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転生令嬢、義弟の秘密を知る

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聖女召喚を阻止することに決めたものの、ルシフェル様が家に来て以来、まだ二人だけで話をする機会がない。
ルシフェル様は侯爵家の跡取りとしての勉強やら魔法の訓練やらで毎日忙しそうにしているし、エドワード様の婚約者となった私にも妃教育がある。
朝晩の食事は家族全員で取っているから頑張って話し掛けているものの、当たり障りのない会話になっている気がする。

(こうなったらルシフェル様の部屋に遊びに行ってみる? でも嫌な顔されたらへこむなぁ……)

こんな時、前世の精神年齢が邪魔をする。
八歳のフィーネだったら気にしないであろうことも、前世を思い出した私には必要以上に気にしてしまう。
何より『救国の聖女』の大ファンだった私にとって、ルシフェル様は憧れの人。
そんな人に嫌われるのは悲しかった。

(……でも、嫌われるも何も、行動しなかったらただの同居人と同じだよね)

折角ルシフェル様の義姉になったのに、空気だと思われたらそれも辛い。

良い方法はないかと思いながら、気晴らしに書庫へ向かう。
『友達と仲良くなる方法』みたいなハウツー本があったら読んでみよう。
そんなことを考えながら歩いていると、廊下の先に人の姿があった。
息を潜めてそっと様子を窺うと、ちょうどルシフェル様が書庫に入っていくところだった。

「こ、これはチャンス!?」

突然の機会に胸が高鳴る。
二人で話をする絶好の機会。

ルシフェル様に、少しでも良い義姉だと思ってもらいたい!

ドアの前に立ち、どんな風に話しかけようかシミュレーションする。
大きく息をついて「よしっ!」と気合いを入れた私は、ドアノブに手をかけた。

自然を装いながら書庫に入る。
部屋を見回したものの、ルシフェル様はすぐには見当たらなかった。
通路をゆっくり歩きながら本棚を一列一列確認して進む。
侯爵家の広い書庫を進んでいくと、部屋の奥からガタッと音がした。

(いた……!)

ルシフェル様の存在を感じて、気を引き締める。
一番奥の通路に立つと、私は口を開いた。

「あら、貴方もいたのね。偶然……」

考えていた台詞が止まる。
視線の先にいるルシフェル様を見て、私の思考は停止した。

体勢を崩し本棚に手をついたルシフェル様の体から、真っ黒なオーラのようなものが出ている。

「? ……?」

見間違いかと思って改めて見ても、得体の知れない澱みのような黒いモノは変わらずそこにある。
そのオーラはルシフェル様の体を覆っていて、ルシフェル様が荒い息を吐き出す度に範囲を広げていた。
白金の髪から覗くルシフェル様の表情は苦しげで、その顔を見た瞬間、私は声を張り上げていた。

「ルシフェル様!!」

駆け寄ろうとすると、黒いオーラが威嚇するように私に向かってくる。
怖気付きそうになる自分を奮い立たせて、その中に飛び込む。
かき分けるように進んでいき、彼の肩を掴んだ。

「ルシフェル様!」

「……フィーネ様?」

体の向きを変えさせて無理矢理視線を合わせると、ルシフェル様はようやく私に気付いたようだった。
紫色の瞳が、真っ直ぐ私に向けられる。

すると、先ほどまでルシフェル様が纏っていた真っ黒なオーラは霧散していった。

「フィーネ様がどうしてここに……?」

「どうしてって……それよりも大丈夫!? 怪我はない!?」

不思議そうな顔をするルシフェル様を置いて、私は彼の全身を確認する。
目に見える外傷はないようで少しだけホッとする。

「怪我はないようだけど、他は? 具合はどう? 気持ち悪くない?」

「だ、大丈夫」

私の必死の形相に驚いたのか、ルシフェル様は目を見開く。
その様子を見ると本当に何もないのだろう。
安心した私は、ルシフェル様の肩を掴んだまま大きく息を吐いた。

「良かったあぁ」

はああぁぁ……と安堵の息をつきながら胸をなで下ろす。
あの光景を見た時は、本当に血の気が引いた。
ルシフェル様が黒いオーラに取り込まれてしまいそうで、なんだか恐ろしかった。

大丈夫だと分かったら気が抜けてしまって、床に座り込んだ私につられてルシフェル様もしゃがむ。

「あの……驚かせてごめんなさい」

「それは大丈夫だけど……一体どうしたの? さっきの黒いのは何?」

「えっと……」

私をじっと見つめていたルシフェル様が、困ったように視線を逸らす。
躊躇する素振りを見せていたけれど、葛藤の末とうとう口を開いた。

「実は、あの黒いものは僕が出していたんです」

「えっ?」

――ルシフェル様が、アレを? どうして?

