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父との決別 2
しおりを挟む娘の様子が普段と違うことに気付いた父は、椅子から立ち上がりセシリアに近付く。
「どうしてお前がそのことを」
「私の立場では、いつ誰に降嫁されるか分かりません。それでもいつか役に立てばと思い、嫁ぐ可能性がある先を前々から調べておりました」
同じ王女でも相手を選べるレベッカとは立場が違う。
将来に不安を抱えたセシリアだからこそ、孤児院で求婚された時からアルフォンスの女性好きは認識していたし、そこからさらに調べて娼館での事件を知ることができた。
イーゼン公爵は孫娘に甘いと聞く。
きっとレベッカがアルフォンスを拒絶したら、最終的にはレインフェルト公爵家との繋がりよりも彼女の意思を尊重するのだろう。
だからレベッカが結婚に前向きなうちに、アルフォンスの素行を隠して話を進めてしまおうとしたのだろうか。
「ただ、一つ分からないことがあるのです。イーゼン公爵家側の利点は推察することができるのですが、父上がどうしてレベッカ様とアルフォンス様を結び付けようとしたのか、それだけは分かりませんでした。アルフォンス様の素行を知りながら、どうしてそんなことをなさったのですか?」
「それは……」
セシリアが尋ねると、目を伏せた父が懺悔するように呟いた。
「私が彼の問題を知りつつレインフェルト公爵家に協力したのは、お前のためだ」
「私のため……?」
まさか自分が関係しているとは思わず、父の答えにセシリアは首を傾げる。
けれど、すぐにおかしいことに気付く。
そんなこと、絶対にあり得ない!
目尻を吊り上げたセシリアは思わず言い返していた。
「……ッ私のためだと言うのなら! 私が晒し者になると分かっていて、どうして止めなかったのですか!?」
普段のセシリアならば、父に向かって大声を出すなんて有り得ない。
感情的にならないよう自分を抑えていたが、今の言葉はどうしても我慢出来なかった。
『セシリアのため』
だから耐えろと父は言う。
この言葉がずっとセシリアを縛り付けていた。
一度声を上げたのが引き金となって、今まで抑えていた感情が爆発する。
「レベッカ様はおっしゃいました! 彼女が主催する夜会に私が参加することを、父上は認めていると。――父上は知っていたのでしょう? レベッカ様とアルフォンス様が揃って夜会に参加することを。二人が私を陥れると分かっていて、なおそれを止めなかったのでしょう!?」
言いながらセシリアは気付く。
本当は、父に否定して欲しいと思っていることを。
全てセシリアの勘違いであって欲しいと、心の中ではそう願っていることを。
けれど、父はセシリアの言葉を認めた。
「……そうだ。お前には悪かったと思っている。だが、仕方なかった。早急にレベッカとレインフェルト公爵家の嫡男との婚姻を進める必要があったのだ。レベッカに、『皆の前でアルフォンスを紹介したい。でもその場にお前がいなければ嫌だ』と言われ、やむを得なかった」
苦しげな表情を浮かべて説明した父は、セシリアの目を見つめて強く訴えた。
「だが、それは全て、セシリアお前のためだ。今、我が国には隣国バラゾアから縁談が持ち掛けられている。相手はあの凶帝だ。幸せになれないと分かっていながら、誰もがお前を隣国に差し出せばいいと言う。ジュリアの忘れ形見である、お前を……! ――そんな中、レインフェルト公爵は言ったのだ。レベッカを降嫁させる見返りとして、御息女を隣国に嫁がせてもいいと。だから、全てはお前の幸せを守るために仕方なく……」
「そんなものは望んでいません!」
遮るようにセシリアは声を張り上げる。
眉根を寄せ、真っ直ぐに父を見つめながら首を横に振った。
「大勢の前で馬鹿にされて……それでも隣国との縁談が無くなって良かったと。私が喜ぶなどと本当に思っているのですか?」
声が震える。喉が詰まりそうになって、自分を奮い立たせるように前を向く。
両手を胸に当てると、今までずっと言えなかった胸の内を必死に訴えた。
「私はただ……ずっと、貴方に抗ってほしかった! 私が要らない王女だと言われた時、貴方だけはそんなことないと皆に否定してほしかったっ! その結果、今よりもっと劣悪な環境になったって構わない。貴方に認められたという誇りを胸に抱いて、私は矜持を持って生きていける!」
セシリアの瞳に涙が浮かぶ。
堪え切れず、溢れた涙が頬を伝った。
――ずっと、ずっと、苦しかった。
セシリアには父しかいないのに、誰に何を言われても父は否定しなかった。
父はいつだって世間から背を向けてセシリアをそっと抱き締めるだけ。
セシリアを背に庇い世間に言い返すことはしなかった。
「父上が黙っているのは、皆の言葉を認めているからだと……そんなことを考えてしまう自分が嫌だった。貴方にだけは、必要な存在なのだと言ってほしかった……!」
父から愛されているのは分かる。
大切にされていることも知っている。
でも、セシリアが望むのは、父が考える幸せの形とは違う。
セシリアは守られたいのではない。
ただ、自分は生きていてもいいのだと認めてほしいだけだ。
幸せにしてほしいわけじゃない。
幸せになるために、自ら手を伸ばしたい。
けれど、父の側にいたらそれはきっと得られないのだろう。
だから、父のことは心から愛しているけれど、父とは決別することを決めた。
セシリアは涙を拭うと、しっかりとした口調で告げた。
「私は、バラゾア帝国の皇帝に嫁ぎます」
「何を馬鹿なことを!」
「いいえ、現実的にそうなります。先程の夜会で、私はアルフォンス様の悪い噂をレベッカ様に教えて差し上げました。酷くお怒りでしたから、きっとレベッカ様は結婚の話をなかったことにするでしょう。レベッカ様とアルフォンス様が結ばれることを望んでいたイーゼン公爵は、計画を邪魔した私を決して許さないはずです」
「な……っ! なんてことを……!」
悲痛な声を上げる父に、セシリアは小さく微笑む。
「それに、もしイーゼン公爵が許したとしても、私がそうしたいのです」
父が望むように、誰から何を言われても黙って耐え忍び、今まで通り大人しく離宮に閉じこもっているのはもう嫌だった。
隣国に行ったからといって、環境が良くなるとは限らない。
むしろ、父に守られた今の状況に比べたら、悪くなる可能性の方が高い。
でも、隣国に行くことでセシリアは王女としての役目を果たすことができる。それだけは確かだった。
「私はもう、父上の庇護に頼って生きるのは嫌です」
そう言って、セシリアは心からの笑みを浮かべた。
「今まで受けた恩を返すため、そして隣国との良好な関係を維持するために、どうか父上のお力にならせてください」
父に向けたセシリアの顔は、今まで見せたどの表情よりも晴れ晴れとしたものだった。
そして――
その言葉通り、セシリアはバラゾア帝国 十代皇帝ジルバートのもとに嫁ぐこととなる。
================
ようやく、あらすじの前半部分が終わりました。
次から隣国編です。
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