冷遇された王女は隣国で力を発揮する

高瀬ゆみ

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生まれて初めての夜会 1

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セシリアがヴェネットの孤児院に出掛けてから一月が経った。

その間に様々な教師から話を聞いたが、バラゾア帝国の詳しい情報は得られていない。
皇帝が皇太子派を制圧する時に、軍を動かしたという話を聞いたくらいだ。
どうも皇帝の地位に就く前は帝国軍に所属していたらしい。
新しい情報はそれくらいだけれど、以前聞いた話の裏付けは取れたため十分収穫はあった。

ただ、アルフォンスからはまだ何の連絡もない。

動かないようにと釘を刺されているため、何も出来ない今の状況が歯痒くて堪らなかった。
周囲にバレないよう動く必要があると言っていたため、そう簡単には話が進まないのかもしれない。

その間、父と話をする機会が二度あったが、セシリアはアルフォンスの指示通り求婚されたことは黙っていた。
それでもレベッカから教えられた隣国とのことがあったため、それとなく結婚について尋ねてみたものの、父は言葉を濁すだけで何も教えてくれなかった。

「悪いようには決してしない。だから、安心して私に任せてほしい」

「……ッ、ですが……!」

いつもと変わらない父の態度に焦れたセシリアは、思わず声を張り上げる。
それは、物心が付いてからは初めてと言ってもいいセシリアの反抗だったけれど、父は慈愛に満ちた笑みで彼女の言葉を奪った。

「大丈夫。私はお前の幸せを誰よりも願っているんだよ。だから、もう少しだけ待っていておくれ」

「……」

そう言って優しい眼差しを向けられたら、セシリアは口を閉ざすことしかできなかった。

アルフォンスから求婚されても、セシリアの日常は何も変わらない。
そう思っていたのに、セシリアは何故か、レベッカ主催の夜会に参加することになってしまった。



セシリアが離宮を出て、侍女と護衛を伴って宮殿に向かうと、庭園側の入り口に王太子のウィリアムが立っていた。
まさかこんなところで待っているとは思わなかったセシリアは目を見開き、弟に向けて礼を執る。
数年ぶりに会った弟は、セシリアに向かってにこやかに話し掛けた。

「久しぶりですね。姉さん」

セシリアと同じ黄金色の髪を持つウィリアムは、これから始まる夜会に向けて煌びやかなシルバーのジュストコールにクラバットを着ていた。
柔らかな笑みをたたえた彼からは、姉のレベッカとは違いセシリアに対する敵意は感じられない。
セシリアは弟に微笑み返した。

「お久しぶりです。本日はエスコート役を買って出てくださりありがとうございます」

「いえいえ。元はと言えば姉の我が儘から始まったことでしょう。貴方が礼を言うことではありませんよ」

そう言って、何を思い出したのか可笑しそうに笑う。

「聞きましたよ。今日の夜会に出るようレベッカに命じられて、それを拒否したそうですね。貴方に上手く断られそうになって、業を煮やしたレベッカは祖父を盾に貴方を脅したそうじゃないですか。見かけによらず姉さんは口が達者ですね」

口にこぶしを当てて笑うウィリアムを見ながら、セシリアは困った顔をする。
話題に出されてつい先日のことを思い出した。

いつものように前触れなく離宮にやって来たレベッカは、セシリアに向かって突然夜会に出席するよう言い出した。
なんでも、今度レベッカ主催の夜会があるらしい。
夜会どころか人前に出ることのないセシリアが参加すれば、注目を浴び、主催者である自分の評価が上がると思い付いたそうだ。

つまり、セシリアを客寄せに使おうというわけだ。
見世物扱いされて良いことなど何もない。当然断ったが、レベッカはまさかセシリアから断られるとは思いもしなかったようだ。

「どうしてっ!? お姉様は今まで一度も夜会に参加したことがないんでしょう? 私が出させてあげるって言ってるのよ?」

「申し訳ありませんが、夜会に出席するための準備が整っておりませんので」

「準備なんて、持っているドレスを着ればいいじゃない!」

「残念ですが、以前レベッカ様が『ダサい』とおっしゃった冴えないドレスしか持っておりません。そんなドレスで参加して、主催者に恥をかかせてしまってはなりませんもの」

悲しげな表情を浮かべながら、この前レベッカが離宮に来た時に言っていた言葉を引用する。
自分の発言を断り文句に使われて、レベッカの顔が歪んだ。
目を吊り上げたレベッカは苛立たしげに口を開いて、けれどわめき散らすことなく言葉を飲み込んだ。

「……ドレスがないのなら私の方で見繕ってあげるわ」

(……レベッカ様が、私のためにドレスを?)

信じられない。姉を連れ出すためにドレスまで用意しようとするなんて。いつものレベッカでは考えられない行為だ。

そこまでして出席させたい夜会なんて、ますます行きたくない。

セシリアが続いて付き添い人のことなど様々な問題点を挙げると、レベッカは頰を引き攣らせながら全てどうにかすると言い切った。
そして……

「お父様が承諾しているんだからいいでしょう! これ以上何か言うようであれば、お祖父様に訴えるわ!」

最後にイーゼン公爵の名を出され、セシリアは断り切れず今に至る。




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