位にランクインしました。たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!

断罪された公爵令嬢に手を差し伸べたのは、私の婚約者でした

カレイ
恋愛
 子爵令嬢に陥れられ第二王子から婚約破棄を告げられたアンジェリカ公爵令嬢。第二王子が断罪しようとするも、証拠を突きつけて見事彼女の冤罪を晴らす男が現れた。男は公爵令嬢に跪き…… 「この機会絶対に逃しません。ずっと前から貴方をお慕いしていましたんです。私と婚約して下さい!」     ええっ!あなた私の婚約者ですよね!?

処理中です...