冷遇された王女は隣国で力を発揮する

高瀬ゆみ

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皇帝ジルバート 1

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精霊について、いくつか分かったことがある。

まず、セシリア以外の者には姿を見ることができない。
もしかしたら広い世界の中には精霊を認識できる者がいるかもしれないが、少なくともセシリアは今まで会ったことがない。

次に、精霊の力は人々に影響を及ぼす。
それは、フェニ達が部屋を荒らしたことでよく分かった。
侍女も護衛兵も皆、悲惨な状態になったセシリアの部屋を見て唖然としていた。

つまり、姿は見えないけれど、精霊達が起こした出来事は認識できる。
ライアが具現化した花びらがバルコニーに落ちているのを見て、侍女の一人が「あら、ここまで風に飛ばされてきたのかしら?」と不思議そうに拾い上げていた。
そのことを踏まえると、精霊の力そのものを見て触れることができるのだろう。

そして最後に、精霊の力はセシリアが思っていた以上に多種多様で、強力であるということ。

今分かるのはこれくらいだろうか。
フェニ達に話を聞けばそれ以外にも何か分かるかもしれないが、部屋を荒らす騒動が起きてからはずっと誰かが側にいて、彼らと話をする機会はなかった。

「――それで、どうしてこんなことになったのですか?」

優秀な侍女達の手により、壊れた美術品は片され、吹き飛ばされた物は全て元の位置に戻され、そしてカーテンは新しい物に取り換えられた。
復旧するまで一時的に部屋を離れていたセシリアが、戻ってきてすぐのことだった。
騒ぎを聞き付けたユリウスがセシリアのもとを訪れたのは。

「……」

ユリウスから冷たい視線を浴びながら、セシリアは先程から何度も繰り返した理由を再び口にした。

「虫が出ましたの」

世間知らずの王女をイメージして、セシリアは真剣な顔で突拍子もないことを告げる。

「……虫、ですか?」

眼鏡越しの視線がますます鋭くなる。
ユリウスが疑っているのを感じながら、セシリアは頬に手を当てて演技を続けた。

「ええ。私、あんなに大きな虫を見たのは初めてで……虫を外に出そうとしたのだけれど、上手くいかなかったの」

「……虫が出たからといって貴方はカーテンを燃やすのですか?」

イライラした様子でユリウスが眼鏡を押し上げる。
そんなわけないだろう、と言わんばかりの口振りだ。
そんなユリウスからの圧に負けることなく、セシリアはしらを切り通した。

「きっと恐ろしくて動転していたのね」

「そう……ですか」

明らかに納得していないようだが、これ以上追究するのはやめたようだ。
疲れたように首を横に振るユリウスを見て、セシリアの心はチクリと痛む。

「……カーテンの他にも部屋の物を壊すなど、色々とご迷惑をおかけしてしまい本当に申し訳ございません」

最後の言葉は演技ではなくセシリアの本心だった。
今回のことで多くの人に迷惑をかけた。物の損害だってある。
精霊三人には二度とこのようなことが起きないよう、きつく言い聞かせなければ。

セシリアがそう心に誓っていると、ユリウスは突然話を変えた。

「侍女を通して、皇帝陛下へのお目通りを願ったそうですね」

「え? ええ」

急な話題転換に驚いていると、ユリウスは苦々しい顔を隠すことなくセシリアに告げた。

「陛下もぜひ貴方とお会いしたいとのことです」

「まあ」

「なんでも、今日の騒ぎのように、返事を保留にして執務室に乗り込んで来られては敵わないから、とおっしゃっていました」

「……まあ」

なんとも言えない複雑な気持ちになる。
まるで、扱いに困る猛獣だか珍獣だかになった気分だ。

(……まあ、結果的に会えることになったのなら良かったわ)

そう思うことにして頭を切り替えていると、ユリウスは呆れたように呟いた。

「殿下は不思議な御方ですね。聞いていた話と全然違う。――陛下も珍しく驚いておられました。あんな陛下の顔を見るのは久々でしたよ」

そう言って呆れたように笑うユリウスの顔を見ながら、セシリアは自分が貶されたことよりもジルバートとユリウスの関係に興味を持った。

「陛下とユリウス様は古くからのお知り合いなのですか?」

「私、ですか?」

一瞬、警戒した素振りを見せたユリウスは、大したことではないと判断したのかすぐに表情を変えて答えてくれた。

「いえ。陛下が帝国軍にいた時からの付き合いですので、そこまで長くはないですね。せいぜい七年程でしょうか」

「でしたらユリウス様も軍に?」

「ええ。一介の兵士に過ぎなかった私達に目を掛けてくださり、そして登用していただいた陛下には感謝しておりますよ」

そう言うと、話は終わりだとばかりにユリウスは立ち上がった。

「では、陛下とのお目通りについては後程侍女を通してお伝えいたしますので。くれぐれも騒ぎを起こしてはなりませんよ」

「……分かりました。よろしくお願いいたします」

部屋を後にするユリウスを侍女と共に見送りながら、セシリアは先程聞いた話を思い返していた。

(私『達』と言うことは、ユリウス様以外にも軍にいた時の繋がりで誰か登用されているのね)

ジルバートとの面会までに、バラゾア帝国の役職者や貴族間の関係を知っておきたい。
セシリアは自分が次にすべきことを考え始めた。



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