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セシリアの妹 3
しおりを挟むバラゾア帝国 十代皇帝ジルバート。
第二皇子である彼は、継承順位で言えば本来皇帝にはなり得ない。けれど虎視眈々と皇帝の座を狙っていた彼は、皇帝の器として申し分なかった二つ上の兄を陥れ、短期間のうちに皇太子派閥を一掃した。
ジルバートが犯した残虐非道な行いの数々から、バラゾア帝国では『凶帝』と囁かれ恐れられているという。
家庭教師からその話を聞いた時、セシリアが一番に考えたのは父のことだった。
隣国のトップがそのような恐ろしい男に代わったことで、国王として外交にも関わる父は苦労するのでないか。それだけが気掛かりだった。
父の心配をしていたセシリアは、皇帝の就任がまさか自分の将来にも影響を及ぼすことになるとは思ってもみなかった。
「私が、バラゾア帝国の皇帝と結婚……」
新たな皇帝の良い噂など、一つも聞いたことがない。目的のためなら血を分けた兄さえも手に掛ける冷酷非道な男。
そんな男の元に嫁ぐと聞かされて、セシリアは困惑した。
怖いというよりも、躊躇う気持ちが強い。
セシリアの狭い世界の中では、一生関わることのない人物だと思っていた。
瞳を揺らしたセシリアは、ふと、幼い頃からずっと言われ続けてきた言葉を思い出す。
「でも、父上は――」
父はことあるごとにセシリアの嫁ぎ先について話してくれていた。誰とは言わずとも、セシリアが幸せになれる相手を見つけると言っていたのだ。
それなのに……
「そうね。お父様はこの話を何とか阻止しようとしているわ」
正面のソファーに座るレベッカは、楽しそうに姉を見つめる。
その様子はまるで高みの見物をしているかのようだった。
戸惑うセシリアを見て面白がっている。
きっと、自分が教えた情報に翻弄されて、セシリアが心を乱しているのが楽しくて仕方ないのだろう。
それに、レベッカは姉と自分との間には圧倒的な地位の差があることを正しく理解していた。
「だって、もしそうなったら生贄として差し出す王女は、お姉様が選ばれるに決まっているものね?」
「……」
アルデンヌ王国の国王陛下には四人の子供がいる。
第一王女セシリア、第二王女レベッカ、王太子ウィリアム、そして年の離れた第二王子リカルドだ。
隣国バラゾアが『王女』を求めているのであれば、セシリアでもレベッカでも構わないだろう。
けれど、選ばれるのはセシリアだとレベッカは確信している。
そしてセシリアもそうなることは分かっている。
(私は、不要な王女だから……)
目を伏せて黙ってしまったセシリアを見て、レベッカは口の端を吊り上げる。気位の高そうな顔が愉悦に歪んだ。
「ああ、そうだわ。そういえば貴方、私に向かって何の用かと聞いていたわね? 心優しい私は、お姉様に教えてあげようと思ったの」
顔を上げたセシリアは、同じ王女でも扱いが全く違う妹をぼんやりと見つめた。
焦茶色の髪を美しく結い上げ、はっきりとした色合いの華やかなドレスを着たレベッカは、堂々とした態度でセシリアの前に座っている。
吊り目がちの菫色の瞳は、自信に満ち溢れてキラキラと光り輝いている。
一方、レベッカは自分とは色が違う金髪翠眼の姉を見て、無意識の内に眉を顰めた。
レベッカの瞳には、色白の『お姫様』が映っている。
恩情で生かされているだけの取るに足らない存在なのに、全てを持ち合わせた忌々しい姉。
レベッカは胸に巣食った感情を誤魔化すように頭を振ると、今までで一番意地悪い笑みを見せた。
「貴方がこの国にいられるのも残り僅か。結婚の話が白紙になるよう、せいぜい祈ることね」
まあ、無駄でしょうけど。
レベッカはそう言って立ち上がると、セシリアに向けて嫌味なくらい優雅で上品な礼を一つして部屋を後にした。
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