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転生令嬢、前世の記憶を思い出す 1

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「フィーネ。今日から一緒に住む、ルシフェルだ」

お父様はそう言って、横に立っていた男の子の背を優しく押した。
促されるようにして前に出た彼は、白金の髪に紫色の瞳の、美しい少年だった。

私、フィーネ・ブルックベルクは、彼の顔を見た途端……雷が落ちたような衝撃を受けた。

そして気付く。
今、私がいるこの世界が『救国の聖女』の舞台だということを。


『救国の聖女』……私が高校生の時にドハマりした少女マンガで、ジャンルで言えば異世界召喚ものというのだろうか。

主人公のミキが高校から家に帰る途中、突然知らない世界に落ちてしまうところから物語は始まる。
その世界は、大昔に封印されたはずの魔王が復活したことで魔の脅威に晒されていた。
ミキが落ちた国では、国が滅亡の危機に晒された時、聖女が現れて救ってくれるという言い伝えがあるのだと言う。
ミキが現れたことで国中が大騒ぎとなり、ミキは聖女として祭り上げられてしまう。
普通の高校生だったのにどうして……と戸惑いながらも、ミキは選び抜かれた仲間たちと共に、魔王を倒す旅に出ることとなった――というお話。

(懐かしい。ミキちゃんが健気で可愛くて、そして何より仲間たちが皆イケメン揃い。バトルあり恋愛あり涙ありの展開に、夢中になって読んでたなぁ……)

特に、ミキちゃんと第二王子エドワードとの恋にはキュンキュンしっぱなしだった。

突然自分が聖女だと言われて取り乱していたミキちゃんを、エドワード様が優しく慰めてくれて……王子という立場にありながら『君だけに責任を押し付けるようなことは出来ない。共に戦う』と言ってくれて……
その時からお互い好意を持っていたけれど、エドワード様には幼い頃から政略的に定められた婚約者がいた。
自分の感情を隠しながら旅を続ける二人。
でも、ミキちゃんの心優しさやエドワード様の男らしさを知って、二人は次第に気持ちを抑えられなくなっていく。
そして、魔王との最終決戦の時にエドワード様が言うの。
『この戦いが終わったら、婚約者との関係は解消する。そして、君にプロポーズをするよ』……と!

(あああ、エドワード様がミキちゃんにプロポーズしたシーンは本当に神回だった! ミキちゃんが泣きながら『私もずっと好きでした……!』って言うところで、私も号泣したよ)

仲間と共に魔王を倒したエドワード様は、宣言通り婚約者と別れ、ミキちゃんに愛の告白をする。
そして二人は幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。
そんな、ハッピーエンドで完結したマンガが『救国の聖女』だ。


自分が大好きなマンガの世界に転生したと気付いた時は、平静を装いながらも内心テンションが上がった。
父たちの前だから変なことは出来ないけれど、それでも小躍りしたいくらいには嬉しい。
ただ、すぐに冷静にならざるを得ない状況に気付く。

『救国の聖女』では、ミキちゃんとエドワード様の恋路を邪魔する存在として、エドワード様の婚約者がいる。
傍から見たら二人は絶対に好き合っているのに、婚約者がいるせいで心を通わせることが出来ないのだ。
マンガを読みながら何度煩わしく思ったことか分からない。

そして、ここからが問題なのだけれど――

ミキちゃんの恋敵にあたるエドワード様の婚約者は、私だ。
ずっと邪魔だと思っていたエドワード様の婚約者は、この私。
つい先日、私、フィーネ・ブルックベルク侯爵令嬢とエドワード様は婚約したばかり。
爵位が釣り合い、エドワード様と同い年の私は、婚約者としてちょうど良かったのだろう。
前世を思い出す前の私は、第二王子の婚約者になったことを光栄に思っていた。

(それが……まさかエドワード様から婚約破棄されてしまうなんて……自分の未来をこんな形で知ることになるとは思いもしなかったわ……)

それなりに好意を抱いていた分、少しショックだ。

ただ、まだ婚約したばかりの彼とは特別親しいわけではなく、婚約前に何度か顔を合わせただけ。
前世を思い出した今となっては、正直婚約破棄となっても構わない。
それにマンガが大好きだった私には、ミキちゃんのエドワード様を取るなんておこがましい! という気持ちもある。

けれど、マンガ通りの展開になると困ることがあった。


「ルシフェルです。どうぞよろしくお願いします、フィーネ様」

人形のように整った顔立ちの男の子が、そう言って頭を下げる。

「この前伝えたように、彼を家族の一員として迎え入れることになった。弟が出来たと思って仲良くするんだよ」

父の言葉が右から左に流れていく。
マンガで見た人物の面影を感じさせる彼の姿に、私は目を離せなかった。




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