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転生令嬢、ヤンデレに絆される

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~~『救国の聖女』第XX話~~~~~~


『魔王の核』……それは、異国の地に封印された、邪悪な黒い球体。
『魔王の核』は、封印された後も密かに闇の力を吸収していた。

今宵も『魔王の核』のもとに黒いオーラが集まってくる。
その強い魔力を取り込んで、とうとう封印を解いた球体は魔王へと姿を変えた。

――国家滅亡の危機が訪れた時、救国の聖女が召喚される……


~~~~~~~~~~~~~~~~~~


気が狂う程の快感を与えられて、疲れ果てた私が眠りに落ちる寸前――

『救国の聖女』で読んだ魔王復活のシーンを思い出して、私はあることに気が付いた。

(そういえば、『魔王の核』が取り込んでいたあの黒いもの……ルシフェル様の黒いオーラにそっくりなんだけど……)

まさか……マンガで魔王が復活したのは、嫉妬に狂ったルシフェル様が苛立ち紛れに魔力を放出したせいじゃないだろうか。
ということは、聖女が召喚されて、結果としてフィーネが婚約破棄されたのはルシフェル様のせい……

(マンガのフィーネも、今の私みたいにルシフェル様に捕まっちゃったのかな……)

冷静に考えると彼の執着に怯えて震えるところだけれど、眠気に抗えなかった私はそれ以上何も考えられなかった。



 

ルシフェル様に押し切られる形で体を重ねた、次の日の朝――

彼の胸の中で目を覚ました私は、自分の中に芽生えた感情に戸惑っていた。
ルシフェル様のことを義弟としか見ていなかったはずなのに、今ではすっかり一人の男性として好意的に受け入れている。
自分でも呆れるくらい、私はチョロい女だったらしい。

でも、長年に渡って聖女召喚やエドワード様からの婚約破棄を恐れていた私には、過激すぎるくらい情熱的な想いが嬉しかった。
ルシフェル様の真っ直ぐな言葉は、じんわりと私の心に染み渡っていった。

ルシフェル様は、私を一生離さないと言ってくれた。
私のことを愛しているとも。
婚約を解消されて、これからどうすればいいか分からなくなっていた私に、ルシフェル様は自分を愛せばいいのだと教えてくれた。

(ううっ……分かってる……流されてるって、分かってるけど……)

ずっと不安を抱えて過ごしていた私には、ルシフェル様が与えてくれる安心感は心地良すぎて抗えなかった。

「起きましたか?」

顔を上げると、ルシフェル様が私を覗き込んでいる。

いつもよりキラキラと輝いて見えるのは、私の気持ちが変わったからだろうか。
彼の麗しさは、起き掛けの目には眩しすぎる。

そんな馬鹿なことを考えていると、ルシフェル様は私を凝視したまま熱い息を吐いた。

「ああ、フィーネ……貴方が私の腕の中にいるなんて、いまだに信じられません」

背中に回った腕に力が籠る。

「貴方はもう、私のものですよ。面倒見が良くて人に甘いところも、私を受け入れる温かな体も、柔らかなこの髪も……それに、すぐに甘い声をあげる唇も、とろんと惚けた若草色の瞳も、人を惑わすその泣きぼくろも……貴方を形成するもの全部、私のものです」

情熱的すぎて少し引く。

十年以上婚約者だったエドワード様にだって、こんなに熱烈な褒め言葉は言われたことがない。
これだけ言われ続ければ、絆されてしまっても仕方がないんじゃないだろうか。

私が他の男性のことを考えているのに気付いたのか、ルシフェル様が真顔になる。

「……フィーネ?」

不穏な気配を感じて、私はベッドからの逃走を試みた。





結局逃れられなかった私は、その日の夕方、ルシフェル様と共に父の部屋を訪れた。

父は寄り添うように立つ私たちを見て、驚いたようだった。
目を見開き、そして感慨深そうに頷く。

「お前たちが密かに心を通わせているとルシフェルから聞いた時には驚いたが……その話は本当だったんだな」

「えっ?」

父は何を言っているんだろう。
私たちが、密かに心を通わせていた?

私がルシフェル様を見上げると、彼は素知らぬ顔で「ええ」と答えた。

父の話ではまるで、エドワード様に婚約破棄を宣告される前から私たちが想い合っていたように聞こえる。
不可解な発言に、一体どういうことかと口を開く。

「――! ――……? ――!?」

ところが、何故か声が出ない。
そして、こんなことが出来るのは一人しかいない。

ハクハクと口を動かした私は、咎めるようにルシフェル様を見る。
彼は私の方を見ることなく父と談笑していた。

「私たちは互いに好意を抱いていましたが、フィーネ様はいずれ王子妃となる御方。許されぬ恋だと心を殺しておりました。――ですが、今回のことがあり、改めて二人で想いを確かめ合いました。今まで侯爵位を継ぐために教育を受けさせていただいておりましたが、これからは女侯爵となるフィーネ様を夫として支えていきたいと思っております」

「そうか」

ルシフェル様の言葉を聞いて、父が頷く。

そういえば、聖女が召喚された話を聞いた時、ルシフェル様は父とはもう話がついていると言っていた。
もしかして、これと同じようなことを言ったんじゃないだろうか。

(――ぜ、全部嘘じゃない!)

抗議したいけれど、声が出ない。
私がジタバタしている間に、ルシフェル様が話を続ける。

「ですが、フィーネ様は長年殿下の婚約者でいらっしゃいました。きっと、フィーネ様のことを好奇の目で見る輩も出てくるでしょう」

「そうだな……」

顔を曇らせた父に、ルシフェル様は人の良さそうな顔で進言する。

「噂が落ち着くまでの間、フィーネ様には表舞台から退いていただき、慣れ親しんだご自宅で心穏やかに過ごしていただくというのはいかがでしょうか」

「!?」

ルシフェル様からの突然の提案に、私は目を見開く。

(えっ!?)

「夜会などには私一人で出席しますので、どうぞご安心ください。フィーネ様のお手を煩わせるようなことはいたしません」

「だが、ルシフェルはそれで良いのか?」

「構いません。心優しいフィーネ様が悪意に晒されるなど、私には耐えられない。大切なフィーネ様を誰にも見せたくないのです」

「おお! そうかそうか!」

父は嬉しそうに声を上げる。
視線を私に向けると、ニコニコと笑って言った。

「お前の夫はなんとも頼もしい。ルシフェルが優秀で良かったな!」

「……」

乾いた笑い声さえ、魔法で止められていて出てこない。

(……それって、ルシフェル様から好かれているか嫌われているかの違いなだけで、やろうとしていることは幽閉と変わらないんじゃ……)

このままでは、前世を思い出してからずっと恐れていた展開になりかねない。
そう気付いた私はぶるりと震えた。

まずは、これ以上ルシフェル様の好きにさせないように、どうにかして彼の手綱を握らないと。
……でも、聖女召喚を阻止するよりも大変そうに思うのは、私の気のせいだろうか?

難易度の高さに目眩がしそうになりながら、私はこれからの未来に思いを馳せた。





END
================
以上で完結となります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!

次ページから、番外編を連載しています。
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