上 下
4 / 44

セシリアの妹 3

しおりを挟む

バラゾア帝国 十代皇帝ジルバート。
第二皇子である彼は、継承順位で言えば本来皇帝にはなり得ない。けれど虎視眈々と皇帝の座を狙っていた彼は、皇帝の器として申し分なかった二つ上の兄を陥れ、短期間のうちに皇太子派閥を一掃した。
ジルバートが犯した残虐非道な行いの数々から、バラゾア帝国では『凶帝』と囁かれ恐れられているという。

家庭教師からその話を聞いた時、セシリアが一番に考えたのは父のことだった。
隣国のトップがそのような恐ろしい男に代わったことで、国王として外交にも関わる父は苦労するのでないか。それだけが気掛かりだった。

父の心配をしていたセシリアは、皇帝の就任がまさか自分の将来にも影響を及ぼすことになるとは思ってもみなかった。

「私が、バラゾア帝国の皇帝と結婚……」

新たな皇帝の良い噂など、一つも聞いたことがない。目的のためなら血を分けた兄さえも手に掛ける冷酷非道な男。
そんな男の元に嫁ぐと聞かされて、セシリアは困惑した。

怖いというよりも、躊躇う気持ちが強い。
セシリアの狭い世界の中では、一生関わることのない人物だと思っていた。

瞳を揺らしたセシリアは、ふと、幼い頃からずっと言われ続けてきた言葉を思い出す。

「でも、父上は――」

父はことあるごとにセシリアの嫁ぎ先について話してくれていた。誰とは言わずとも、セシリアが幸せになれる相手を見つけると言っていたのだ。
それなのに……

「そうね。お父様はこの話を何とか阻止しようとしているわ」

正面のソファーに座るレベッカは、楽しそうに姉を見つめる。
その様子はまるで高みの見物をしているかのようだった。
戸惑うセシリアを見て面白がっている。
きっと、自分が教えた情報に翻弄されて、セシリアが心を乱しているのが楽しくて仕方ないのだろう。
それに、レベッカは姉と自分との間には圧倒的な地位の差があることを正しく理解していた。

「だって、もしそうなったら生贄として差し出す王女は、お姉様が選ばれるに決まっているものね?」

「……」

アルデンヌ王国の国王陛下には四人の子供がいる。
第一王女セシリア、第二王女レベッカ、王太子ウィリアム、そして年の離れた第二王子リカルドだ。
隣国バラゾアが『王女』を求めているのであれば、セシリアでもレベッカでも構わないだろう。

けれど、選ばれるのはセシリアだとレベッカは確信している。
そしてセシリアもそうなることは分かっている。

(私は、不要な王女だから……)

目を伏せて黙ってしまったセシリアを見て、レベッカは口の端を吊り上げる。気位の高そうな顔が愉悦に歪んだ。

「ああ、そうだわ。そういえば貴方、私に向かって何の用かと聞いていたわね? 心優しい私は、お姉様に教えてあげようと思ったの」

顔を上げたセシリアは、同じ王女でも扱いが全く違う妹をぼんやりと見つめた。
焦茶色の髪を美しく結い上げ、はっきりとした色合いの華やかなドレスを着たレベッカは、堂々とした態度でセシリアの前に座っている。
吊り目がちの菫色の瞳は、自信に満ち溢れてキラキラと光り輝いている。

一方、レベッカは自分とは色が違う金髪翠眼の姉を見て、無意識の内に眉を顰めた。
レベッカの瞳には、色白の『お姫様』が映っている。
恩情で生かされているだけの取るに足らない存在なのに、全てを持ち合わせた忌々しい姉。

レベッカは胸に巣食った感情を誤魔化すように頭を振ると、今までで一番意地悪い笑みを見せた。

「貴方がこの国にいられるのも残り僅か。結婚の話が白紙になるよう、せいぜい祈ることね」

まあ、無駄でしょうけど。

レベッカはそう言って立ち上がると、セシリアに向けて嫌味なくらい優雅で上品な礼を一つして部屋を後にした。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら

影茸
恋愛
 公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。  あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。  けれど、断罪したもの達は知らない。  彼女は偽物であれ、無力ではなく。  ──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。 (書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です) (少しだけタイトル変えました)

