冷遇された王女は隣国で力を発揮する

高瀬ゆみ

文字の大きさ
上 下
18 / 44

セシリアの反撃 4

しおりを挟む

「それでも、例えそのような御趣味があったとしても、名家に嫁ぐことができるのは王女として幸せなことだと思おうとしました。ですが……」

セシリアの纏う空気が変わる。
初めて見せる軽蔑の眼差しに、アルフォンスは息を呑んだ。

「貴方、『白薔薇館』で問題を起こしたそうですね?」

セシリアから冷ややかな眼差しを向けられて、ハッ! と我に返ったアルフォンスは慌てて否定した。

「ち、違う!」

叫びながら大きく首を横に振る。
けれど心なしか顔色は悪く、顔が強張っていた。

「さっきから何を言っているんだ!? い、一体、何を知っている!」

「ずっと不思議だったのです。どうして貴方が私に求婚したのか。貴方は王家の色に固執しているようには見えませんでしたし、王女を娶ったという名誉に興味があるようでもない。今までずっと自由にしていらした貴方が、親に強制されて求婚したとも考えづらい。もちろん私に恋情を抱いているわけでもない。――けれど、『白薔薇館』での不始末という汚点があるなら話は別です」

セシリアは扇子を取り出して広げると、口元を隠して目を細めた。

「公爵家嫡男として望み通りに生きてきた貴方でも、今回は相当懲りたでしょうね。貴方が何をしたのか、今、この場で皆様にお伝えいたしましょうか?」

「やめろ!!」

悲鳴にも似た声が会場に響く。
思わず制止したアルフォンスの顔は、誰が見ても分かる程青ざめていた。

「知らない方は多いでしょうね。この件に関してはレインフェルト公爵が口止めしているそうですから。でも、贔屓にしていた女性が突然いなくなれば、何があったのか調べようとする者は必ず出てくるものです」

「た、頼むから黙ってくれ!」

「アルフォンス様! お姉様の話は本当なの!?」

レベッカが詰め寄りながら大声を上げる。

セシリアとレベッカの二人から同時に責められて、アルフォンスは思わず後ずさった。
今のアルフォンスには、取り繕う余裕もなければ誤魔化す方法も思い浮かばない。
貴公子としての仮面を剥ぎ取られ、後に残ったのは無能な男の惨めな姿だった。

そんな憐れな様子にもセシリアは追及の手を緩めない。

「ご子息の尻拭いをさせられて、公爵はさぞお怒りになられたことでしょうね。お父上から言われたのではないですか。廃嫡されたくなければ王女と結婚してみせろ、と」

「なんですってッ!?」

「ち、違う! 廃嫡なんて誤解だ! 父にはただ、揉み消してやるからと言われただけで……」

慌てて言い繕ったが、アルフォンスがそう言った途端、レベッカは大きく目を見開いた。
レベッカの菫色の瞳が、信じられないものを見る目でアルフォンスを見る。

「……あ」

アルフォンスはレベッカの反応を見て、ようやく自分が墓穴を掘ってしまったことを察した。

「ち、違う……違うんだ!」

「お前……よくも恥をかかせてくれたわね……!」

腰が引けてしまっているアルフォンスに、レベッカが詰め寄る。
今にもレベッカの罵倒が聞こえてきそうな時――
二人のやり取りを遮るように、パチン! と扇子を閉じる音が響いた。

レベッカが喋り出すより早く、セシリアが口を開く。

「レベッカ様。私の話を聞いて、これからどうするかは貴方次第です。でも――」

セシリアが凛とした声で告げる。
美しい佇まいからは王女としての風格を感じさせた。

「それは私には関係のないことです。後はお二人でどうぞご自由になさってください」

強い意志を宿したセシリアの瞳が、宝石のように鮮やかに光輝く。
その姿を見た貴族達には、どうしてか彼女の周りがキラキラと煌めいているように見えた。

感情的になっているレベッカを制するように、隣からセシリアを援護する声がした。

「――そうですね。それに、これ以上この場で話を続けるのはよろしくないでしょう。レベッカ、貴方達二人は場所を移した方がいい。――音楽を」

ウィリアムが片手を挙げると、音楽隊が慌てて演奏を開始する。
いつの間にか音楽が止まっていたことに、ほとんど誰も気付いていなかった。
それくらい目の前で起きた出来事に集中していた。

「~~ッ! ……分かったわ」

会場を見回したレベッカは、もう取り返しがつかない程、醜聞を晒したことに気付いたのだろう。
震える赤い唇を噛み締めてセシリアを睨むと、ふいっと顔を背けた。
ウィリアムに促されて、レベッカとアルフォンスは会場を後にする。
貴族達はセシリアと話したそうに視線を向けていたが、隣にいるウィリアムを気にして行動に移す者はいなかった。

レベッカとアルフォンスの背中を目で追いながら、セシリアは小さく息をつく。
慣れないことをしたせいで体が強張っていた。

(これで終わったのね……)

アルフォンスから言葉を引き出すためにレベッカの真似事をして煽ってみたが、どうにか上手くいって良かった。

胸を撫で下ろすセシリアに、ウィリアムが声を掛ける。

「お疲れでしょう。貴方も退出なさったらいかがですか?」

「ウィリアム様はどうなさるのですか?」

「私はこの場に留まります。主催者であるレベッカがいなくなってしまったので、代わりをする者が必要でしょうから」

セシリアは少し考えると、顔を上げて彼を見つめた。

「夜会が始まる前、ウィリアム様は最後までエスコートしてくださるとおっしゃっていましたね」

「ええ」

興味深そうにセシリアを見つめるウィリアムに、セシリアは小さく微笑んだ。

「でしたら父上のところまで連れて行っていただけませんか? 送り次第お戻りいただいて構いませんから」

これほど騒ぎを大きくしたのだ。今日の夜会で起きたことはすぐ父の耳に入るだろう。動くなら早い方がいい。

セシリアが決着をつけなければならない相手は、まだ残っていた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

国王ごときが聖女に逆らうとは何様だ?

naturalsoft
恋愛
バーン王国は代々聖女の張る結界に守られて繁栄していた。しかし、当代の国王は聖女に支払う多額の報酬を減らせないかと、画策したことで国を滅亡へと招いてしまうのだった。 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ ゆるふわ設定です。 連載の息抜きに書いたので、余り深く考えずにお読み下さい。

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

(完)聖女様は頑張らない

青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。 それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。 私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!! もう全力でこの国の為になんか働くもんか! 異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

辺境伯聖女は城から追い出される~もう王子もこの国もどうでもいいわ~

サイコちゃん
恋愛
聖女エイリスは結界しか張れないため、辺境伯として国境沿いの城に住んでいた。しかし突如王子がやってきて、ある少女と勝負をしろという。その少女はエイリスとは違い、聖女の資質全てを備えていた。もし負けたら聖女の立場と爵位を剥奪すると言うが……あることが切欠で全力を発揮できるようになっていたエイリスはわざと負けることする。そして国は真の聖女を失う――

処理中です...