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アルフォンスからの求婚 1

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嵐のようにやって来てセシリアの心をざわつかせたレベッカは、自分の言いたいことだけ言うと颯爽と帰っていった。

顔を曇らせたセシリアを見て、心配した侍女らが今日の慰問は延期にするかと尋ねてきたが、セシリアは首を横に振り予定通りに行くと告げた。
確かにレベッカから言われた言葉はセシリアを酷く動揺させた。でも、セシリアは自由に外に出ることを許されていない。
今日の機会を逃したら次はいつになるか分からない。
今度会ったら計算の勉強をしようと約束をした子供たちのことを思うと、行かないという選択肢はなかった。



ヴェネットの孤児院へ向かう馬車の中、セシリアは窓から外の風景を眺めながら、レベッカから言われた言葉を思い返していた。

(――きっと、レベッカ様が言っていたのは本当のことだわ)

恐らくそれは間違いないだろう。

セシリアは長年レベッカによって苦しめられている。
だから、レベッカのことは嫌でも分かる。

一度、セシリアを苦しめるためにレベッカが嘘をついたのではないかと考えてみたが、すぐに否定した。
そんな嘘をついてもセシリアが父に尋ねればすぐにばれてしまう。わざわざ離宮に来て、すぐばれる嘘をつくとは思えない。

それに、レベッカは人の不幸を喜ぶ困った性格をしているが、愚かではない。
計算高い彼女なら、セシリアを陥れる策を練ることはあっても、嘘をついてからかうようなことはしないだろう。
だからこそ余計に悪質だった。

(バラゾア帝国の皇帝と、結婚……)

平民貴族問わず十六歳から結婚できるアルデンヌ王国では、貴族令嬢は十六から十八までが結婚適齢期と言われている。
十九歳のセシリアはいつ結婚してもおかしくない。
何かしら理由をつけて、当たり障りのないところに嫁がされるだろうとは思っていたけれど、まさか隣国の皇帝が候補に挙がるとは思わなかった。

レベッカが言っていたように、今回の話は両国の関係を強化するためのものなのだろうか。
いくら皇太子派を制圧したとはいえ、元々第二皇子だった皇帝はアルデンヌ王国の王女を娶ることで他国の後ろ盾が欲しいのかもしれない。

「ねえ、カーラ」

「なんでしょうか?」

馬車に同席していた侍女頭のカーラに声を掛ける。
ふくよかな彼女の見た目同様、のんびりとした柔らかな声が返ってくる。

「スコット先生にお会いしたいの。連絡を取ってもらえるかしら」

「かしこまりました。離宮に戻りましたらすぐに手配いたします」

「ありがとう、助かるわ。あと、スコット先生以外に周辺国について詳しい方はいないかしら? 実務に携わっている方は難しくても、できれば新しい情報を持っている方がいいのだけれど」

「でしたら、外交を務めるシュタイン侯爵の御子息を教えていらっしゃる、クリシュナ先生はいかがでしょう。もしかしたら何か情報を得ているかもしれません」

「そうね。ぜひお話ししたいわ」

カーラと雑談をしながら、何人かの教師と約束を取り付けてもらうよう指示を出す。
教師の名前ばかり挙げるセシリアを見て、カーラはそれとなく進言した。

「……先生との面会も良いですが、最近陛下とお会いしていないのではないですか? もしよろしければ陛下にお越しいただくよう、陛下付きの侍従にお願いしてみましょうか?」

「父上は……いいわ。大丈夫よ」

セシリアがそう言うと、カーラは困ったような顔をした。

「先生方には自ら積極的にお会いになりたいとおっしゃるのに、陛下に対しては随分謙虚でいらっしゃいますね」

「そう、ね」

「姫様はもっとお父上を頼っても良いと思いますよ」

カーラの心遣いに、セシリアは言葉を詰まらせる。
上手く言葉にできなくて、黙ったまま微笑み返した。

父に対する感情はとても複雑で、セシリアは自分でもきちんと整理できていない。
セシリアは見た目だけなら華奢で色白で、周りの庇護がないと生きていけないような頼りないお姫様に見えるが、実際は案外、思い切りの良い性格をしている。
レベッカからの嫌みにだって、やろうと思えばいくらでも言い返すことができる。

でも、しない。

言い返さないのはレベッカが怖いからではない。
父のことがあるからだ。

父は、肩身の狭いセシリアのために出来る限り手を尽くしてくれている。
セシリアがレベッカに文句を言えば、きっとレベッカは鬼の首を取ったように周囲に言いふらすだろう。
セシリアは何と言われても構わない。でも、自分の言動のせいで父を困らせるようなことはしたくなかった。

父のことは愛している。
父から愛されていることも知っている。
セシリアの大切な家族は父だけだ。

でも……


――可愛いセシリア……


自由になりたいと願う度に、父の言葉が脳裏に蘇る。
その時ばかりは、愛する父の言葉が何故か、セシリアを縛る呪いの言葉のように聞こえてしまう。

なんて罰当たりなんだろう。セシリアは目を伏せて、込み上げる思いに蓋をした。




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