冷遇された王女は隣国で力を発揮する

高瀬ゆみ

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生まれて初めての夜会 2

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この件に関して、父が承諾しているというのが意外だった。
降嫁先が決まるまではセシリアを人前に出さないつもりかとばかり思っていた。

「姉さんにはこれが初めての夜会でしたね。レベッカのことは申し訳ないですが、最後まできちんとエスコートさせていただきますよ」

ウィリアムの穏やかな声を聞きながら、人当たりの良い彼の態度にセシリアは内心首を傾げる。
胸の内ではどんなことを考えているのか分からないが、少なくとも目に見えた嫌悪は感じられない。
てっきり嫌われているのかと思っていたから、ウィリアムの態度が不思議でならなかった。

「私のエスコート役など嫌だったのではないですか?」

真意を探るようにセシリアはウィリアムの瞳を見つめる。
婚約者がいることなどお構いなしに、レベッカがエスコート役を押し付けたのは間違いない。
けれど、レベッカと同じ菫色の瞳には負の感情は見受けられない。

セシリアの質問の意図を汲み取ったウィリアムは、困ったように眉尻を下げた。

「母やレベッカと違って、私は貴方に対して悪い感情は持っていませんよ。むしろ同情すらしている。――でも……」

セシリアを見つめ返した彼は、はっきりと自分の考えを口にした。

「交流のない貴方よりも、生まれてからずっと側にいたレベッカの方が可愛い。だから、姉さんには申し訳ないですが、何かあった時には私はレベッカ側につきますよ」

「……ええ。分かりました」

嫌ってはいないが中立の立場でもないことを明確に示したウィリアムに、セシリアは微笑む。
納得すると同時に、胸の奥がチクリと痛んだ。

――寂しいなんて、思ってはいけない。思うことすら間違っている。

だって、心の繋がりなど元々持っていないのだから。



ウィリアムに連れられて宮殿内の会場に向かう。
王宮の敷地内で暮らしているのに、セシリアは宮殿に入ることがほとんどない。辿り着いた先は、十九年間生きてきて初めて行く場所だった。
王家の紋章が描かれた大きな扉の前に立っていた護衛兵らが、二人に向かって敬礼した後、左右に分かれて扉を開ける。
扉が開いた先に見えたのは、煌びやかなパーティー会場だった。

音楽隊による演奏が流れる中、華やかな礼服を身に着けた紳士淑女が場を彩っている。
年配者からセシリアと同世代の者まで、数多くの貴族が会場内に散らばって歓談していた。誰もが美しく着飾り、自分をより素晴らしく見せるために余念がない。
経験のないセシリアには比べられないけれど、レベッカ主催の夜会は大盛況のようだった。

人の多さにたじろぎそうになったセシリアの背を、ウィリアムがそっと支える。
ハッと意識を戻したセシリアに、弟はにこやかに声を掛けた。

「行きましょう」

「ええ」

促され、頷いて前を向く。セシリアは初めての夜会に足を踏み入れた。

王太子殿下と第一王女に気付いた貴族達は、歓談を止めて二人に視線を向けた。
表舞台に出ることのない第一王女が参加するとあって、今日の夜会は始まる前からその話題で持ちきりだった。
来ると事前に知らされてはいても、普段目にすることのない人物の登場に会場は沸き立つ。

特にセシリアの母を知っている者は、セシリアがあまりにも母親に似ていることに、驚きを隠さなかった。
かつて社交界で妖精と謳われた母に似て、セシリアは美しかった。
雪のように白い肌に、ほっそりとした肢体。小ぶりな顔は愛らしく、エメラルドのような大きな瞳はキラキラと光を放っている。
背中の中程まである黄金色の長い髪は、絹のように艶やかだった。

ただ、面影にどこか影を感じるのは、彼女の境遇を知っているからだろうか。
第一王女セシリアを見た人々は、一瞬にして目を奪われた。
ウィリアム王太子殿下と並んで歩いている姿を見ると、人を寄せ付けない神々しささえある。

貴族達が見守る中、ウィリアムはセシリアをエスコートしながら会場の奥へと進んで行った。
毅然と前を向いて歩くセシリアにそっと囁きかける。

「緊張していますか?」

「そう、ですね。普段人の多いところには行かないものですから、落ち着きません」

多くの人々がこちらに目を向けているのを肌で感じる。
顔には出さないように努めながらも、たくさんの視線を浴びて足が震えそうになる。好奇に満ちた視線が怖かった。

「貴方はとても素敵ですよ。自信を持ってください」

ウィリアムの言葉を聞いて、セシリアはレベッカが用意したドレスを見る。
時間がなかったため既製品を元にしたグリーンのドレスは、定番の形ながら綺麗なドレスだった。
セシリアの瞳の色よりも淡い若草色で、柔らかなチュールを使ったボリュームのあるスカート。華やかというよりも可愛らしい印象を与える。
侍女達は、「セシリアによく似合っている」とレベッカの選んだドレスを絶賛していたが、自分には甘すぎる気がするとセシリアは思っていた。

ただ、自分を馬鹿にしているレベッカが、セシリアを引き立てるようなドレスを選んでくれた。
そのことを素直に嬉しいと思う一方で、得体の知れない違和感を覚えていた。

「それに、今日は急な予定が入って国王も王妃も参加しておりませんから、今この場で最も地位が高いのは私達です。主催者であるレベッカはまだ来ていないようですし、皆、我々に挨拶する機会を窺っているのですよ」

ウィリアムが言っていた通り、一番奥まで進んだセシリア達が立ち止まると、貴族達は一斉に動き始めた。
挨拶のために列を作る人々を見て、セシリアは初めての光景に目を瞬かせた。

初めて顔を合わせる者がほとんどだったが、姿絵を覚えていたこともあり挨拶だけなら問題ない。ウィリアムのサポートもあって、セシリアは口先だけのお世辞に笑顔で対応する。
順々にやって来る貴族達の対応をしていると、不意に、入口から何やら声が聞こえてきた。
それは、驚きを含んだ貴族達の声だった。そのざわめきは段々とこちらに近付いてくる。

挨拶のために並んでいる人々の列があり、セシリアからは何が起きているのか確認することができない。
どうしたのだろうかと声のする方を見ていると、道を開けるように人々が左右に割れた。

突然、セシリアの視界が開かれる。
視線の先にいたのは――

勝ち誇った顔のレベッカと、その隣にはアルフォンスがいた。




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