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17.魔具『ペッタンくん』(3)
しおりを挟む「いやあああああ!」
両手で口を押えて飛びずさる。
『ペッタンくん』の力によって、地面に座るゴーシュ様に抱き付く形でくっついていたのが、体が離れたタイミングでずり落ちたらしい。私はゴーシュ様の下肢を覗き込むような体勢をしていたようだ。
そのあと名前を呼ばれて手を伸ばした先にあったのが、ちょうどゴーシュ様の股間で……
「~~ッ!」
(わっ、私はなんてものを触ってしまったの⁉)
地面にへたり込みながらゴーシュ様を凝視する。
目を動かしたら私が触ってしまった箇所が見えてしまうかもしれない。視界に入れないように、ひたすらゴーシュ様の顔だけを見つめる。
普段のゴーシュ様からは想像がつかないほど顔が赤い。日焼けした肌からでも分かるくらい、目元を中心に赤く染まっている。
彼はくしゃりと髪を掴んで大きく息を吐くと、私を見て困ったように眉を下げた。
「大丈夫か?」
「あ、あの……あ……う」
声にならない。
やらかしたことを謝罪しなければと思うものの、何て言えばよいのか分からない。
馬鹿正直に「貴方の大切なところを触って撫でて握ってしまいすみません」なんて言ったら貴族令嬢として終わる気がする。
「ジェシカ様!」
「ジェシカ嬢、大丈夫かい⁉」
私の名前を呼びながらアメリとエドワード殿下が駆け寄った。
アメリに寄り添われながら、エドワード殿下に手を引かれて立ち上がる。放心状態の私に、アメリは大きく頭を下げた。
「私の魔具のせいで申し訳ございませんっ!」
「あ、貴方、よくも……」
「ごめんなさい。全部私のせいです。責任ならいくらでも取ります」
珍しくしゅんと肩を落としたアメリに庇護欲が湧きそうになって慌てて首を横に振る。
騙されてはダメ! アメリのせいでどれだけ悲惨な目に遭ってきたと思ってるの!
「なんというか、本当に災難だったね。ジェシカ嬢も、それにゴーシュも」
エドワード殿下がそう言って、私と地面に座ったままのゴーシュ様に目を向けた。
心なしかゴーシュ様に向ける目線がどこか面白がっているように見える。
「他人事だと思って」
ムッとした顔をして、ゴーシュ様は肘を足に乗せ頬杖をつく。
「ごめんごめん。同じ男として苦しみは分かっているつもりさ」
エドワード殿下とゴーシュ様の会話を聞きながら、私はアメリが口にした『責任』について考えていた。
(アメリの責任について言及したら、私だってゴーシュ様に対する責任を追わなければならないんじゃないの……?)
全ての元凶がアメリであることは間違いないけれど、私がゴーシュ様にやらかしたことについて、責任を取らないといけないのではないかしら。
この件でゴーシュ様からどれほど糾弾されるのかと思い、血の気が引いてくる。家同士の話し合いで解決するのならいいけれど。
「あの、わたくしは何てことを」
私の青ざめた顔に気付いたエドワード殿下が、安心させるよう穏やかな声を出す。
「ジェシカ嬢だって被害者じゃないか。ゴーシュはキミを責めないと思うよ」
「でも、わたくしには責任が……」
「責任って。まさか傷物にした責任を取って、結婚でもしようって言うのかい?」
大げさだとエドワード殿下が首をすくめる。
「けっ、結婚⁉」
その発想はなかった。
ギョッとしてゴーシュ様を見る。今まで黙ってエドワード殿下と私のやり取りを聞いていた彼は、結婚という言葉を聞いてピクリと反応した。
「――責任? 結婚?」
ゆらりと空気が変わるのを感じた。
言葉を発する度にその場の空気が凍り、ピリピリとした怒りを肌で感じる。地を這うような低い声を出したゴーシュ様は、ゆっくり立ち上がると、上から私を見下ろして言った。
「この件で俺は貴方を責めるつもりはない」
これまでの会話の中で、一体何がゴーシュ様の逆鱗に触れたのか分からず、呆気に取られる。
「それに、卑怯な手で結婚を強いることもしない。考えるだけで不愉快だ。貴方には過去に申し出を断った負い目があるのかもしれないが、情けをかけられるのは御免だ」
負い目が何かは分からないけれど、少なくとも、私との結婚話が出るだけで不快に思うくらいゴーシュ様から嫌われていることは分かった。
「失礼する」
感情を押し殺したような声でそう言うと、ゴーシュ様は私たちに背を向けて去っていった。
「あ! ゴーシュ様、待ってください! まだ『ペッタンくん』が!」
アメリが声を掛けてもゴーシュ様は止まらない。アメリは私とゴーシュ様を交互に見たあと、私にぺこっとお辞儀をすると、慌ててゴーシュ様の後を追った。
「何だったのかしら……」
呆然とゴーシュ様の背中を見つめる。
そういえば、と私は自分の胸元を見た。洋服にはまだN極のシートが貼り付いたままだ。
ゴーシュ様に対しては自ら追い掛けていったのに、こちらの分は回収されなかった。
(これはどうすればいいの……)
呆然と立ちすくむ私には、ゴーシュ様に嫌われているという事実と扱いに困る魔具だけが残された。
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