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

双子の姉妹の聖女じゃない方、そして彼女を取り巻く人々

神田柊子
恋愛
【2024/3/10:完結しました】 「双子の聖女」だと思われてきた姉妹だけれど、十二歳のときの聖女認定会で妹だけが聖女だとわかり、姉のステラは家の中で居場所を失う。 たくさんの人が気にかけてくれた結果、隣国に嫁いだ伯母の養子になり……。 ヒロインが出て行ったあとの生家や祖国は危機に見舞われないし、ヒロインも聖女の力に目覚めない話。 ----- 西洋風異世界。転移・転生なし。 三人称。視点は予告なく変わります。 ヒロイン以外の視点も多いです。 ----- ※R15は念のためです。 ※小説家になろう様にも掲載中。 【2024/3/6:HOTランキング女性向け1位にランクインしました!ありがとうございます】

その婚約破棄本当に大丈夫ですか?後で頼ってこられても知りませんよ~~~第三者から見たとある国では~~~

りりん
恋愛
近年いくつかの国で王族を含む高位貴族達による婚約破棄劇が横行していた。後にその国々は廃れ衰退していったが、婚約破棄劇は止まらない。これはとある国の現状を、第三者達からの目線で目撃された物語

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

【完結】聖女召喚の聖女じゃない方~無魔力な私が溺愛されるってどういう事?!

未知香
恋愛
※エールや応援ありがとうございます! 会社帰りに聖女召喚に巻き込まれてしまった、アラサーの会社員ツムギ。 一緒に召喚された女子高生のミズキは聖女として歓迎されるが、 ツムギは魔力がゼロだった為、偽物だと認定された。 このまま何も説明されずに捨てられてしまうのでは…? 人が去った召喚場でひとり絶望していたツムギだったが、 魔法師団長は無魔力に興味があるといい、彼に雇われることとなった。 聖女として王太子にも愛されるようになったミズキからは蔑視されるが、 魔法師団長は無魔力のツムギをモルモットだと離そうとしない。 魔法師団長は少し猟奇的な言動もあるものの、 冷たく整った顔とわかりにくい態度の中にある優しさに、徐々にツムギは惹かれていく… 聖女召喚から始まるハッピーエンドの話です! 完結まで書き終わってます。 ※他のサイトにも連載してます

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

【完結】経費削減でリストラされた社畜聖女は、隣国でスローライフを送る〜隣国で祈ったら国王に溺愛され幸せを掴んだ上に国自体が明るくなりました〜

よどら文鳥
恋愛
「聖女イデアよ、もう祈らなくとも良くなった」  ブラークメリル王国の新米国王ロブリーは、節約と経費削減に力を入れる国王である。  どこの国でも、聖女が作る結界の加護によって危険なモンスターから国を守ってきた。  国として大事な機能も経費削減のために不要だと決断したのである。  そのとばっちりを受けたのが聖女イデア。  国のために、毎日限界まで聖なる力を放出してきた。  本来は何人もの聖女がひとつの国の結界を作るのに、たった一人で国全体を守っていたほどだ。  しかも、食事だけで生きていくのが精一杯なくらい少ない給料で。  だがその生活もロブリーの政策のためにリストラされ、社畜生活は解放される。  と、思っていたら、今度はイデア自身が他国から高値で取引されていたことを知り、渋々その国へ御者アメリと共に移動する。  目的のホワイトラブリー王国へ到着し、クラフト国王に聖女だと話すが、意図が通じず戸惑いを隠せないイデアとアメリ。  しかし、実はそもそもの取引が……。  幸いにも、ホワイトラブリー王国での生活が認められ、イデアはこの国で聖なる力を発揮していく。  今までの過労が嘘だったかのように、楽しく無理なく力を発揮できていて仕事に誇りを持ち始めるイデア。  しかも、周りにも聖なる力の影響は凄まじかったようで、ホワイトラブリー王国は激的な変化が起こる。  一方、聖女のいなくなったブラークメリル王国では、結界もなくなった上、無茶苦茶な経費削減政策が次々と起こって……? ※政策などに関してはご都合主義な部分があります。

処理中です...