上 下
27 / 30

26.イケメンも地位も望んでません!

しおりを挟む

月に一度の約束の日。
前回家に帰ったときから、あっという間に一ヵ月が経ってしまった。

もちろん家に帰って、義父や妹のルナに会えるのは嬉しい。
けれど、先月から何も進展がないことを突き付けられているような気がして、エリザベスは憂鬱だった。

貴族のマナーを教えてくれるレイフォードは、ワルツの練習をするための段取りを組んでくれている。
リリーシアたちは、恋愛の経験が足りないエリザベスに熱心にアドバイスをしてくれる。
自分を卑下するつもりはないが、平民として育ったエリザベスを快く思っていない生徒が多くいる中で、手を差し伸べてくれる人が側にいるのは幸せなことだと感じている。

それなのに、エリザベスの力不足でちっとも進展がない。
手を貸してくれる人たちに対して、そのことが申し訳なかった。

ハートレイ男爵にも探りを入れられてしまったし、変な横やりが入る前にどうにかしたい。
アドヴィス家の三男なんて絶対に嫌だ。
貴族学校自体は三年間あるけれど、卒業までいられると思うほどエリザベスは楽観視できなかった。


(……あ~~また女将さんに「どうだ?」って聞かれたら、何て答えよう……)

先月尋ねられたときは笑って誤魔化したけれど、女将さんには出来るだけ心配をかけたくない。
でも嘘もつきたくない。

あああ……と項垂れながら、酒場に着いたエリザベスが扉に手をかけたとき――……



「みぃーつけた」



後ろから男の低い声が聞こえて、ぞわっと背筋が凍る。
勢い良く振り向いたエリザベスの前に、全身真っ黒な格好の背の高い男が立っていた。

「ザイールさん……」

知り合いであることに安堵したものの、警戒は緩めない。
エリザベスは今、頭からフードの付いたマントを被っている。
なんで気付いたんだと思いつつ、同時に彼ならばと納得した。

「エルザ、ようやく見つけた。……なあ、知らないうちに貴方が酒場を辞めて町から姿が消えて、どれだけ俺が驚いたか分かるか?」

「……」

早速繰り出される重い発言はとりあえず聞かなかったことにする。

人目を避ける必要がある仕事柄なのか彼の趣味なのかは知らないけれど、黒のシャツに黒のスラックスに黒の靴という全身真っ黒な格好。
それに、何て返すのが正解なのか分からない反応に困る言葉。
エリザベスが知っているザイールのままだ。

「ええっと、お久しぶりですね。一年ぶりくらいですか」

「九ヵ月と十二日ぶりだ。なんで俺に何も言わず急にいなくなったんだ?」

咎めるような顔で恨めしそうに見つめるザイールに、エリザベスは「あはは……」と愛想笑いを浮かべる。

懐かしい。
この感じ、全然変わってない……


この男は、酒場で働いていた頃のファンという名のストーカーだった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

モブはモブらしく生きたいのですっ!

このの
恋愛
公爵令嬢のローゼリアはある日前世の記憶を思い出す そして自分は友人が好きだった乙女ゲームのたった一文しか出てこないモブだと知る! 「私は死にたくない!そして、ヒロインちゃんの恋愛を影から見ていたい!」 死亡フラグを無事折って、身分、容姿を隠し、学園に行こう! そんなモブライフをするはずが…? 「あれ?攻略対象者の皆様、ナゼ私の所に?」 ご都合主義です。初めての投稿なので、修正バンバンします! 感想めっちゃ募集中です! 他の作品も是非見てね!

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

この国の王族に嫁ぐのは断固拒否します

恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢? そんなの分からないけど、こんな性事情は受け入れられません。 ヒロインに王子様は譲ります。 私は好きな人を見つけます。 一章 17話完結 毎日12時に更新します。 二章 7話完結 毎日12時に更新します。

【本編完結】婚約破棄されて嫁いだ先の旦那様は、結婚翌日に私が妻だと気づいたようです

八重
恋愛
社交界で『稀代の歌姫』の名で知られ、王太子の婚約者でもあったエリーヌ・ブランシェ。 皆の憧れの的だった彼女はある夜会の日、親友で同じ歌手だったロラに嫉妬され、彼女の陰謀で歌声を失った── ロラに婚約者も奪われ、歌声も失い、さらに冤罪をかけられて牢屋に入れられる。 そして王太子の命によりエリーヌは、『毒公爵』と悪名高いアンリ・エマニュエル公爵のもとへと嫁ぐことになる。 仕事を理由に初日の挨拶もすっぽかされるエリーヌ。 婚約者を失ったばかりだったため、そっと夫を支えていけばいい、愛されなくてもそれで構わない。 エリーヌはそう思っていたのに……。 翌日廊下で会った後にアンリの態度が急変!! 「この娘は誰だ?」 「アンリ様の奥様、エリーヌ様でございます」 「僕は、結婚したのか?」 側近の言葉も仕事に夢中で聞き流してしまっていたアンリは、自分が結婚したことに気づいていなかった。 自分にこんなにも魅力的で可愛い奥さんが出来たことを知り、アンリの溺愛と好き好き攻撃が止まらなくなり──?! ■恋愛に初々しい夫婦の溺愛甘々シンデレラストーリー。 親友に騙されて恋人を奪われたエリーヌが、政略結婚をきっかけにベタ甘に溺愛されて幸せになるお話。 ※他サイトでも投稿中で、『小説家になろう』先行公開です

真実の愛は、誰のもの?

ふまさ
恋愛
「……悪いと思っているのなら、く、口付け、してください」  妹のコーリーばかり優先する婚約者のエディに、ミアは震える声で、思い切って願いを口に出してみた。顔を赤くし、目をぎゅっと閉じる。  だが、温かいそれがそっと触れたのは、ミアの額だった。  ミアがまぶたを開け、自分の額に触れた。しゅんと肩を落とし「……また、額」と、ぼやいた。エディはそんなミアの頭を撫でながら、柔やかに笑った。 「はじめての口付けは、もっと、ロマンチックなところでしたいんだ」 「……ロマンチック、ですか……?」 「そう。二人ともに、想い出に残るような」  それは、二人が婚約してから、六年が経とうとしていたときのことだった。

処理中です...