「僕、人より魔力が多いみたいなんですけど、気持ちがその……落ち着かないことがあると、体の中で魔力が暴走しそうになるんです」

「暴走……」

「そのまま放っておくと苦しいから、魔力を放出して嫌な感情を吐き出すんです。だから、あの黒いものは僕の魔力なんです」

そう説明したルシフェル様は、いまだ目を逸らしたまま。
紫色の瞳がゆらゆらと揺れている。

「……人に見られたら怖がらせてしまいそうで、ずっと隠れて行っていました。でも、今日、フィーネ様に見られてしまって……」

ルシフェル様は大きく頭を下げた。

「驚かせてごめんなさい。気持ち悪くてごめんなさい」

突然の告白に呆然としていた私は、我に返り慌てて頭を上げさせる。

「そ、そんな! 謝らないで!」

「でも……」

困った顔をするルシフェル様は、まるで私から酷い言葉を言われるのを待っているようだった。
自分でも異様な行動だと分かっていたのだろう。

分かってはいるけれど、それでもどうにもならなくて。
一人隠れて苦しさを取り除いていた。

「ねえ、さっき落ち着かなくなると魔力が暴走しそうになるって言ってたよね? 他にはどんな時になるの?」

「え? えーっと……悲しい時とか、怒った時、かな」

「そう」

ルシフェル様の話を聞いて、負の感情を抱いた時に起こるのだと推測する。
きっと、ブルックベルク侯爵家に引き取られたことで、環境が変わり負担がかかっていたのだろう。

親元を離れ、一人慣れない家で暮らさなければならないこと。
知っている者はおらず、侯爵家の跡取りとして相応しい行動が求められるプレッシャー。
まだ七歳のルシフェル様には、精神的な負荷が大きかったはずだ。

それなのに――

少し考えればそれくらい分かるはずなのに、私は自分のことしか考えていなかった。
聖女召喚を阻止することばかり考えて、本当の意味でルシフェル様を見ていなかった。

今、目の前にいるのは、マンガの中の最強の魔術師ではない。
一つ年下の、私の可愛い義弟だ。

「……さっきの光景は、確かに怖かったわ」

「………」

「でも、だからって貴方を気持ち悪く思ったりしない」

「えっ?」

私はルシフェル様の手を取ると、真剣な顔で告げた。

「私、貴方と本当の家族のように仲良くなりたい。……ううん、ようにじゃなくて家族になりたいの。だから、これからよろしくね」

自分の気持ちが伝わるように、ぎゅっと手を握る。
ルシフェル様は意外そうな顔で私を見ていた。

「侯爵家に相応しくないって追い出さないの?」

「そんなことしないわ!」

全力で否定する。
追い出すなんて、そんなことするはずがない。

でも、これだけは言わなければと表情を引き締めた。

「ただ、魔力を吐き出していた時、貴方すっごく苦しそうだった。魔力の暴走を抑えるためなら、もっと違う方法はないかしら?」

「違う方法?」

「そう。例えば体を動かしたり馬乗りをしたり、あとは気晴らしに出掛けたり。私もお手伝いするから、どんな方法がいいか一緒に探しましょう」

私の提案を聞いて、ルシフェル様は目を瞬かせた。
戸惑うような素振りを見せる彼に、強引すぎたかと反省する。

「嫌だった?」

「嫌じゃないけど……でも、どうして僕に構うのか分からなくて」

その言葉を聞いて、私の中にいる八歳のフィーネが顔を出す。
前世を思い出す前の私がずっと思っていたことを口にした。

「私ね、ずっときょうだいが欲しかったの。だから、ルシフェル様が義弟になってくれて嬉しいんだ」

母はもともと体が丈夫な人ではなかったから、私に弟や妹が出来ることはないと知っていた。
両親は優しいし使用人は皆親切だけど、ふとした時に心細くなる。
大きな屋敷に自分一人しかいない感覚に襲われて、寂しかった。

だから、ルシフェル様の存在は、私にとって無条件で大切なもの。
前世の記憶を取り戻したことで忘れていた本来の気持ちを思い出して、胸の奥がじんわりと温かくなった。



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